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若返ったばあちゃん

 私は何が何だか頭がパニックに陥りそうなとき、サタ子おばあちゃんは、


「よっちゃん落ち着いて」


「私は夢を見ているんだ」


 するとサタ子おばあちゃんと確信した若い女性は僕の頬を思い切りつねって、


「痛い。何するの?って夢じゃない」


「何だかわからないけど、あたしゃ若返ったみたいだな」


 口調も若々しくハキハキとしている。


 僕は気味が悪くなり、うろたえて。


「何だよ。いったい何が起こっているって言うのだよ」


「まあ、とにかくあたしゃサタ子おばあちゃんだよ」


 にっこりと笑って僕に向かって言うサタ子おばあちゃんの笑顔は、とてもかわいく健気な感じがして胸がときめきそうになった。


 信じられないが、とりあえず気持ちを落ち着かせてサタ子おばあちゃんのご飯を作ることにした。


 私はいつものようにサタ子おばあちゃんの食事の用意をして居間に運ぶとサタ子おばあちゃんは鏡の前で自分の姿を見て見とれている感じだ。


「おばあちゃんご飯出来たよ」


「はーい」


 食事の用意はしたので私はいつものように部屋で小説の作業に移った。


 でも信じられない出来事を目の当たりにして、私は思うように進められなかった。


 いったい何が起こったって言うんだ。


 サタ子おばあちゃんが十七か十八位の年齢に若返り、何が起こったと言うんだ。


 とにかく動揺して小説は進められずに途方に暮れた。


 そんな時、


「よっちゃん」


 若返ったサタ子おばあちゃんの声がして、何事だと思って、部屋を出て、台所に行くとエプロン姿のサタ子おばあちゃんが食事を作っていた。


「ばあちゃん大丈夫なの?」


 いくら若返って体がハキハキと動くからと言って年は九十だし、何か心配になって聞く。


「心配はいらないよ」


 と腕をハキハキと動かした。


 若返ってか?自分を示す言葉を『あたしゃ』から『あたし』に変わった。


「さあ、よっちゃん。ご飯はおばあちゃんが作るから居間でテレビでも見ていなさい」


「ご飯は自分で・・・」作るからと言いたかったが、「いいから、いいから」と言って居間で待っていなさいと言わんばかりに僕の背中を叩いた。


 私は言われたとおり、僕は居間で座って待っていた。


 居間から若返ったばあちゃんの姿を見て、やはり何度も思うがシュールすぎて、小説の題材としてはもってこいのシチュエーションだと思った。


「お待たせ」


 お盆に乗せて持ってきたメニューはおばあちゃんの得意なメニューである卵焼きがメインで、その他にも野菜いため、主食にはやっぱりかかせないご飯だった。


 それに若返ったばあちゃんを改めて見ると、以外とかわいくて思わず恋に落ちそうだが、妙な事は考えない方がいいだろう。


 相手は、私のばあちゃんだ。その事を忘れてはいけない。


「どうしたの?」


 ばあちゃんに言われて、思わず私は我を忘れてみとれてしまったみたいだ。


「いや別に」


「さあ、おあがんなさい」


「いただきます」


 戸惑いながらも僕は箸を取り、卵焼きから摘んで食べた。


 懐かしい味がした。


 ばあちゃんはもう九十越えていて、まともに食事は作れなかったが、またこうして若返って体が動くようになり、その卵焼きを食べられるとは思わなかった。


 私はこの卵焼きを食べてここまで育ったと言っても過言ではない。


 またこうしてばあちゃんの卵焼きが食べられるなんて私ほどの幸せな人間はいないと思った。


 物思いに耽っていると、突然ばあちゃんが、


「どう?おいしい」


「うん。おいしいよ」


「たんとおあがりなさい」


 ばあちゃんは向かい側で私が食べている姿を頬杖をつきながら見つめていた。


 気になって食べづらさはあったが、きっとばあちゃんは自分の手料理を誰かに食べてもらえて嬉しいんだと思う。


 その気持ちは私もばあちゃんに食事を作って食べて貰って嬉しく思ったりもするから分かる。


 食事が終わって、ばあちゃんが若返ってしまったという信じられない出来事に、次第に順応してきた。


 食器を洗おうとして片づけようとすると、ばあちゃんは、


「よっちゃんは仕事があるでしょ。ここはおばあちゃんに任せて、進めていなさい」


「いや自分の食器ぐらい自分で片づけるから」


 と言ってもばあちゃんは若返っても頑固な性格は変わらないみたいで一度言ったら聞かない。


 まあそれはそれで良いのだが。


 とりあえずばあちゃんに甘えて、小説の仕事に移ろうとしたが、環境が一変してしまって、いつものように良いアイディアが浮かんでこない。


 このような時は何も考えないで外にでも散歩に出かけようと思う。


 無理に小説を描こうとすると良い小説は作れないことを私自身は知っている。


 部屋を出ると、ばあちゃんは純白のワンピースに身を包み、風になびかれる姿を見て凄く美しく私の心は奪われた感じだ。


 ばあちゃんはそんな私に気がつき、


「どうしたのよっちゃん」


「い、いや別に」


「小説の方は進んでいるの」


「・・・」


 さすがにばあちゃんが若返ったというシュールな場面に遭遇して、描ける気にはなれないと言う事は言えなかったが、ばあちゃんは十代の女子高生のなりになってしまったが、やっぱり私のばあちゃんはすべてお見通しと言った感じで、僕を見つめて言った。


「軌道に乗らないなら、ばあちゃんとデートでもするか?」


「何を言っているんだよ。年を考えなよ」


 するとばあちゃんは頬を膨らませて、


「よっちゃん。あたしは年は九十だけど、見た目は若い高校生位の女の子よ」


 確かに若くて見とれてしまいそうだが、相手はサタ子おばあちゃんだ。その事を考えるとデートはちょっと抵抗があるな。


「とにかく外の空気に当たりたいから、ちょっと外に出てくるよ」


 一人で出ようとするとばあちゃんは、


「待ちなさい」


 と言うわけでばあちゃんは強引に付いてきて、私の横を並んで歩いていた。


 こうして並んで歩いていると、カップルに間違われそうだが、それはそれで仕方がないのかもしれない。


 私の横を歩くばあちゃんを見ると、本当にかわいい女の子だ。


 思えば、私は彼女を作ったことがなかった。


 恋はしたことがあるが、すべて失恋に終わり、苦い経験をした覚えがある。


 降られた原因は、私の独りよがりの愛情欲しさだ。


 あまり深く思い出すと良くないので、何となく空を見上げ気を紛らわせた。


 そうだよな。そういった苦い経験があるから私は小説が描けるんだよな。


 だから前向きに考えなきゃな。


 色々と考え巡らし、視線を空から前方に向けて歩くと、ばあちゃんは何のまねか、僕の手をつないできた。


「ちょっとやめてよ、ばあちゃん」


 ばあちゃんは憎めないような無垢な笑顔で笑って、


「良いじゃない。よっちゃんそういえば友達はたくさんいたけど、恋人は作った事はなかったよね」


「だから何」


 そういってつながれた手を振り払った。


「もう、こんなかわいい子を粗末にすると人生失敗しちゃうよ」


「そういう事を自分で言うなよ」


「あら良いじゃない。本当の事なんだから」


 ばあちゃんがこんなにも自分に自信過剰なのは初めて知った。


 子供の頃、ばあちゃんに育てられていたときはもう六十はすぎていて、今のような若い面影は写真でしか見たことがなかったが、確かにばあちゃんは人は誰でもやれば出来ると念仏のように言われ、そして諭され、育ったし、ばあちゃんもやれば出来ると物事に問題が起こっても立ち向かっていけば何とかなると言って、あらゆる困難を乗り切ってきたっけ。


 そんなばあちゃんは本当に頼りになった。


 でもばあちゃんは九十だけど、今こうして私よりも若く見えて、もしかしたら、ばあちゃんが死んでしまう心配はいらないんじゃないかと思えてくる。


 そう思って改めて、ばあちゃんを見ると胸がときめきそうになった。


 するとばあちゃんと目があって、ばあちゃんは嫌みったらしい笑みで、


「どうしたの?よっちゃん?ばあちゃんに見とれたか」


「バカ言わないでくれよ」


 そうだよ。見とれたと言っても俺を育ててくれたばあちゃんをそんな目で見たくない。


 でもばあちゃんはこんなかわいくなって若返り、ばあちゃんは頼りがいがあってしっかりしている。


 私の女のしてもいい・・・だめだ。何を考えているのだ。


 とにかく散歩を終わらせて、帰って飯の支度をして、また改めて小説を描かなきゃ、生活できないもんな。


 公園にたどり着いて、とりあえずちょっと公園の花壇に咲いているアベリアやアガパンサス、マリーゴールド、ペンタスなどを見て道草をしてばあちゃんは楽しそうに眺めていた。


 そんなばあちゃんを見てほっこりして、もう少し公園で花壇の花を物色したいと思ったが、そろそろ帰ろうとばあちゃんに言った。


「もう帰るのよっちゃん」


 残念そうに言うばあちゃん。


「帰って昼飯もあるし、仕事もしなきゃだし」


 するとばあちゃんは軽く息をつき、


「まだ気持ちの動揺も治まっていないのに、まともに小説なんて書けないでしょ。それに小説なんていつだって書けるんだから、今はばあちゃんと一緒に楽しもうよ」


 でも僕は、


「とりあえず帰ろう」


 するとばあちゃんは僕の腕を掴んで、


「つれない事を言わないの。お昼はどこか食べ行きましょう。おばあちゃんがおいしい物を食べさせてあげる」


 若返っても、ばあちゃんは頑固で少し強引な所は変わっていない。


 ばあちゃんと私は良く行く団地の一角にある商店街に行き、そこのラーメン屋に入ることになった。


 ラーメン屋に入り、亭主に「らっしゃい」と言われて、適当な席に座った。


 思えば、ここのラーメン屋良く昔、ばあちゃんと一緒に食べに行ったっけ。亭主も昔と大分年をとったが面影はあって、まだやっているんだとしみじみ思った。


 ラーメン屋の亭主も僕の事を覚えているみたいで、


「よっちゃんじゃないか。久しぶりだね。おばあちゃん元気」


「あたしは元気よ」


 私はあまりこの事は公言しない方が良いと思って、ばあちゃんの前で唇に人差し指を添え「しー」と黙らせた。


「元気ですよ」


 とりあえず、本当に元気だから帳尻は合わせる。


「かわいい彼女なんかつれちゃって羨ましいね」


「ハハ」


 と笑うしかない。


 彼女じゃないし、ばあちゃんだし、でも若いばあちゃんといると彼女と間違わられ、どういった対処法をすればいいか瞬時に思いつくことは出来ないから、これからはこのような場面に備えて考えておかないとな。本当に面倒くさい。


「よっちゃん。久しぶりだからサービスするね」


「ありがとう」


 すると、ばあちゃんが、


「ところであんたの所のバカ息子はどうなったの?昔よっちゃんが構って遊んであげた。名前は怜治君って言ったっけ」


 ラーメン屋の亭主はばあちゃんにそういわれて『お前にそんな事を言われる筋合いはない』とでも言いたそうな憤りに満ちた顔をしている。


「すいません」


 と謝って、僕はサタ子ばあちゃんを外に連れて行って、


「何て事を言うんだよ。自分の立場が分かっているのかよ」


「ちょっと気になっちゃってさ」


「若返ったけど、ボケは若返ってないのかよ」


「そんな事ないよ」


 ここで思い出した。


 ばあちゃんは時々、突拍子もない失礼な発言をしてしまうことを。


 とにかく今日の所は家に帰り自分の立場を分からせないといけない。


 それは僕の責任だ。


 とにかくばあちゃんには説教はしておいた。


 まあ、ばあちゃんが若返って元気になったのは良いけど、何かこの先問題がありそうで無性に怖くなったりもする。


 まあ、とりあえず仕事である小説に移ろうとするが、お昼食べていないことに気が付いて、空腹で小説は描けないので何か食べようと思っていたら。ばあちゃんが、


「よっちゃん」


 私の部屋にノックもせずにいきなりドアを開け、そんなばあちゃんに驚いて、


「何?」


 ばあちゃんはエプロン姿だ。その様子だと私がおなかを空かしているのを察したのだろう。


 先ほど、ばあちゃんの思いも寄らない失言トラブルでお昼を食べそこなったんだっけ。


 ばあちゃんにはさっきこっぴどく説教しておいたが、あまり堪えていないような様子だった。

 

 居間に行くと思った通り私がおなかを空かしているのを察したみたいで、食事が用意されていた。


「さっき食べそこなって、おなかすいているでしょ。おばあちゃん腕によりをかけました」


 メニューは親子丼だった。


 そういえば、冷蔵庫に鶏肉が残っていたっけ。


「じゃあ、いただくよ」


「たんとおあがんなさい」


 食してみると、これもまた今朝も感じたように懐かしい味がしたし、とてもおいしかった。


 ばあちゃんは今朝と同じように頬杖をついて私を見ている。


 今朝は言えなかったが、そんな風に見つめられると、やはり食べづらいので、


「何?」


 と言うと。


「またこうしてよっちゃんのあたしの手料理を食べてもらえて嬉しくてね」


 まあ、その気持ちは分かるが、そうやって見つめられるとやはり食べづらいので、「これからはそうしないでくれる」と言っておいた。

 

 改めて小説を進めようと机に向かうと、何かおいしい物を食べてか、何かインスピレーションが次々とわき起こり、今朝と違って小説がすらすらと進む。


 書きつづって「フー」と息をつき、外を見ると夕焼けに染まっていた。


 今日の所はこれぐらいにして夜の晩ご飯の買い物でもしようと、後、若返ったばあちゃんはどうしているか、ばあちゃんは掃除をしていた。


 中は玄関も居間もピカピカだった。


「ばあちゃん」


「あら、よっちゃん、暇だからお掃除しておいたよ」


 私が掃除するよりも、ばあちゃんが掃除した方が綺麗になる。


「それよりどうしたの?」


「いや、そろそろ晩ご飯の買い物に行こうと思って」


「じゃあ、あたしも行くよ」


 まあ別に付いてくるのは構わないが、先ほどのラーメン屋の亭主とはち合わせて気まずくなるのは避けたいと思ったが心配はいらないな。


 ばあちゃんが玄関のドアを開け、


「あら、こんばんわ」


 と誰に挨拶しているんだと思って、


「ばあちゃん」


 と声をかけると、お隣の桜井さんの娘さんの子だった。


 昨日は何か痛い目で私の事を見ていたから、この状況に何を言えばいいか考えて、別に何も言うことはないと思って、


「行こう」


 ばあちゃんに言って桜井さんの娘さんを振り切って行く。


 視線を逸らしていたが、桜井さんの視線は痛いほど感じる。


 何か文句あるのかと言ってやりたいが、後々近所で面倒な事になりかねないので黙っていた。


 階段を下りても、その視線を感じる。


「何だよ。あの女」


 思わず口に出し、ばあちゃんが、


「あの子の事が気になるの?」


「気になるって言うか、いつも私の事を痛い目で見てくるんだよな」


「あの子、よっちゃんに気があるんだよ」


「嘘付け」


 でたらめな事を言うばあちゃんに一喝、続けて、


「若返ってもボケは直っていないのかよ」


「私は若返る前からまだ認知症にはなっていないよ。それに本当だよ。あたしの目に狂いはないよ。あの子よっちゃんに気があるんだよ」


「何を根拠にそんな事を言えるんだよ」


「それはよっちゃんの日頃の行いが良いからだよ」


 まあ日頃から別に悪さはしていないし、だからって私の事を好きになるはずがない。


 それが本当なら正直嬉しいが、後々考えてばあちゃんの勘違いだろうと気持ちの整理をしてばあちゃんと買い物に出かけた。


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