39 余命、二ヶ月を切る
もう何度目だろう、森久保先輩かもしれない転移者のうわさ……アリシアさんからその話を聞いたボクはしばらく胸を押さえてうずくまっていた。
そんな様子をクボちゃんが心配そうに見ている。
雨がますます強くなってきた……馬車の幌をたたく雨音が激しさを増す。
――ピシッ、ピシッ
――ガラガラガラガラ
手綱が馬を叩く音……路面を切り裂く車輪の音……。
「森を抜けました。そろそろ王都に到着します」
アリシアさんが、そう言っていたその時――
「ううっ、胸が、く、苦しい……」
ボクの胸の奥に激しい痛みが走った。
「シノちゃん、どうしたの!」
クボちゃんは心配そうに小さな声でいった。
「急に胸が……喉の奥から胸にかけて、うっ痛い……」
「アリシアさんっ! シノちゃんが、シノちゃんがっ!」
「どうしました、クボさん」
「なんか胸が苦しいって、シノちゃんが」
「ハイッ!」
「ひひぃん」
アリシアさんは手綱を思いきり引き、馬車を止めてワゴンの中に入ってきた。
「どうしました? シノヤマさん」
「急に胸が……」
アリシアさんは、手提げポーチから眼鏡を取り出して、ボクの方をじーっと見始めた。
ああ、これはステータス確認用の魔道具だ。たしかHPやらMPやら、そして状態異常などを確認できる道具。
「こ、これは……」
眼鏡をクイっと人差し指で押し上げながら、アリシアさんはすこし慌てる様子で言った。
「シノヤマさん、酷い状態じゃない。どうして今まで黙っていたの? なんともなかったの?」
「いや、それが今まで平気だったのだけれど、急に胸が締め付けられるような感じに……、うっ!」
「アリシアさん、シノちゃんどうなってるの?」
「これはまずいですよ。通常の十六歳くらいの子のステータスとは思えない。まるで老人のようです。HPもMPも、上限値がかなり削られています。ここまで何も身体の変化がなかったのが信じられないレベルで……」
「あの、シノちゃんさっきあたしに回復魔法を掛けてくれていたんだけど……」
「どうしましょう……あっ、とりあえず私の回復魔法で……」
アリシアさんは、聖女ならではの強力な回復魔法の詠唱を開始した。
「……女神の加護のあらんことを……ヒール!」
するとボクの身体は薄っすらと緑色に輝いた。
しかし、効果がなかったようだ。
「ううっ……苦しいよ、アリシアさん……」
「だめか……、そもそもシノヤマさんの状態異常、まだ原因が解明されていないのよ。呪いかもしれないと以前目星をつけたところで、転移召喚者大量発生のゴタゴタで……」
そういえば、元々は森久保先輩を探す、そしてボクの余命が減り続ける原因を調べる旅だったはず。
「ああっ、一体どうしたら……」
めずらしくオロオロしているアリシアさん。
――カチャ
狼狽しているアリシアさんが眼鏡を床に落とした。
「ここでは対処が難しい。もうすぐ王都なのでこのまま向かいましょう」
そういうとアリシアさんは、急ぎ運転台にもどって手綱を握った。
「ハイッ!」
「ひひひいん、ぶふぅ……」
馬車はふたたび激しく水しぶきをあげて走り出した。
王都はもう目と鼻の先だ。
「これまでのステータス遷移を考えても、余命は残り二ヶ月を切っていそう……」
アリシアさんがぼそっと言っていたのが雨音まじりにかすかに聞こえた。
―― つづく




