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サタ子の本当の気持ち

 あれから一週間が過ぎて、何とか姉さんを達彦から引き離す事が出来た。


 私は思ったのだ。


 もはや姉さんから達彦を遠ざけるしかないと。


 だから私は姉さんの心を私に染めた。


 私は夜姉さんの眠っている事を良い事に、夜這いまがいのことをしてしまった。


 姉さんは少し拒んだが、姉さんを守る事を強く主張して、姉さんを説得した。


 姉さんは私の物だって。


 私は誓える。


 仮に姉さんが元の年寄りに戻っても、愛することを。


 達彦から姉さんを引きはがすことはこれしか方法がないのだ。


 きっと姉さんの心はまだ、どこかに達彦を思う姉さんが確実に存在する。


 その気持ちを二度とよみがえらないように、凍らせるしかない。


 私の愛で。


 そう私の愛で。







「すごいすごいよっちゃん」


 イルカのパフォーマンスを見てはしゃぐサタ子。 


 そんなはしゃぐサタ子を見て私は幸せを感じている。


 私とサタ子はとある水族館に来ていた。


 イルカは輪をくぐり、尾で水面を歩く姿はシュールだ。


 新聞屋にチケットを貰って良かった。


 でも私はやはり背後から気配を感じていた。


 涙さんだ。


 あれからサタ子を恋人にして、距離を置いたのだが、彼女は懲りずにストーカーまがいの事をしてくる。


 気づかれないように彼女の方を見ると、両手で頬杖をついて寂しそうに私とサタ子の姿を見下ろしていた。


 これ以上はまずいと思っている。


 このままでは彼女の為にも私たちの為にもならないと思って、私は立ち上がり、彼女のところに向かった。


 彼女もそんな私に気が付いて気まずそうな顔をして目をそらしてしまった。


「ぐ、偶然ね」


 白々しい嘘を言う彼女に私は呆れて、


「もうこのような事はやめてくれないかな」


「やめるって別に私はただ、ここに来て一人でイルカを見に来ただけだよ」


 すねる姿に何かほおっておけなくなるような気持ちにもなるが、ここは心を鬼にして、


「いい加減にしてくれ」


 と大声で言った。


 周りの観客も私と涙さんとのやりとりに注目している。


 そこでサタ子が、


「あらあら涙ちゃん。こんなところで何を・・・」


 ややこしくなるので、


「サタ子は騙っていて」


 涙さんは苦虫をかみ砕いたような顔をして、黙り込み、立ち去ってしまった。


 これで良いのだ。


 お互いのために、この方法しかない。


 彼女を傷つけてしまった事に私だって辛い。


 サタ子の方を見ると、複雑そうな面もちで黙り込んでいた。


 そんなサタ子を見るのも辛い。


 私とサタ子の間に誰一人邪魔するものは容赦はしない。いや、してはいけない。


 その後少しトラブったが私とサタ子とのデートを満喫して、サタ子も心から笑顔を取り戻した感じだった。







 帰ってきてサタ子は夕食の支度をしている。


 私はその間小説を描いていた。


 幸せだった。


 私はこの幸せを育んで行きたい。


 共に食事をして共に夜の散歩に行ったりする。


 この季節、夜の河川敷に蛍が舞い込んだりする。


 蛍と戯れるサタ子の姿を見て、可憐だ。


 そんなサタ子はもう僕の物なんだ。


 でもサタ子時たま寂しい顔をする。


 その時達彦の事を思い出したのだろうと見て分かる。サタ子は私を育てた時から、何かあるとすぐに顔にでる。


 だから私はそんな悲しい事を考えようとするサタ子に、


「サタ子」


 と呼びかけ、サタ子は悲しい顔を悟られまいと、とっさに笑顔を作るのだ。


 今はそれで良い。


 どうしてこんなに優しくて思いやりのあるサタ子の息子である達彦のようなひねくれた人間になるのか?不思議でしょうがない。


 こうして河川敷に群がる蛍を二人で眺めるのも一興だ。


 私はこの幸せを守り通さなくてはいけない。


 そう守り通さなくてはいけない。


 だが何かが私たちの幸せを壊そうとする者が潜んでいる事を今の私たちには知る由もない。






「何だか小林君、以前より表情が明るくなったね」


「おかげさまで」


「なるほど、おばあちゃんも元気になって、本当に良かったよ。

 僕も小林君が嬉しいと僕も嬉しいよ」


 と花里先生の言葉に素直に受け取れた。


 以前の私だったらすべて皮肉に聞こえてしまっていたからだ。


 病院から出て薬も少しだけ減った。


 ちょうど今日は診察日で九月に入り夏は終わったが、まだ暑さは残っている。





 コンビニでアイスを二本買って自宅に戻る時に、涙さんとはち合わせてしまった。


 今まで彼女のいない時間帯を見計らって、避けていたが予想外のことだ。


 私はどんな顔をして良いのか分からず、黙って振り切って戻ろうとすると、笑顔で、


「こんにちは」


 と挨拶をくれた。


 気持ちの良い挨拶だった。私もつられるように笑顔になって、


「こんにちは」


 と返してしまった。


 すると彼女の表情がみるみる喜びを増すように明るくなり、私はついつられたとは言え、しまったと思った。


 でも彼女は、


「では」


 と笑顔でどこかに出かけていったことに私はほっとした。


 私は感じた。


 気持ちの良い挨拶をくれたが、もう好意を感じられなかった。


 何か寂しさも感じてしまったが、とりあえずこれで良かったのだと、私は家に戻った。


 サタ子は家事を終え、畳の上でお昼寝状態だった。


 風邪ひくといけないので、タオルケットをかけてあげた。


 サタ子の寝顔を見て幸せを感じていた。


 しかしその幸せを壊すかのように、家電が鳴った。


 疑心暗鬼だった。


 家に電話が来て今までろくな事がない。


 達彦なのか?それとも達彦が以前トラブルを起こした事で何かあるのか?


 電話に出ない方が良いと思っている。


 でもそのベルの音に目を覚ますサタ子。


 電話の音にサタ子は呟いた。


「達彦」


 と。


 今まで必死で私が押さえていた達彦にとらわれていたサタ子の心を呼び覚ましてしまった。


「達彦」


 悲痛な声を漏らし電話に出ようとするサタ子を必死で取り押さえた。


「電話には出ない方が良い」


「達彦」


 私は電話の音が悪魔の笑い声のように聞こえてくる。


 サタ子も必死で電話に出ようと私から抵抗する。


 だから私は、サタ子を押さえつけながらも、電話の回線を思い切り引っ張って引きちぎった。


 電話の音は止み、サタ子は、


「何をするの?よっちゃん」


 耳がはちきれるばかりの奇声をあげるサタ子。


 近所迷惑だが、もうそんな事は気にしていられず、私はサタ子を思い切り抱きしめるしかなかった。


 サタ子は私の腕に強く抱きしめられ、小さな子供のように泣いていた。


「達彦、達彦」


 と。


 誰からの電話なのか分からない。でもうちに電話が来て今までろくな事がない。


 サタ子の涙が落ち着くまで私は抱きしめていた。


 サタ子が悲しいと私も悲しい。


 だから泣かないで欲しい。


 そしてサタ子の涙が落ち着いて、気が付けば空は茜色の夕焼けに染まっていた。


 私は怖かった。でもこうしてサタ子を抱きしめ寄り添い、怖い気持ちを紛らわせてもいたのだ。


 サタ子はずっと我慢していたのかもしれない。


 私に辛い思いをさせたくないから、実の息子である達彦の事をずっと心の中に押し殺していたのかもしれない。


 本当にサタ子の事を愛しているなら、その気持ちも考えなくてはいけないと思った。


 夕食時になり、サタ子は。


「さっきはゴメンねよっちゃん。晩ご飯のお買い物に行くね」


 と無理に笑うサタコ。


「私も一緒に行くよ」


「うん」


 サタ子を一人にしたくなかった。今サタ子を一人にしたら見えない何かにさらわれてしまうんじゃないかと怖くてたまらなかったのだ。





 サタ子とお買い物中に何者かに見られている気配を感じた。


 涙さんのものとは違い何か黒い、真っ黒い何かが。


「どうしたのよっちゃん」


 そんな私を見てサタ子は心配する。


「いや別に」


 気のせいかもしれない。


 あまりサタ子に心配をかけてはいけないな。


 でも何だろうこの気配。


 今日の一件で疲れているのかもしれないな。


 今朝、電話が来てサタコは悲しみ私の中で疑心暗鬼にとらわれてしまっているのかもしれない。


 食事中も感じている。


 何だろう?


 サタ子の方を見ると、心なしか何かうっとりとしていて、何かちょっと気持ち悪かった。


「どうしたんだよ。サタ子」


「いや別に」


 と言ってサタ子の様子がおかしい。


 あの電話で私たちはおかしくなったのかもしれない。






 眠る前、少しだけ小説を進めようとしたが、あの電話の事が気になってか、それと何か不穏な気配を感じて、インスピレーションが働かない。


 いらだちを感じそうになったが、このような時は焦ってはいけない。


 別に小説の期限は別にないのだから。


 だから私は眠りにつこうとした時、スマホにメールが入った。


『小林達彦は生きている』


 と。


 メールを読んだときには悪寒が走った。


 このメールを見た時、気が付いたが私は達彦に死んで欲しかったのだと。


「何なんだよいったい」


 と人知れず呟き、サタ子の事が心配になり、サタ子の部屋に行くと、デスクのほのかな明かりで写真を見つめていた。


「何をやっているんだよ」


「これは、その、よっちゃん」


 慌てふためくサタ子に近づき、写真を見ると達彦の幼い頃の写真だった。


 私がそれに気が付くと、


「ごめんなさい。ゴメンね。よっちゃん」


 涙ながらに謝るサタ子。


 サタ子は私に怒られる事を恐れているようにも感じる。


 そんなサタ子を見て私はサタ子の気持ちを大事にしたい気持ちが芽生え初めて、先ほどのメールの事をサタ子に伝えようと思ったが、やめておいた。


 だからサタ子が見ている達彦の写真を燃やしてしまいたい気持ちになったが、とりあえずサタ子の気持ちを大事にしたいので、私は、


「こんな時間まで起きていないで、早く寝よう。サタ子昔から言っていただろ。朝はちゃんと起きて夜しっかり眠っているれば、幸せな毎日が送ることが出来るって」


「うん。分かったおやすみ」


「うんおやすみ」


 襖をそっと閉め私は部屋に戻る。


 私は考えさせられる。子を持つってどんな気持ちなのだろうか?


 サタ子にとってはかわいい子供なのだろう。どんなに憎いことをされてもやっぱり憎むことは出来ない。


 その気持ちは考えれば分かるが、それはあくまで理屈だ。でも親はかわいい子供をどんなに憎まれても愛する気持ちも考えれば分かるが、それも理屈だ。


 やはり子供を持ったことのない私には到底心から愛する気持ちは分からない。


 でもサタ子に育てられ、私はサタ子の事を心から愛していると自負している。


 その気持ちをサタ子が子を思う気持ちと重ねれば何となく分かる気がする。


 でも達彦に対しては私は嫌な思い出しかない。


 達彦が私の実の母親に逃げられた事を理由にして、自棄になり散々私やサタ子に迷惑をかけてきた。


 そんな人間生きる価値なんてないと私は思っている。


 酒で自分を煽りながら、暴れて暴力を振るい、私とサタ子の生活費をむさぼり尽くしてギャンブルに明け暮れ失踪しては、金がなくなったら戻ってきて、また生活費をむさぼる達彦。考えただけでいらだちが止まらない。


 でもそれでも達彦はサタ子のかわいい息子なのだ。


 やっぱりその気持ちは大事にした方が良い。


 だからそのメールの宛先に返信を送った。


『達彦を心配する人はいる。達彦はどこにいる?』


 送ってしまった時、私は後悔の念にかられた。


 何をやっているのだ私は。


 返信を待ったが返ってこなかった。


 悶々としながら朝はやってきた。


 今日は眠れなかった。


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