sideアルベルト
少し修正しました。
騎士の仕事には誇りを持っている。
剣の腕には自信があるし、努力もしてきた。
第三騎士団に入ってからは結果も出してきたし、隊長からの覚えも悪くない。
というより最近は、完全に気に入られている。
「アルベルト、お前なら騎士爵も狙えるぞ」
酒の席で、隊長はよくそう言う。
伯爵家の三男。
継ぐ爵位はない。
だが騎士として功績を積めば、騎士爵を賜る道はある。
だから縁談の打診もいくつか来た。
顔がいいだの、将来有望だの、女が放っておかないだの。
同期連中には好き勝手言われる。
別にどうでもいい。
――ミラ以外は。
⸻
初めて会ったのは街の飲み屋だった。
たまたま隣に座った女。
平民の侍女だと後から知った。
酒の好みが妙に合っていた。話も合う。遠慮がないのに不思議と嫌味がない。
こっちが貴族だと分かっても態度を変えない。
それが妙に心地よかった。
その夜は酔った勢いで、体の関係を持った。
本来なら一夜限りで終わるはずだった。
だが次に会った時も、ミラは何ごともなかったかのように話しかけてきた。
『お酒飲みすぎじゃない?』
『騎士様ってもっと堅物かと思ってた』
『その顔で黙ってると怖いわね』
遠慮がない。
でも無神経じゃない。
空気も読める。
笑い方が明るくて、一緒にいると妙に気が抜けた。
気づけば、会うのが当たり前になっていた。
酒を飲んで。
くだらない話をして。
抱いて。
朝になれば別れる。
広い城の中では、侍女と騎士が顔を合わせることなんてそう多くない。
たまに遠くで見かけても、軽く黙礼を交わすだけ。
誰にも知られないまま、その曖昧な関係が続いていた。
――最初は、それでよかった。
⸻
最初は気楽な関係のつもりだったのに、気づけばミラのことばかり考えている。
騎士団では冷静だと言われる。
実際そうだ。
剣を振る時も、任務中も、頭は冷えている。
だがミラ相手だけは駄目だった。
あいつが笑えば嬉しい。
疲れている顔をしていれば気になる。
他の男と話していれば妙に落ち着かない。
会えない日が続くと、つい城のどこかに姿を探してしまう。
――完全に惚れている。
認めた時にはもう遅かった。
なのに。
ミラは時々、妙に冷静な顔をする。
『楽でいい関係よね』
そう笑う顔。
あれが嫌だった。
まるで、いつでも終われるみたいな顔をする。
最初は考えすぎだと思った。
だが長く一緒にいれば分かる。
ミラはちゃんと俺を好きだ。
抱き締めれば嬉しそうにするし、キスすれば顔も赤くなる。
俺が怪我をすれば怒るし、無茶すれば泣きそうな顔をする。
なのに時々、“線を引いた顔”をする。
ああ、これ。
身分差を気にしてるな、と気づいた時は頭が痛くなった。
だから言えなかった。
好きだとか。
付き合おうとか。
そんなことを言った瞬間、ミラは必ず「貴族だから」と距離を取る。
『私は平民だから』
『騎士様にはもっと相応しい人がいるでしょう』
そうやって、俺から離れる理由を作る。
それが分かっていた。
だから先に、逃げ道を塞ぐ必要があった。
騎士爵を取る。
家から独立する。
“身分差を理由にできない状態”を作ってから、ちゃんと捕まえる。
そう決めていた。
――ただ、その前に「終わる」と言われるとは思っていなかった。
⸻
侯爵家の話は隊長経由で来た。
「親戚なんだ。顔だけでも出せ」
断るつもりだった。
そもそも正式な縁談なら、伯爵家を通して話が来る。
今回のは隊長が勝手に持ってきた私的な話に近い。
侯爵家側も軽い顔合わせ程度の認識だろう。
だから断って問題はない。
俺自身もそのつもりだった。
仕事を理由に断ったが、隊長が勝手に「延期」という形にした。
放っておけば自然に流れる話だと思っていた。
だがその判断が、余計な噂を生んだ。
⸻
そしてその夜。
いつもの飲み屋に現れたミラは、笑っていた。
いつも通りの顔で。
――違う。
長く見ていれば分かる。
あれは無理をしている。
「自分は貴族令嬢を待たせてるくせに」
刺のある声。
やっぱり噂を聞いている。
俺は小さく息を吐いた。
説明しなかったのは俺だ。
だが説明しても、ミラは「身分差」の材料にするだけだと思っていた。
だから先延ばしにした。
その結果がこれだ。
「そろそろ終わりかなって思っただけ」
その瞬間、視界が一瞬だけ冷えた。
終わり?
誰が決めた。
俺はまだ何も言っていない。
「だって、侯爵令嬢と結婚するなら、こういう関係は邪魔でしょう?」
――違う。
こいつは最初から、終わる前提で俺を見ていた。
ようやく気づいた。
⸻
「……でも、恋人とも言われたことない」
俯いたミラを見て、胸の奥がざわつく。
違う。
全部違う。
ただ、言葉にしなかっただけだ。
だがそれすら誤解されていた。
そして、このままでは終わる。
ミラの中で「これは終わる関係」になっている。
「違う」
このままじゃダメだ。
「俺はお前を遊びで抱いたことなんて一度もない」
ミラの肩が揺れる。
「お前が好きだ」
言った瞬間、ミラの顔を見て胸の奥が熱くなった。
だがそれだけでは足りない。
「中途半端なままじゃ、お前は俺を見ないだろ」
「ちゃんと俺自身が立てる場所を作ってからじゃないと、お前は俺と“同じ場所で向き合ってくれない”と思ってた」
一度、息を吐く。
「だから騎士爵を取って、家を出るつもりだった」
「お前が俺を伯爵家の三男ではなく、俺自身として見られるように」
ミラが言葉を失う。
もう全部言う。
「最初からずっと本気だ」
騎士爵を取るのも、家を出るのも。
全てはミラと向き合うためだ。
⸻
ミラは泣いていた。
強がるくせに、一度泣くと止まらない。
「泣くな」
「だって……っ」
一瞬、言葉が詰まる。
ミラが涙をこぼすたびに、胸の奥が締め付けられる。
「お前に泣かれると……毎回、どうしていいか分からなくなる」
思わず出た弱音。
言ってから、自分でもわずかに目を細めた。
だが、もう取り消す気はなかった。
隠す必要もないと思ってしまったからだ。
「……騎士様のくせに何言ってるのよ……」
ミラは泣きながら、それでも小さく笑った。
その表情を見た瞬間、張り詰めていたものが少しだけほどける。
いつもそうだ。
泣かれるたびに、必死に正解を探して、結局よく分からないまま抱き寄せる。
強くしすぎれば壊しそうで、弱くすれば伝わらない気がして、手探りのまま腕の中に閉じ込める。
――それでもミラは、ちゃんと逃げずにそこにいてくれる。
アルベルトは安心してそっと息を吐いた。
ぎこちないままの腕の中で、それでも離す気は一切ない。
「もう終わるとか言うな」
低く、はっきりと告げる。
ミラの肩が小さく揺れる。
「責任は取る」
「……何それ」
「俺なりの誠意だ」
泣き笑いのまま見上げてくる顔に、少しだけ力が抜ける。
結局こうして泣かせてしまうのは、いつも自分の言葉が足りないせいだと分かっている。
だからこそ、もう曖昧にはしない。
「次からは、お前が泣く前にちゃんと言う」
ぽつりと付け足すと、ミラが小さく目を瞬いた。
「……それ、遅くない?」
「今気づいたんだよ」
短く返すと、ミラがとうとう吹き出すように笑った。
涙の残る顔のまま、いつものミラの笑顔。
それだけで、胸の奥が妙に軽くなる。
アルベルトは少しだけ力を込めて抱き直す。
そのまま腕の中の温度に、迷いのない落ち着きがすっと戻っていくのを感じていた。
ああ、ミラ。
一生離さない。
アルベルトは結婚する気満々で、ミラに逃げられないように外堀埋めに必死でした(笑)




