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話し合い

 今のところ不穏な気配は感じられない。


 その間に、十分間ぐらい精神を統一させるために瞑想しておこうと思う。


 気持ちが乱れては、サタ子おばあちゃんを救うことは出来ない。


 涙さんも瞑想のやり方を知っている。


 さすがは柔道三段の強者と言ったところか。


 そんな人がいじめられていたなんて信じられないが、今はそんな事を考えている暇などない。


 地面にあぐらをかいて涙さんと並んで目を閉じて口をふさいで、鼻から息を吸い精神を統一させる。


 思えば小説家を書いているとき、様々な困難や柵があったがこうして乱れた気持ちを整えて書き続けられる事が出来た。そして普通に生活できるくらいの安定した収入を得ることが出来た。


 きっと涙さんも柔道三段の強者だ。そこまで行くには様々な柵が合ったに違いない。だからこの瞑想を知っているんだと思う。


 そして十分経過して、


「行こう涙さん」


「はい」


 お互いに気持ちが整ったところで、男の所持品を確認する。


 スマホの画面を見て、向井の番号はないかと涙さんは言ったが、ここは無闇に軽率な判断は控えた方が良いと思って、


「待って涙さん」


「えっ?」


「ここは慎重に言った方が良い」


 私は涙さんからスマホを受け取り、画面を見る。


 通話履歴に向井誠の番号が記されている。


 通話して手がかりを探ろうとしたが、ここは向井誠のスマホのGPSを探知する。


 そして特定できた。


 場所は案外近く、港のヨットハーバーに居ることが分かる。


 まだ男を気絶させて二十分くらいしかたっていない。


 まだ連中はこの状況を飲み込んではいないだろう。


 すると男のスマホから着信が入った。


 スマホを取り、着信画面を見ると向井誠本人からだった。


 考えなくてはいけない。


 そして私は冷静に考えて、


「涙さん。とりあえず向井誠の居場所は特定できた。ここで私たちのスマホをここに置いておこう。連中は私たちのスマホを探知して、また何か仕掛けてくるかも知れない」


「わかったわ」


 もう迷っている余裕などない。


 機械に頼ることはしないで後は地の利を活かして向井誠がいるヨットハーバーに向かわなくてはいけない。


 感じる。


 向井誠の強制的な愛情を受けて苦しんでいるサタ子おばあちゃんの気が。


 これはもう気のせいではない。


 ヨットハーバーまでここから二十キロ。


 私と涙さんは急ぐように駆け足で向かう。


 体力のない私はすぐにへばりそうだが、何だろうか?その体力の限界を超える心の奥底からわき起こり、走り続ける事が出来た。


 私は本当に命を懸けてサタ子おばあちゃんを助けたい。


 私と涙さんは世界中の人間を敵に回してしまったと言っても過言じゃないほどの者に狙われてしまった。


 でも何だろうか。


 希望は少なからずにある。


 もうためらっている余裕はない。


 ヨットハーバーにたどり着き、サタ子おばあちゃんを感じる事が出来た。


「良理さん。あそこ」


 涙さんが指さす方向を見ると、サタ子おばあちゃんはいた。


 白いワンピースをまとい、その近くに向井誠本人か?自動車いすで移動している姿が見受けられた。


 その周りには十人ぐらい取り巻き達がいて迂闊に近づくことは出来ないだろう。


 でも私たちがここに居る事には気が付いていない。


 遠くから見ているとサタ子おばあちゃんと向井誠はここでバカンスを嗜んでいる様子だ。


 遠くからだが、サタ子おばあちゃんの精気が感じられない。


 向井誠に洗脳でもされてしまったのか?


 そう思うと気が気でなくなり冷静な判断が出来なくなるほど、動揺してしまう。そこで涙さんが、


「落ち着いて良理さん」


 と彼女の一言で私はとりあえず深呼吸をして落ち着くことが出来た。


 本当に迂闊には手が出せない。


 だからじっと考えながらチャンスをうかがうしかない。


 それまでここで様子を見て、何か良い案はないか涙さんと話し合う。


「あの車いすの人間が向井か。人の大事な人を断りもなくさらって、バカンスかあ、絶対にふざけている」


「本当ね。向井は金や権力でものを言う人間だから、自分が欲しいと思ったものは、どんな手を使ってでも、自分のものにしたがると、聞いたことがあるわ」


「まるでガキだな」


 遠くてはっきり見えないが、向井といるサタ子おばあちゃんは何か悲しみをおびている感じだ。


 その姿を見て、何か心に刺さる何かを感じた。


 それは私もサタ子おばあちゃんの気持ちを知らずに、自分のものとして扱っていた時があった。


 その時の様子と何か似ている。


 遠くから見えるが向井がサタ子おばあちゃんを抱きしめやがったのが伺えた。


 私はもう我慢できずに立ち向かおうとすると、


「落ち着いて」


 と涙さんに腕を引かれて、何とか自棄にならずには済んだ。


 あんな金や権力でものを言うガキみたいな人間は殺してやりたい。


 でも涙さんの言うとおり、ここは落ち着くしかない。


 今、私たちは向井達に安否も居場所も特定されていない。


 真正面から立ち向かったら、奴らの思うつぼだ。


 何か良い案はないか、考えて考えて、そして焦って無謀にも立ち向かおうとした時に涙さんが、


「良い考えが思いついたわ」


「本当に」


「ええ」


「いったいそれって」


「話し合うしかないわ。話し合って向井を説得するしかない。サタ子さんの気持ちと向井の気持ち、そして私たちの気持ちすべてにおいて折り合いをつけにいきましょう。

 このまま時間が過ぎれば私たちは見つかって、消されるだけだよ。

 だから正面から話し合うしかない」


 涙さんの案は私にとって妙案ではないが、確かにそれしかない。


 本当の所、向井に地獄の業火に適するほどの、死ぬよりも辛い目に遭って貰いたいと思っているが、そんな事は現実的に考えて出来ない。


 だから私は「わかった。そうしよう」と向井の元へと歩み寄った。


 堤防を降りて、奴らの元へと歩み寄っていく。


 次第に向井、そしてサタ子おばあちゃんとその向井の取り巻き達との距離を縮めていく。

 

 そして奴らは私達に気が付いた。


「あいつら」


 その声は達彦を人質に取った時の奴だったのを覚えている。


 向井と目が合い、向井が発した言葉が、


「ほう」


 と言って大したものだとでも言いたげな態度で私と涙さんをそれぞれ見て言う。


 そしてサタ子おばあちゃんが、


「よっちゃん。涙ちゃん」


 恐ろしく心配そうな顔をして私と涙さんを見た。


 きっと向井にサタ子おばあちゃんに自分のものにならなければ、私やその周りにいる人間の命はないと吹き込まれたのかも知れない。


「向井さんと言いましたね。サタ子おばあちゃんの件で、あなたに話があって来たんですが、よろしいでしょうか」


 と私は冷静だった。


 取り巻きの一人が、


「野郎」


 と言って銃を向けてきたが、向井が、


「やめなさい」


「でも、見つけ次第、殺して良いと」


「まあ、とりあえず良理君と私で話がしたい」


「いや、私はあなたとサタ子おばあちゃんとここにいる涙さんと話し合いに来た。私たち四人が互いに折り合いがつけられるように話し合いに来たんだ。

 聞いてくれますよね」


 と向井にナイフを突きつける視線を向け私は言う。


「サタ子さん。あなたは良い孫を持っている」


「誠君。私が側にいる事で達彦の件は水に流すって」


「それは約束しました。でもわしは良理君達に忠告した。

 わしの大事なものに手を出せば命はないと。

 それを承知で良理君達はわしの元に来た。

 わしの忠告を無視した時はただの馬鹿者かと思いましたが、そうじゃない。

 良理君とそちらの涙さんはまさに勇者と言うべき存在かもしれない」


「私たちはお前に誉められに来たんじゃない。

 私はサタ子おばあちゃんを取り戻しに話し合いに来たんだ」


 いきり立つ私に、


「良理さん。落ち着いて」


 私の肩に手を添えて涙さんが言う。


「分かりました。話し合いをしましょう。

 おい」


 と一人の取り巻きに耳元で語りかけ、取り巻きは、


「わかりました」


 向井の目を見る。


「付いてきなさい。ちょうどランチの時間だ。ランチを嗜みながら話し合いをしましょう」


 そういえば朝から何も食べていないんだった。


 でもこいつらの差し出された料理など、私は食べる気にもなれない。


 向井は自分の手で自動車いすを動かし、サタ子おばあちゃんの手を取り、進んでいく。


 私と涙さんも付いていく。


 どこに行くのかと思って、向井が向かう先を見ると、目の前に白い別荘があった。


 オートロック式の柵を開き、中へ入っていく。


 庭にはバラや様々な観葉植物が植えてある。


 すごい立派な別荘だ。


 そして別荘の中に進んでいくと、西洋風の作りになっていて、本当に裏社会のドンと呼ばれる程のものだと言うことは分かった。


 正面に進んでいくと大きな木造の扉があり、その扉もオートロック式に開き、


「さあ」


 向井が入れと言わんばかりに私と涙さん向井とサタ子おばあちゃんとそれとその向井の取り巻き達に連れられ中に入っていく。


 そこは見るからに食堂だった。大きな長方形のテーブルに白いテーブルクロスがかけられ、向井の使用人がイスを四つ用意して、私と涙さんは並ぶように座り、その向かい側に向井とサタ子おばあちゃんが並んで座っている。


「何でも好きなものをごちそうしよう」


 向井が言う。


「あなたにもてなされた食事など食べる気にもなれない」


 とはっきりと言ってやった。そんな時、涙さんが、


「良理さん。ここはお言葉に甘えて、ごちそうになりましょうよ」


 涙さんはまた何か冷静に考えて、熱くなった私の頭を冷やしている感じだった。


 そこは涙さんに任せる事にして、その目を閉じてただ黙っていた。


 こいつら毒でも盛るんじゃないかと勘ぐってしまう。それよりも私は、


「食事の前に私たち四人で話し合うんじゃなかったのか?」


「安心しなさい。わしは約束は守るよ」


 そういって、取り巻きや使用人に、


「外してくれ」


 と言って、食堂から出て行った。


 部屋にはどうやら私達四人しかいない。


 不穏な気配は感じられなかった。


 でも油断はしてはいけないと肝に銘じる。


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