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わがまま

「さて、勇者達よ話し合おう」


 両手を広げて意気揚々に言う向井。


「単刀直入に言うよ。サタ子おばあちゃんを帰せ」


 サタ子おばあちゃんの方を見ると先ほどから複雑そうな顔をして黙り込んでいた。


 そんなサタ子おばあちゃんに向井は、


「だそうだが、サタ子さんはどうしたい」


 サタ子おばあちゃんは言葉に迷うように黙り込む。そして、


「向井君。あなたの気持ちは嬉しいわ。でも私には帰らなくてはいけない場所があるの」


「そうか」


 向井は残念そうな顔を見せて、


「分かった。君たちの勝ちだ。サタ子さんは帰す。それとサタ子さんのバカ息子の達彦の件は水に流そう」


 拍子抜けしてしまいそうな程、素直に受け入れたことに私は勘ぐって。


「また何かたくらんでいるんじゃないだろうな」


「何もたくらんでおらんよ。小説家と言うものは疑い深い人間ばかりだな」


「サタ子おばあちゃん、もう帰ろう」


 すると向井が、


「だが一つだけ、私のわがままを聞いてくれぬか?」


「何だよ」


「最後に君たちも同伴して良いから、サタ子さんとランチを嗜ませてくれ」


「くだらない」


 私は立ち上がり、そこで涙さんが、


「良理さん別に良いじゃない。それぐらい」


 説得されって、サタ子おばあちゃんの目を見ると、それぐらいなら構わないと言った感じで、向井の方を見ると、何だろう?散々な目に遭わされてきたが、その目を見ると何か不憫に思えてしまい、知らねえよと、突き返したかったが、百歩譲って、了承して席に着いた。


 すると向井は、


「ありがとう」


 と礼を述べる。


 食事が運ばれてきて、メニューは涙さんの要望通り、マグロのお寿司だった。


「おいしそう」


 と、のんきに言う涙さん。


 毒が入っているかもしれないと涙さんに告げようとしたが、その言葉よりも遅く涙さんは、「いただきます」と口に入れ租借する。


 そんな涙さんが心配になって、


「大丈夫なの?」


「大丈夫よ。良理さんも食べましょうよ。朝から何も食べていないんでしょ」


 お寿司は回転寿司でしか食べたことがないが、そんなレベルのおいしさを圧倒的に凌駕している。





 食事が終わって約束通り、向井はサタ子おばあちゃんを帰してくれた。


 食事中、向井の話を聞いて、帰り道、三人で話し合った。


 向井は言っていた。学生時代サタ子おばあちゃんと同級生で、サタ子おばあちゃんはクラスの中心的な存在で、ただみんなの輪にサタ子おばあちゃんが入ることで場が和んでしまう。


 向井はいじめられ、それに気づいたサタ子おばあちゃんは向井を助けたみたいだ。


 その事はサタ子おばあちゃんは覚えていなかったみたいだが、もしあの時助けてくれなかったら、今の自分は存在しなかったと言っていた。


 向井はそんなサタ子おばあちゃんを遠くから見つめて入られれば幸せだと思っていた。


 でも向井の父親の事業が破綻して、向井は学校を辞めて働かざるを得ない状況に陥った。


 そればかりは仕方がないことだ。


 クラスで目だたない向井は学校を去っても誰もさよならを言ってくれる人はいないと思ったが、唯一サタ子おばあちゃんが気にかけてくれたみたいだ。


 その言葉を今でも鮮明に覚えていると。


「向井君、とにかくお体には気をつけて。私は陰ながら応援しているから」


 と。


 それはサタ子おばあちゃんの向井への励ましの言葉だった。


 向井はその言葉に救われたと言っていた。


 だが向井に襲いかかる現実は残酷なものだった。


 父親は事業が破綻してアル中になり、母親にも逃げられて、向井本人が働くしかなかったみたいだ。


 悲しい時、サタ子おばあちゃんの言葉を思い出し、強く生きることを鼓舞していた。


 強く生きていれば、そしてサタ子おばあちゃんにまた会えるんじゃないかと。


 だが向井に追い打ちをかけるように、向井の父親はやくざの女に手を出して、多大な借金を作ってしまい。そんな父親に向井は保険金殺害を受けそうになり、それを知った向井は自棄になり、父親を包丁で殺してしまった。


 向井は希望をなくして、支えになっていたサタ子おばあちゃんの最後の言葉も心に届かなくなってしまい絶望の淵にたたされ、刑務所へ。


 出所してから裏社会に入り、どんどんのし上がっていったという。


 人を追いつめ殺したこともあった。


 逆らえない相手を平気で殺したこともあった。


 まさに弱肉強食の世界で向井は生きてきた。


 欲しいものは金と権力をふるえば大抵のものは手に入ったという。


 でも金と権力で得られないものがある。


 それは真実の愛。


 金と権力で女を取っ替え引っ替えやってきたが、すべて刹那的だったという。


 そして年を取る度に忘れかけていたサタ子おばあちゃんの言葉を思い出し、夢を見るほどの思いは募ったと言う。


 それで偶然達彦が向井の愛人に手を出して、向井は達彦のことを殺そうとしたみたいだが、サタ子の息子だと言うことを知って、命を助け、一度サタ子に会いたいと思い、そして会ってみて、まさか年も取らずに面影その物に度肝を抜かれたという。


 向井はどんな手を使ってでも、サタ子おばあちゃんを手にしたいと野望を抱いたみたいだ。


 だが、金や権力を振るってもサタ子おばあちゃんの心は向井に染まることはなく、それでも側に入れば良いと思ったが、ちょうどその時、私と涙さんが向井のところにたどり着き、向井は言葉にはしなかったが、多分サタ子おばあちゃんの気持ちを大事にしたいと思い、見逃したのだろう。


「あの向井って奴は孤独な人間なんだな」


 何となく夕焼けに染まった空を見上げ何となく二人に言った。


「私も向井君の事はほとんど覚えていないわ。まさかあそこまで私の事を思っていてくれていた何てね。

 それと向井君の私に対する気持ちは本物だった。

 その気持ちには心からは答えられなかったけど、でも嬉しかった」


 とサタ子おばあちゃんはしみじみと語る。


 すると涙さんが、


「私は憧れたよ。サタ子さんがうらやましい」


 と言って私を見る。


 そういえば忘れていたが、サタ子おばあちゃんを助ける事が出来たら結婚の約束をしてしまった事に。


 だから私は、


「涙さんにも、きっと素敵な男性が現れるよ」


 と反らしたが、涙さんは視線を細めて不服そうな顔をして、


「約束を破るつもり」


 心なしか言葉に殺意を感じる。そこでサタ子おばあちゃんが、


「約束って?」


「サタ子さんを連れ戻したら、私をお嫁に貰ってくれるって約束をしたんです」


「えーーーー」


 驚愕と歓喜の声を漏らしながら言う。続けて、


「そうなったら私は安心だよ。安心してあの世にいけるな」


 サタ子おばあちゃんの台詞に私も涙さんも嫌な思いになり、


「縁起でもない事をさらっと言うなよ」


「そうですよ」


「冗談よ」


 サタ子おばあちゃんは若返って、これからも、もっと長生きして欲しいと私も涙さんも切に思っている。


 私も向井もサタ子おばあちゃんに降られたんだな。


 そういえばサタ子おばあちゃんを好きになった私のおじいちゃんの話を聞いたことがなかった。


 どんな人だったのか?


 息子はあんなだけど、ろくでもない人間じゃなかった事を祈るよ。






「もう私は病院に通わなくても大丈夫ですよ」


 私が花里先生に自信を持って伝える。


「まあ、確かに精神的にも肉体的にも生活面でも安定してきているけど、薬は飲み続けて貰った方が良いと私は思うんだけどね」


「いや大丈夫ですよ」


「でももう少し薬を飲み続けてくれないかな?この病気は薬を急にやめると再発の可能性が高くなるから」


「だったら薬の量を減らす事は出来ませんか?」


「まあ、それなら良いでしょう。薬を少し減らすぐらいなら、でも良くなったからって薬をやめたりしないでね。

 再発の可能性が高くなるから」


「分かりました」


 すると花里先生は嬉しそうに腕を組み、


「小林さん。本当に変わったよ。


 変な意味で取らないで聞いて欲しいけど、以前はおじいちゃんみたいな感じだったよ」




 診察が終わって、薬を受け取り私は吐き出しそうな唾を飲み込み、人知れず愚痴をこぼした。


「何がおじいちゃんみたいな感じだっただよ。失礼な事を言いやがって」


 でも考えてみれば、以前は耄碌したサタ子おばあちゃんのペースで生きてそう見えてしまったのかも知れない。


 でもサタ子おばあちゃんが若返ってから、その元気に見合うように心も雰囲気も若返ってたのかな?


 まあ私はまだ二十五でまだ若さで通じる年齢だ。


 明るい未来の兆しが見えてきた気がする。


 これは本当に気のせいではない。




 だが災難は忘れた頃にやってくると聞いたことはないだろうか?


 その通りであり、私のスマホに一本の着信が入る。


 着信画面を見てみると、先日の件でトラブった向井誠だった。


 私は息をのみ、とりあえず通話に応じる。


「はい」


「小林君・・・申し訳ない」


 何か今にも死にそうな声で私は心配になり。


「どうしたんですか?」


「サタ子さんと涙さんを連れて、すぐに逃げてくれ」


 通話が切れ、向井誠が言った言葉を反芻する。


 二人を連れて逃げてくれと。


 穏やかな気分から一転して心に、どす黒い液体をそそぎ込まれるかのように不安に染まった。


「何だよいったい」


 人知れずつぶやき、私はアスファルトを走り、とりあえず落ち着いて、サタ子おばあちゃんは携帯は持っていないので、涙さんのスマホに通話した。


「もしもし良理さん。どうしたの?」


 私からの電話が嬉しそうにしゃべる涙さんの声を聞いて安心した。


「今どこにいるの?」


「サタ子さんと一緒にお昼のご飯を作っているところですよ。今日は学校は午前中で終わって部活もないからお手伝いさせていただいています」


「そう。だったらサタ子おばあちゃんに代われる?」


「はい良いけど」


「もしもし」


 若返った紛れもないサタ子おばあちゃんの声を安心して、とりあえず、


「今から帰るけど、とにかく気をつけて」


「どうしたの?」


 心配はする。


「分からないけど、向井から連絡があって、私とサタ子おばあちゃんと涙さんと一緒に逃げろって言われた。

 とにかく私が帰るまで気をつけて」


 何だろう?きな臭く感じてきた。


 いたずらだと思いたいが向井がそのような稚拙ないたずらをするような人間じゃない。


 不安に押しつぶされそうになりながらも、自宅に続く道路を横切ろうとした時、あらゆる方向から視線を感じて、気をつけなければいけないと肝に銘じた。


 とにかく涙さんとサタ子おばあちゃんが心配で自宅に戻ると、二人は昼食を用意して待っていたことに、とりあえず安心した。


「涙さん。サタ子おばあちゃん。ここは危険だ」


「何なのいったい何が起こっていると言うの?」


 涙さんが私に訴えると、涙さんもハッと気がつき、どうやらこの不穏な気配に気がついたみたいだ。


 サタ子おばあちゃんはあまりそういった危機感を感じる免疫はついていないみたいなので気がついていない。


 だから私と涙さんでサタ子おばあちゃんをフォローし助けるしかない。


 少しお腹が空いていたので、お昼に用意されているおにぎりを口につっこんで、


「行こう」


 と二人に外に出るように伝える。


 向井は気をつけろと言った。


 今回のこの不穏な気配の正体は向井じゃない。


 誰が何のために?


 外に出ると、殺意がそこまで迫っている。


 涙さんも気がついている。私はサタ子おばあちゃんの手を取り、


「涙さんは気がついているかもしれないけど、二人とも気をつけて」


「まさか向井君が?」


 サタ子おばあちゃんはおびえながらに言う。


「何が何だか分からないけど、私達は狙われている。それも以前とは、比較にならないくらい危険だ」


「良理さんここは警察に言った方が」


 そうだ。ここは警察に言った方が良い。


 すると耳につんざくようなガラスが割れる音がした。


「何?」


 サタ子おばあちゃんはおびえながら身をすくめ、その音の発信源に目を向けると、地面に粉々に割れた瓶があった。


 音の発信源はこれだった。


 何かのいたずらか?


 そして考える余裕も与えないかのように、私たちの付近で瓶が割れる音が幾度も響いた。


 奴らは茂みに身を潜めながら、瓶を割っている。


 奴らの狙いが何となく分かった。


 私たちを精神的に追いつめるつもりだ。


 涙さんも気がついた。サタ子おばあちゃんは身をすくめておびえている。


 だったらここから下手に動かない方が良い。


「涙さん警察に言っても無駄だ」


「でも」


「とにかく私たち三人一人でもかけてはダメ。下手な事はしない方が良い」


「分かった」


 奴らの狙いは私たち三人を一人一人引きはがして、一人になったところを精神的に追いつめ、何もできなくなった所を殺すつもりだと言うことが分かる。


 だからここは三人で我慢する。


 三人いれば怖くない。


 すると猪突猛進につっこんでくる黒い覆面を被った人間に気がひるみ油断してしまった。


 何をする気だと思って、その瞬間すべてがスローモーションのようになった。


 猪突猛進に向かってくる人間は左右から二人いた。


 奴らの狙いはサタ子おばあちゃんだった。


 何をするつもりか分からないが、私は気がひるんでしまい、このままではサタ子おばあちゃんはさらわれてしまう。


 するとさすがは柔道家の涙さんが、一人の男に一本背負いをするが、相手は二人いて、もう一方の男に腹部に拳を突きつけられ、涙さんは気絶して、二人は涙さんを連れ去ろうとしたところ、私が立ち向かったが、一人の男に・・・。


 意識が遠のいていく。


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