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花里先生

 夕飯もばあちゃんが作ってくれた。

 

メニューはカレーライスだった。


 これも懐かしい味がする。


 おいしそうに食べる僕を今朝と昼時と同じように頬杖をついて私の事を見ていたが、別に気にせずに僕は食して、お風呂に入って寝る準備をした。


 寝る前に小説を少し進めて眠った。


 まあ小説は期限はなくマイペースに書けるので、いつも余裕を持った気持ちで描いている


 それよりも今日は本当に驚いた。


 ばあちゃんが若返るんだもんな。


 でもやっぱり私は安心した。


 いったいばあちゃんに何が起こったのか?あまりにもこれは不可解で信じがたいことだが、私はばあちゃんがまだ長生きしてくれるんじゃないかと。


 私は、ばあちゃんが死んでしまったら本当に独りぼっちになってしまう。


 だからこれで良いのかもしれない。


 でも明日になったら、ばあちゃんはもしかしたら元の年齢に戻って、また私の不安は募ってしまうんじゃないかと畏怖した。





 高校の時、私は誰からも頼られ、周りからの推薦で生徒会長に抜擢された。


 人に頼られる事は好きだった。


 でもみんな私の事を頼る。


 生徒からも先生からも頼られ、それでも実務をこなしてきた。


 それで僕は頼られすぎて心の限界を感じた。


 それでも周りの人は僕を頼る。


 僕は頼まれたことは断る事ができない性分で、引き受けてしまう。


 でも、なぜか頼まれ事が山積みになり、心も体も疲弊しそうだった。


 それでも周りの人は僕を頼る。


 無理だと分かっていても私は断ることはできず引き受けて、いつしか私の中で悪魔が存在していた。


 何でいつも私を頼るんだ。私はこんなに疲弊しきって心も体も破綻しそうなのに。


 私を頼む人間が悪気があってやっているんじゃないことは分かっている。


 でもあまりにも膨大な問題を押しつけられ、私は勘ぐるようになっていた。


 どんどん悪い方向へ考えてしまい。


 とうとう私は頼まれた問題が山積みになり、それに押しつぶされるかのように、私の心は壊れてしまい。


「ハッ」と目覚めると夢だった事に安心する。


 僕はあの日以来、対人恐怖症になり、ばあちゃん以外人と接することができなくなってしまっていた。


 そういえば、若返ったばあちゃんはどうしているのか?部屋を出て居間に行くと、若返った姿は変わってなくて、今、朝ご飯の準備をしている。


 その姿を見て私は胸をなで下ろした。


「おはよう。よっちゃん」


 にっこりと満面な笑顔の昨日女子高生ぐらいに若返ったサタ子ばあちゃんを見て胸がときめいたが、昨日は自分のばあちゃんだからそういった気持ちはやめた方が良いと、心にブレーキをかけたがそのブレーキが壊れたかのように、ばあちゃんを一人の女性として見る自分が今ここに存在している。


「どうしたの?よっちゃん。あたしの事を見つめちゃって」


「いや、別に」


 やっぱりブレーキをかけた方が良いと思ってその視線を逸らした。


「そろそろ朝ご飯が出きるから、居間で待っていなさい」


「うん」


 ばあちゃんは若返り、食事を作る当番がばあちゃんに変わってしまった。


 端から見たら俺とばあちゃんは祖父孫関係じゃなくて、新婚ほやほやのカップルのような感じだ。






 朝食も済んで私はいつものように小説を描いている。


 小説はとりあえず、書き終わった。


 後はこれを何回か読み直して出版社にメールで送ればいいのか。


「よっちゃん」


 居間の向こうから、ばあちゃんの声が聞こえてきて何事かと思って居間に向かうと。ばあちゃんの姿を見て、僕の心は躍るようにときめいてしまった。


 ばあちゃんは純白のワンピースに身を包み、頭には白い帽子を被っている。


 戦前の昭和の時代遅れのファッションかも知れないが、その姿に私の胸のツボにはまった。


「どう」


 軽くポーズを取って、思わず「可憐だ」と言ってしまった。


「えっ何?今何て言ったの?」


 僕が思わず言ってしまった言葉を聞き取れていなかったみたいで、再び口にするのはこっぱずかしくて言えなかった。


 それはどうでも良いみたいでばあちゃんは、


「よっちゃん。行こう」


「行くってどこへ」


「今日は天気が良いから隣町まで電車でお買い物に行きましょう」


 本当にデートみたいだ。心はときめいている。






 団地から最寄りのバスまで向かい、今、学校は夏休みみたいで、夏休みでも部活に行くジャージ姿の中高生や出勤するサラリーマンがちらほらといた。


 そんな中、僕とばあちゃんがバスに乗ると、若返っておめかししたばあちゃんに視線が集まったりもして、私は私で、何か気持ちが良い感じだった。


 私のおばあちゃんだが、こんな美女と彼女と思われるのは悪くないとも思えてくる。


 バスで最寄り駅に着いて電車に乗り換えるときもそうだった。


 ばあちゃんにみとれてしまう視線を向ける人が何人かいた。


 そんな中、隣町のとあるデパートに行く。


 ばあちゃんは心を綻ばせ鼻歌なんかならしている。


「服でも買うの?」


「それも良いけど、夏と言ったら水着でしょ」


 早速水着売場に行き、ばあちゃんが試着しているのを待っている。


 ばあちゃんが着替えている間、私は考える。


 そういえばばあちゃんは若い頃、内陸県の山梨育ちなので海なんて行ったことないんだっけ。それに、ばあちゃんの若い頃は戦後間もなかったので貧しく、海にも行けず、女学校を卒業したら、すぐに就職して祖父と見合いで結婚したと言っていた。


 私が、ばあちゃんはテレビで海水浴の場面を見て良く言っていた。


『あたしゃも若ければ、あんな水着を着て海水浴に出かけたかった』何て言って、今の若い人たちを羨ましく思ったりしていたようだ。


 まあ、でもどういう訳で、ばあちゃんが若返ったのか分からないが、夢が叶って良かったな。


「よっちゃん。どう?」


 試着室から出て、ばあちゃんが着ていた水着を見て度肝を抜かれそうだった。


「どうじゃないよ。それはやめなって」


 ばあちゃんが着ていたのは露出度の高いビキニだった。


 そんなばあちゃんを見て正直私はおかしくなりそうになる。


「よっちゃんはどれが良いと思う」


 水着を見ながらどれか迷っている。とにかく私は、


「とにかく、そんな姿で店内をうろうろしない方が良いよ」


「分かったわよ」


 とりあえず僕が選ぶ。


 今のばあちゃんは白が似合うから、この白いワンピース型の水着なんかどうだと思って、


「これなんかどう?」


「とりあえず着てみるよ」


 ばあちゃんは再び試着室に入る。


 まったくばあちゃん、あんな水着着て何を考えているのか。


「お待たせ」


 ばあちゃんは私が選んだ水着を着て、試着室のカーテンを開けた。


 僕が選んだ白いワンピースの水着姿に私は胸がときめき、見とれてしまった。


 でもばあちゃんは自分の姿を見下ろして、


「何か地味じゃないかな」


「似合う似合うよ」


「まあ、よっちゃんがそういうならそれで良いかな」


 隣町のデパートに買い物に行き、お目当ての水着も買えてばあちゃんは満足そうだった。


 私も正直そんなばあちゃんを見て、何か嬉しく思ってしまう。





 あれから一週間が経過して、今日は私は病院の診察日だった。


 私は対人恐怖症と統合失調症と言う病名で二週間に一度、医師の診察を受けている。


 ロビーで待っていて、僕に順番が回ってきた。


 中に入ると、私の診察をしている花里先生が僕を迎える。


 とりあえず挨拶は済んで、花里先生は私の顔を見て、


「何か以前より雰囲気が明るくなったね」


「そうですか?」


「調子はいかがですか?」


 と、聞かれて僕はばあちゃんが若返って、そんなばあちゃんに恋心を抱いてしまったなんて言ったら、おかしい人間だと思われて、私はまた病院に搬送されかねないので、とりあえず、


「ばあちゃんが元気になって少し明るい兆しが見えてきた感じです」


「ほう。おばあちゃんの世話を生き甲斐にしている、そのおばあちゃんが元気になられたと」


「はい」


「じゃあ、小説の方も軌道に乗ってきているのですね」


「はい」


 と言って僕が言った事を電子カルテで打ち込んでいる。


 そして花里先生は僕の顔を見て嬉しそうに、


「今日小林さんを見て、分かったけど、やっぱり良いことが合ったんだね。

 以前まではそんなおばあちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって不安がっていたのに、今はその様子はない感じだね」


 言われてみればそうだ。僕はばあちゃんが若返って元気になって、そんなばあちゃんに密かに恋心を抱いて、以前の不安はなくなっていた。


「今時、あなたみたいなおばあちゃんの世話を生き甲斐にしている人は滅多といないよ」


 と花里先生に診察の度に言われる事だった。


「とりあえず、おばあちゃんが元気になって良かった。君が嬉しいと僕も嬉しいよ」


 何て言っていたが、心の中では『本当かよ』と疑っていた。


「じゃあ、今日も同じお薬を出しておきますので、おばあちゃんをいつまでも大事にする気持ちを忘れずに」


 その花里先生の言う気持ちは大事にした方が私は良いと思っている。


 本当にばあちゃんがいなくなったら、私は小説も書く意欲もなくなり、生きていけなくなるだろう。


 ばあちゃんが若返って、そんなばあちゃんに恋を抱き、私は今希望に満ちた人生を送っていると思う。


 でもこの気持ちばあちゃんには直接は言えなかった。


 言えばいつでも言えるのに、言うには凄い勇気が必要だと思っている。


 心を許せる相手は限られている。それはばあちゃんと臨床心理士の花里先生だけの二人だけだ。


 薬を貰ってとりあえず帰ろうと思う。


 あれから食事当番はばあちゃんの担当になってしまった。


 そんなばあちゃんとの生活は楽しかった。


 花里先生にも言ったが希望に満ち満ちている。


 自宅に到着して、階段に登る時、お隣の女子高生の桜井さんとすれ違い、鋭い視線を向けられ、私は気後れしながらも反らした。


 そのまま通り過ぎようと思ったが、桜井さんの娘さんは、


「ねえ、おばあちゃんは見かけないけど、どうしたの?」


 突然何を言い出すのかと思って聞いて、どう説明すれば良いか言葉に迷った。


 まさかばあちゃんが今話している桜井さんの娘さんと同い年くらいの年齢に戻ったなんて、そんな不可解な事を信じてくれないだろう。


 考え、頭がしどろもどろとなっていると、娘さんは、


「まさか、施設に預けたんじゃないでしょうね」


「いやいや、そんな事していないよ」


 その誤解はされたくないので断固否定しておく。


「じゃあ、どうしたのよ」


 再び言葉に迷う。


 そんな時に、ばあちゃんが自宅玄関から出てきて、


「あらよっちゃん。帰っていたの」


「ああ」


 まさかこの美少女がばあちゃんなんて言ったら、信じてもらえないだろう。


 そんな僕と若返ったばあちゃんのやりとりを見て、僕に鋭い視線を向け、そして去っていった。


 何なんだよ。ばあちゃんの事を聞かれたが、お前が気にする事じゃないだろうと心の中で突っ込んでおいた。


 そういえば以前ばあちゃんはあの子が私に気があるなんて言っていたが、勘違いも甚だしいだろう。


 それよりもばあちゃんとの生活をもっと楽しみたいと思う。


 帰った時には、もうお昼時で、食事が用意されていた。


 メニューは冷たいざるそばだった。


 私が食べるのをばあちゃんは嬉しそうに見る。


 最初はそんな風に見られて食べづらさも合ったが、今はいつもの幸せな一時だと割り切れる自分がいる。


 食事も食べ終わり、僕は早速小説の作業に移った。


 以前編集者に送った電子書籍の出来は良くて、わずかだが生活できるぐらいの原稿料をもらうことができた。


 小説はいつもこんな感じだ。


 まあいつかは小説でブレイクして大金持ちになって、ばあちゃんがいなくなっても生活できる資金を残したいと思ったが、今はそんな心配はいらないだろう。


 でもふと不意に思うことがある。


 いつかばあちゃん元に戻って、今若返ったように動けなくなるんじゃないかって。


 でもあれから一週間が過ぎたがその様子はみじんもない。


 いったいばあちゃんの体に何が起こったか分からないが、とにかく神様でも何でも良いから、いつもまでもばあちゃんを元気な姿でいさせてあげてください。


 私は人知れずに祈る。


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