sideミラ
初投稿です。
身分差で拗れる両片思いの騎士×侍女のお話を書きました。
ハッピーエンドです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
情事のあとは、いつも少し眠い。
熱の残る身体をシーツに沈めながら、私はぼんやりと天井を見上げていた。
隣ではアルベルトが服を着ている。
鍛えられた背中。
広い肩。
無駄に整った横顔。
本当に、この男は顔がいい。
騎士団で人気があるのも分かる。
ぼんやり見ていたら、アルベルトがこちらを振り返った。
「なんだ」
「別に」
「嘘だな。さっきから見てる」
「だって肩。痕ついてる」
私が指を向けると、アルベルトが眉を上げた。
鎖骨近くに赤い噛み痕が残っている。
さっき私がつけたものだ。
「騎士団で突っ込まれればいいのよ」
「お前な……」
呆れた声なのに、少し笑っている。
私はつられて笑った。
こういう時間が好きだった。
気を遣わなくてよくて、楽で。
最初に会った時から、アルベルトとは妙に話が合った。
街の飲み屋で偶然隣になって。
酒の好みが同じで、くだらない話で笑って。
酔い潰れて、そのまま事故みたいに一夜を共にして。
普通なら気まずくなって終わるはずなのに、次に会った時も不思議と居心地がよかった。
だから気づけば、こんな関係が続いていた。
ただ気が合って、身体の相性が良くて、一緒にいると楽なだけ。
それだけのはずだった。
なのに最近は、楽しいだけじゃ済まなくなっている。
「悪い、今日はもう行く」
アルベルトがベルトを締めながら言う。
「明日早いの?」
「もう今日だな」
「ああ、もうこんな時間なのね……」
時計の針はとっくに真夜中を過ぎている。
窓の外はまだ暗く、街も静まり返っていた。
「私は昼番だから、もう少しゆっくり寝られそう」
「俺は朝から隊長に捕まる」
「うわ、ご愁傷様」
「面倒なんだよ、あの人」
げんなりした顔をするアルベルトに、私は声を立てて笑った。
第三騎士団の隊長は厳しいことで有名だ。
しかも最近、アルベルトをやたら可愛がっている。
「期待されてるんじゃない?」
「出世頭だからな」
「はいはい」
軽口を叩きながら笑う。
ベッドから半身を起こすと、ちょうどアルベルトが外套を羽織るところだった。
夜着姿の私とは違い、彼はもう“第三騎士団のアルベルト”の顔に戻っている。
……アルベルトに侯爵令嬢との話があるらしい。
少し前、侍女仲間たちの間で噂になっていた。
『あのアルベルト様なら当然よね』
『侯爵家の婿入り候補なんてすごいわ』
『顔もいいし、将来有望だもの』
突然のことに動揺した顔を、相槌を打つことでなんとか誤魔化した。
でも、アルベルトは何も言わない。
「じゃあな」
「うん。おやすみ」
だから私も、平気な顔で笑って見送る。
アルベルトもいつものように軽く手を上げ、振り返らずに部屋を出ていった。
閉まった扉を見つめながら、私は長く息を吐く。
「……そろそろ終わり、かな」
最初から分かっていた。
平民の侍女と、伯爵家の息子。
たとえ三男でも、彼は貴族だ。
しかも騎士として出世街道を歩いている。
私はただ、少し夢を見ただけ。
貴族子息との関係なんて、一時的なものだ。
いつかちゃんとした縁談が来れば終わる。
だから最初から、深く期待しないようにしていたのに。
彼の残香が残る部屋でそう自分に言い聞かせ、私は重い身体を引きずって風呂へ向かった。
◇◇◇
翌朝の城は、やけに騒がしかった。
「ミラ、聞いた!?」
洗濯籠を抱えたリタが興奮気味に駆け寄ってくる。
「なにが?」
「第三騎士団のアルベルト様よ! 侯爵令嬢との縁談、延期ですって!」
思わず足が止まった。
「……延期?」
「騎士団の方で急な任務が入ったらしいわよ」
私は曖昧に笑った。
胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなる。
最低だ。
終わるべきだと思っていたくせに、安心してしまった。
◇◇◇
その夜。
いつもの飲み屋へ行くと、アルベルトはすでに席についていた。
「遅い」
「侍女は忙しいの」
「俺を待たせるなんて、お前も偉くなったもんだ」
からかうような声音。
「自分は貴族令嬢を待たせてるくせに」
「なんの話だ?」
低く落ちた声に、私は眉をひそめた。
自分から言うつもりはないらしい。
「……あるんでしょ、縁談。今日延期になったって聞いた」
「正式な縁談じゃない。隊長に付き合わされてるだけだ」
「何それ。下手な誤魔化し」
「お前、今日はやけに刺々しいな」
琥珀色の酒をあおる彼の横顔はいつも通りだった。
でも私は、いつも通りではいられなかった。
「そろそろ終わりかなって思っただけ」
その瞬間、アルベルトの動きが止まる。
「終わり?」
「だって、侯爵令嬢と結婚するなら、こういう関係は邪魔でしょう?」
「こういう関係?」
「……セフレ、とか」
空気が一気に冷えた気がした。
アルベルトの視線が鋭くなる。
「……違うの?」
「違うだろ」
「じゃあ愛人?」
沈黙。
店の喧騒だけが遠く聞こえる。
私は先に目を逸らした。
「ごめん。変なこと言った」
「ミラ」
「でも最初から分かってたの。貴族の人との関係なんて、ずっと続くわけないって」
アルベルトが小さく息を吐く。
「だから、好きとか付き合うとか、そういう話にもならなかったんでしょう?」
「違う」
即座に否定されて、私は目を瞬いた。
アルベルトは片手で額を押さえ、深く息を吐く。
「俺がお前に言わなかったのは、言ったら逃げると思ったからだ」
「……え?」
「身分差を気にして、お前が線引くの分かってた」
図星だった。
何も言い返せない。
「だから曖昧にしてた。わざわざ言葉にしなくても、お前がそばにいてくれるならそれでよかった」
苦く笑ってから、アルベルトは私を見る。
「……でも意味なかったな」
「アル……」
「曖昧なままでも、お前は終わらせようとする」
真っ直ぐな視線に、胸が詰まる。
「俺はお前と別れる気はない」
低く、はっきりした声。
「お前が好きだ」
呼吸が止まった。
「最初からずっと本気だ」
心臓がうるさい。
冗談でも、勢いでもない。
真っ直ぐすぎる声だった。
「だから結婚話は全部断ってる」
「……え?」
「侯爵家も断った。延期ってことになってるが、最初から会う気もなかった」
「なんで」
「お前がいるから」
そんなの、ずるい。
今まで何も言わなかったくせに。
涙が出そうになって、私は慌てて俯いた。
「でも……私は平民で」
震える声が情けない。
「伯爵家の三男なんて、ほぼ平民みたいなもんだろ。継ぐ爵位もない」
「でも……貴族に違いはないわ」
「だったら家を出るから、俺と結婚しろ」
「……え?」
思わず顔を上げる。
アルベルトはまっすぐ私を見ていた。
「騎士爵を取って家から独立する。誰にも文句は言わせない」
言葉を失う。
騎士爵。
それが簡単なものじゃないことくらい知っている。
長年の功績も、上位貴族からの推薦も必要だ。
「そんな簡単に言わないでよ……」
「簡単じゃないな」
アルベルトは少し笑った。
「でも、お前が相手だからやるんだ」
喉が熱くなる。
「本気じゃなきゃ、そんな面倒なことまで考えねぇよ」
その言葉が胸の奥に真っ直ぐ落ちてきた。
私はずっと。
どうせ終わる関係だと思っていた。
気が合って。
身体の相性が良くて。
一緒にいると楽で。
だから続いているだけなんだと。
でも違った。
終わる前提だったのは、私だけだった。
「……知らなかった」
掠れた声が零れる。
「何を」
「そんなふうに思われてるなんて……」
アルベルトが困ったみたいに笑う。
「お前、鈍すぎるだろ」
大きな手が、そっと私の頬に触れた。
その熱に、とうとう涙が溢れる。
「泣くな」
「だって……」
「俺は最初から、お前しか見てない」
優しく言われて、もう駄目だった。
涙が止まらない。
するとアルベルトは困ったように眉を下げ、それでも優しく私を抱き寄せた。
「だからもう、勝手に終わらせようとするな」
耳元に落ちる低い声。
胸がいっぱいで、何も言えない。
ただ、どうしようもなく嬉しくて。
私はそっと、彼の背中に腕を回した。
読んでくださってありがとうございました!
初投稿なので少し緊張していましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
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