第八章 繰り返される災厄
ギギギギ……
巨大な寄生虫が非常階段を這い上がってくる。
あと数段。
あと数メートル。
「ハウンド!」
フォックスが叫ぶ。
「もう撃つしかない!」
俺はマグナムを構えた。
「全員、迎撃──」
その瞬間だった。
――ウゥゥゥゥゥゥゥン。
再び街中にサイレンが鳴り響く。
今度は先ほどとは違う、短く断続的な警報音だった。
すると。
ピタッ。
階段を登っていた寄生虫が、一斉に動きを止めた。
「……?」
ファルコンが目を丸くする。
巨大な寄生虫はゆっくりと頭部を山の方向へ向ける。
まるで、誰かから命令を受けたかのようだった。
そして。
ギィィィィ……
低い鳴き声を上げると、そのまま階段を降り始めた。
「下りていく……?」
シャドウが信じられないという表情を浮かべる。
一匹だけではない。
街中に集まっていた寄生虫たちは全て進路を変え、赤い液体の中を山へ向かって移動し始めた。
やがて赤い液体もゆっくりと引いていき、街には元の静けさが戻ってくる。
数十分後には、何事もなかったかのようにAIの住民たちがシェルターから現れ、再び無表情のまま歩き始めた。
「……助かった。」
フォックスが大きく息を吐く。
俺もマグナムを下ろした。
「だが、なぜ撤退した?」
誰も答えられない。
レイ博士が分析装置を見つめる。
「命令を受けたようにも見えました。」
「あるいは活動時間が決まっているのかもしれません。」
通信機からオーバーウォッチの声が聞こえる。
『ハウンド、無事か?』
「こちらハウンド。」
「全員無事です。」
『転移装置の充填状況は?』
研究員が携帯端末を確認する。
「世界線転移エネルギー、現在二七%。」
「帰還可能になるまで、およそ七時間。」
「七時間か……。」
フォックスが頭をかく。
「長いな。」
オーバーウォッチも少し考えてから言った。
『無理に移動するな。』
『安全な場所を確保して待機しろ。』
「了解。」
通信を切ると、俺は周囲を見渡した。
幸い、近くには使われなくなった資材置き場が残っていた。
転送しなかった鉄骨。
建築用パネル。
金属製コンテナ。
そして先ほど採取した鉄鉱石に似た鉱石の一部も残されている。
「これを使おう。」
シャドウが頷く。
「簡易拠点を作る。」
フォックスが笑う。
「やっと俺の出番だな。」
数時間後。
俺たちは資材を組み合わせ、小さな監視基地を完成させた。
屋上にはファルコン用の狙撃地点。
内部には研究設備。
周囲には即席のバリケード。
見た目こそ簡素だったが、数時間身を守るには十分な拠点だった。
「意外と快適だな。」
フォックスが椅子代わりのコンテナへ腰掛ける。
「それ、俺が座ろうと思ってたんだけど。」
ファルコンが苦笑する。
「早い者勝ち。」
そんなやり取りを聞きながら、俺は双眼鏡で山を監視していた。
街は静かだった。
AIの住民たちは何事もなかったように生活している。
あの赤い液体も見当たらない。
「本当に終わったのか……?」
その時だった。
レイ博士が腕時計を見ていることに気付く。
「ハウンド。」
「さっきサイレンが鳴った時間を記録していました。」
「偶然かもしれませんが……。」
「もうすぐ同じ時刻です。」
全員が時計を見る。
静寂が流れる。
一分。
二分。
三分。
そして──
――ウゥゥゥゥゥゥン!!
まただ。
同じサイレン。
同じ警報音。
「来るぞ!」
俺が叫ぶ。
AIの住民たちは先ほどと全く同じように、一斉にシェルターへ走り始める。
数十秒後。
ゴゴゴゴゴ……
山が揺れ始めた。
「まただ!」
フォックスが立ち上がる。
山肌が裂け、赤い液体が流れ出す。
そして、その中から巨大な寄生虫たちが姿を現した。
先ほどと全く同じだった。
「やっぱり……。」
レイ博士が呟く。
「時間差で繰り返されている。」
研究員も記録を見比べる。
「出現時刻の誤差は数秒以内。」
「周期的な現象です。」
シャドウが静かに言う。
「災害じゃない。」
「決まった時間に起きる現象だ。」
俺は双眼鏡越しに山を見る。
「あいつらは、決められた時間だけ活動している……。」
通信機を手に取る。
「こちらハウンド。」
『オーバーウォッチだ。』
「重要な報告があります。」
「赤い液体と寄生虫は自然現象ではありません。」
「一定時間ごとに、ほぼ同じ行動を繰り返しています。」
通信の向こうでオーバーウォッチは静かに答えた。
『……周期性のある現象か。』
『なら、その周期には必ず理由がある。』
俺も同じ考えだった。
あの山には、まだ誰も知らない秘密が隠されている。
そして、その秘密こそがW-001という世界線の真実へと繋がっている気がしてならなかった。
第八章 終




