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葛藤

 とりあえず私の部屋で作戦会議だ。


 手がかりはサタ子をさらった車が、団地の脇の道路一本道をまっすぐ走って行ってしまった事だ。


 警察に言った方が良いと相談もしたが、私は考えて、姉さんが若返った事が公になったら面倒な事になりそうで、それとあまり警察沙汰にしてはいけない気がしたから、やめておいた。


 そこで涙さんが、


「私車のナンバー覚えています。もしかしたら車のGPSを探知して行き場所を特定できるかも知れません」


「そんな事が出来るのか?」


「私やってます」


 涙さんはスマホを取り出して、操作している横から見ているが、彼女の邪魔になりそうなので、ここは邪魔にならないように、じっと待つことにする。


 彼女は調べている。


 ここは彼女に任せるしかないと思って、私は私で手をこまねいていて何もしていないのはあまり良くないと思って、冷蔵庫から冷たい麦茶を入れ涙さんにそっと差し出した。


「もう少しでいけそうです」


 私が差し出した麦茶を一口飲んで、


「出来ました」


 と声を張り上げて、


「本当に」


 僕は期待して彼女の携帯をのぞき込む。


「どうやら連中は単純に団地脇の一本道をまっすぐに進んで、川の上流付近の今は使われていない廃ビルにいるみたい」


「じゃあ早速行ってみるよ」


 私一人で行こうとすると涙さんは、


「私も一緒に行きます」


 彼女の目は本気だった。


 でもこれ以上は彼女に危険な目に遭わせたくないので、


「ごめん。連れていけない」


 彼女を取り押さえて、ビニールテープで拘束しようとしたが、逆に彼女に右手を取られて一本背負いをくらい、彼女は私を人を見透かす時の嫌らしい目つきで見下ろして、


「悪いけど、協力させて貰うから」


「はい」


 と素直に返事をするしかなかった。


 彼女は男の私よりも強い。


 不本意だが彼女の協力は強制的だ。






 早速、外に出てタクシーを捕まえて、GPSを頼りに連中が向かっていった車が止まっているところを追跡している。


 サタ子の無事を祈るしかない。


 涙さんは本当に頼りになる。


 到着してタクシーから降りて、涙さんが車を追跡している後を追う。


 涙さんの目の先の車を見ると黒いワゴンではなく白いワゴンだった。


「黒いワゴンじゃない」


 涙さんが目を疑うように車を見る。


 追跡した車の所に行き、私もついて行った。


「そんな、もしかして合成ナンバー」


 どうやら連中にいっぱい食わされた。


 ここまで念入りにサタ子をさらう連中にサタ子は無事なのかすごく不安になる。


「ごめんなさい良理さん。役に立たなくて」


 何て彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。


「涙さんのせいじゃないよ」


 そうだ。涙さんのせいじゃない。涙さんは私に本気で誠心誠意を込めて協力してくれた。そんな涙さんを攻める理由など見つからない。


 途方に暮れそうな時、私のスマホに一本の電話が鳴り響いた。


「もしもし」


「小林良理君で良かったかな」


 通話口の向こうから年寄りの声が響く。


「誰?」


「わしは向井誠というものだが、小林サタ子さんはこちらで預からせて貰っている」


「サタ子をどうするつもりだ」


 ムキになり大声であげる。


「ムキになりなさんな。こちらで丁重に預からせて貰っているよ」


 笑いながら言う向井誠。続けて、


「まさか、わしの思い出のサタ子さんにこのような形で巡り会えて、わしは本当に生きていて良かったと思っている」


「お前の事なんて聞いてない。さっさとサタ子を返せ」


「達彦とか言ったかな?君の父親であり、サタ子さんの子供でもある」


「達彦とはいっさい無関係だ」


「サタ子さんはどうしようもない男を生み、そして君みたいなすばらしい人間が、その息子だなんて、君がここまで立派に育ったのはサタ子さんの恩恵かもな」


 と笑っている向井誠。


「そんなことはいいからサタ子を返せ」


「私はサタ子さんの関係者に手荒なまねはしたくない。達彦とやらの事を水に流すから、サタ子さんをこちらに譲って貰うしか君に選択肢はないと思うんだがね」


「一億円だったな」


「いや、金など問題じゃない。金などわしの全財産に比べたら、サタ子さんの髪の毛一つも値しない」


「ふざけるな」


「わしは本当に生きていて良かった。またこうしてサタ子さんとこんな形で出会えるなんて」


「てめえ」


「とにかくだ。サタ子さんはわしが大事に引き取らせて貰うから安心していい。それとわしに手を刃向かおうなんてバカな事は考えない方が君のためだけどね」


 プッツリと通話が切れてしまった。


「おい」


 と通話口に罵ったがもはや無情な無通和音が耳元で響くだけだった。


「くそ」


 吐き捨て、涙さんの方を見ると、青ざめた表情をして言う。


「向井誠って、裏社会の頂点に立つ男だよ」


「それがどうしたんだよ」


 と、つい涙さんに暴言を吐いてしまったことに、「ごめん」と謝ったが、そんな事は気にせず。


「良理さん。悪いことは言わないわ。間違っても手を出そうなんて考えないでね。その向井誠って警察でも手が出せない程の権力の持ち主なのよ」


「それがどうしたんだよ」


 すると涙さんは私を抱きしめ、


「お願い。あなたのお父さんが向井誠にちょっかいを出して、私たちは巻き込まれなかっただけでも運が良いのよ」


 泣きながら懇願する涙さん。


 私はあまり裏の世界のことは知らないが、とんでもない人にサタ子は目を付けられたことは分かった。


 でも。


 サタ子は・・・。


 バカな考え方をしないように、涙さんはその包容を外そうとしなかった。


 状況が理解できた。


 危険な事は分かっている。


 でもすぐに頭の中を整理するには時間が必要かも知れない。






 家に戻り、とりあえず、お隣の涙さんに「おやすみ」と言って部屋に入ろうとしたところ念を押すように、


「お願いだからバカな事は考えないでね」


 悲痛な思いを込め私に訴える。


 部屋に入ると、


「よう。良理、勝手におじゃましているよ」


 達彦は私たちの買い置きのカップラーメンを食べながら下品に喋る。


 達彦が視界に入り、こいつのせいでみんなが、


「出てけ」


 と罵った。


「そんな冷たいことを言うなよ。俺っちも金がなくなったし」


「知らねえよ。そんなの。金が欲しければ自分で体張って働け」


「俺をいくつだと思っているんだよ。それに女房に逃げられて、俺に人生お先真っ暗になっちまったし」


「知らねえよ。だから出て行けよ」


 すると急に話題を変えてきて達彦は、


「俺はお前に会いに来たんじゃないんだよ。お前の奥さんに会いに来たんだよ」


 怒りの臨海点に私は達して、あぐらをかいて座ってカップラーメンを食べている達彦を蹴り上げ、つんのめったところ、達彦に跨がり、達彦の顔面を何発も何発も殴り続けた。


「何するんだよ」


 達彦は殴られても殴られ慣れているみたいなので、痛みはあまり感じていない。


 だったらいっそこの場でぶっ殺してやる。


 と思った時、後ろから私は羽交い締めされて、


「良理さん。落ち着いて」


 お隣の涙さんはどうやら私の怒鳴り声が聞こえて駆けつけてくれたみたいだ。


「殴りたきゃ殴れよ。こんな痛み女房に逃げられたときの思いに比べれば屁でもない」


 何て笑っている。


 そうだ。こんな奴、殴る価値もないし、殺す価値もない。


 だから私は決意して、


「お前にお金と体を差し出した、私の奥さんだと思っている人はお前の母親のサタ子だよ」


「冗談言うんじゃねえよ。母親はもうもうろくしてとっくにクタバっちまったんだろ」


 実の母親のことをそんな風に言うか。こいつは救いようのないクズやろうだな。


 もうそんな奴に言うことはないので、達彦の襟首を掴み上げ、外に追い出した。


「何だよ。実の親父にこんな事をしていいのかよ」


 ドアをバンバン叩いている。


 私はしかとしてやり過ごした。


「良理さん」


 心配そうに語りかけてくる涙さん。


「ごめんね大声を上げちゃって」


「私は別に気にしていないけど」


 相変わらず達彦がドアをバンバン叩いている。


 それを心配している涙さん。


「ほおっておけば大丈夫だよ」


 そしてしばらくして警察がやってきて、達彦と私の関係を聞かれたが無関係だと私は言い張り達彦は「親子」だと言い張ったが相手にされず、そのまま連行された。


「涙さんもそろそろ帰った方が良いよ」


「あのね。良理さんが良ければ、私が・・・」


 涙さんの顔を見ると視線をさまよわせ言いにくいことを思い切って言うべきかと言うような顔で内心どきどきしてしまった。


「私で良ければ、今夜一緒に泊まってあげても良いよ」


 私は迷ってしまった。


 もうサタ子はもう向井のものとなり戻ってくる事はないかも知れない。そう思うと、私は独りぼっちになり、小説を描く意欲がそがれるかもしれない。


 何てあれこれ考えていると、涙さんは私の背後から抱きしめてきた。


「良理さんは一人じゃないからね。今日の所は帰るけど、私を必要とするなら、何でもするよ」


 彼女の発言に正直嬉しかったし、いかがわしい気持ちにもなり、そこは自重する。


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