2.
忍は茫然とした。
「おなじ部屋、って……?」
「天川君はひとりだったから、半分余っていただろう」
「で、でも。
ぼくはずっとひとり部屋って理事長とずっと前に話して決めていて。
それに学年も違うじゃないですか」
すうっと藤枝紫朗の貌から表情が消えた。
強く光る瞳で忍を見る。
「天川君、理事長が藤枝君を君とおなじ部屋にするように言われたんだ」
「理事長が」
忍は俯いて、視線を黒ずんだ床に向けた。
信じられなかった。
あの理事長がだれかを忍と相部屋にするとは思えない。
これは、なにかの間違いではないのだろうか。
「いいですよ、オレは。
廊下でも、物置でも、なんならこの食堂で寝泊まりしても」
感情を押し殺した声で、藤枝紫朗が淡々と言った。
「なにを馬鹿なことを。
君の荷物はすでに部屋に運び入れてある。
天川君、藤枝君の面倒をみてあげなさい。
先輩だろう」
忍は答えなかった。
顔も上げられない。
たぶん。
これは何かの間違い。
何かの連絡ミスだ。
忍がだれかと相部屋になることはありえないのだから。
「天川君?
どうしたんだ」
寮監の声に、忍ははっとなった。
「あ、いえ、すみません。
ぼうっとしてました」
「天川君らしくない。
じゃあ、頼むよ。
藤枝君、きみはすごく運がいい。
天川君と同室なんて、学園中から恨まれるよ」
寮監は朗らかに笑って、はやく荷物を置いて、夕飯にしなさい、と言って去っていった。
藤枝紫朗の強い視線を全身で感じる。
忍は床を見たまま、こっち、と階段を指差した。
これはなにかの手違いだと思う。
理事長と直接話せば解決するだろう。
それまでの辛抱、と我慢することにした。
共有設備とか、寮のルールとかを説明しながら、2階の角部屋に案内した。
ドアを開いた瞬間、うっ、と、藤枝紫朗が呻いた。
ふたり部屋は線対称のつくりになっている。
左右の壁に、それぞれベッドとクローゼットと本棚。
窓に向かってふたつの机が並んでいる。
部屋の中央はカーテンで区切ることもできる。
忍の部屋は、ひとりで占有しているため、めいっぱいに散らかしてあった。
両方のベッドの上に洗濯済み、洗濯前の衣類や夏服、冬服の制服やらが山高く積まれている。
机と床には何十台ものパソコン関連の機器が並び、その透き間にいろいろなメモをした紙が散らばっている。
教科書、ノート、筆記具、学習道具、すべて、部屋中に点在していた。
床は、まったく見えない部屋だ。
さまざまな機械が24時間稼働しているため、部屋は廊下よりもかなり温度が高かった。
部屋の片隅に、申し訳なさそうに、運び込まれた紫朗の荷物らしき段ボール箱やらバッグがちんまりとある。
「どうしよう」
忍は困ってしまった。
ええと、と、片方の上のベッドにあった衣類を抱えて、もう片方のベッドにどさりと重ねる。
床に散らかっていたメモ用紙も拾い、分類わけをしようとして、また、床の上の機器の上に順序をそろえて並べ替えた。
逆に前よりも広がっていく。
「なにしているんだ」
藤枝紫朗が言った。
「ええと、藤枝君の分のスペースを空けようと思って」
「これ、どかしていいか」
藤枝紫朗は靴で、足元の金属の立方体をぐっと押した。
「ああっ、θ姫」
忍は紫朗の靴を払いのけ、θ姫をぐっと抱えてかばった。
正確には、忍が3番目に自作したPCで、θ姫と名付けた本体の残存だ。
もう稼働はしていないが思い入れがあるし、いつかは復活させたいと思っている。
「ふたり部屋のはずだ。
部屋の半分はオレのスペースじゃないのか。
オレの分を空けてくれ」
「それはそうなんだけど」
忍はオロオロとうろたえた。
それはまったくの正論だ。
けれどもこれだけいるα王子やβ王子からζ女王まで、どうやったら半分のスペースに納められるのだろう。
散らかしているのではない。
忍には必然の置き方をしているだけ。
紫朗がほおを緩めた。
白い歯をみせて、笑顔になる。
「だから、オレとの相部屋を嫌がったのか」
「そうじゃないけど」
藤枝紫朗の顔がまた硬く強張った。
ずかずかと部屋に入り、忍が明けたベッドの上に自分の荷物を置く。
「境界線そこだな」
カーテンレールに沿って、ゆびで、室内の中央線をしめす。
「早くそちら側に全部移動させてくれ」
「うん……」
忍はうなずいた。
それは理事長がどうのというより、ルールとして忍が守らなきゃいけないこと。
広げたメモ用紙をまた一枚一枚回収して行く。
そして一枚一枚、こんどはベッドの上の洗濯済み、洗濯前の衣類、夏服、冬服の制服が積み重なった上にひろげて並べた。
教科書やノートも集め、また、その上に並べる。
藤枝紫朗に足蹴にされたθ姫をかかえて、またうろうろし、今度は枕の上に積んだ。
紫朗は極力、忍の行動を見ないようにして、自分の荷物をひろげ、制服をハンガーにかけたり、勉強道具を棚に収めたりしていたが、
「いったい、どうやって寝るつもりだ」
耐えきれなくなったように、苛々と言った。
「別に、机とか。
寝なくてもいいし」
紫朗は胸をふくらませて、大きく息を呑んだ。
天井を仰ぎ、目を瞑って深呼吸をしている。
「分かった。
すぐには片付けなくてもいい。
ただ、早い段階でスペースを空けるように努力してほしいけれど」
忍は、端正な横顔をまじまじと見てしまった。
心底、ほおっとする。
たぶん、明日には藤枝紫朗はこの部屋から出ていくから、片付けなくてすむ。
逆に、紫朗を追い出そうとしている自分に嫌悪を感じてしまう。
申し訳なさのあまり、自分の非礼を詫びて、この部屋にいてほしい、と言いたいところなのだけれど。
でもダメなのだ。
それは忍にはできない。
藤枝紫朗には明日には出て行ってもらわなくてはいけない。
罪の意識に苛まれながら、忍はうなずいた。