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7ー2


 側から見れば、ゆったりとした時間が流れているように思える眺め。

 

 だが、結月の心の中は真反対だった。


 見られている……。


 少女は目の前の魔法遣いがじっと自分を見る視線にいたたまれなくなり、先ほどからずっと耳を赤くしてその視線から逃れるように目線を外している。

 そんなことお構いなしに眺め続けるアドルフ。


 見られていると、身体が緊張して動かない。


 まるで魔法遣いに魔法をかけられたかのように、動けない。


 時折熱を醒ますように風が横切った。

 何度か頬に風を受け、身体の中から生まれる熱を撫でていく。


「それ」


 言葉と共にアドルフが視線を横にそらす。


「なっ。なに」


 自分自身でも気付くそんな声の裏返りに、彼が軽く「フッ」と笑い、少女は気まずそうに視線をおとす。


「それさ。弾いてくれないの?」

 アドルフは結月の脇に置かれた楽器を指さす。

「せっかく持ってきてくれてるんだから、聴かせてよ」

「やだ」

 即答。

「なんで」

「恥ずかしいから」

「なら、僕もお金出すからさ。お客さんだと思って弾いてよ」

「っっ」

 悪戯っ子みたいにニヤリと笑う魔法遣いに、少女の言葉が詰まる。

 テンポよく続いていた会話のリズムを結月が乱した。

 その心理を探るかのようなアドルフの視線。

「話し相手になってあげてるんだから」

 言葉を継ぐ。

「いらない」

 好きになってるかもしれない相手からそんなものもらえない。

 ましてやプロみたいに上手くもないのに。


「お金なんていらない」


 結月が念を押すように言おうとした時。


 ーーギギ、ギ、ギ、ギ


 扉が開き、そっちを見た結月と目が合う。


「…………?」

 鈴のなる声、とはこういうものなのか。

 見た目も磨かれた鈴のように、コロンと愛らしい女性がそこに立つ。

 子どもの頃に遊んだお人形みたい。

 ろくに自分を磨く手入れもしていない結月は、居た堪れなくなり、机に視線を戻してしまう。

「……」

 目の前の魔法遣いは、とそちらを盗み見れば、口角を上げ、何やら立ち上がる。

「……」

 何を話しているのだろう。

 聞き耳を立てたとしても、何を話しているのか理解できないのだから、意味はない。

 その場に置いてかれた結月は、魔法遣いの後について行くその女性に視線を送る。

 部屋に漏れ入る僅かな日の光でも、その艶やかな髪は輝き、何を話しているのか、時折楽しそうな笑い声が聞こえる。

 見ない振りをしたくとも、視界に入ってくる。

「……」


 見たくない。


 お昼も食べたし、もう帰ろうかな。

 結月は、きゅっと口元に力を込め椅子から立ち上がる。

「……」

 と、ギターを持つために一度下ろした視線を上げた時だった。


「っっ」


 アドルフが腰を屈め、来客に触れる。


 やだ。

 やだ……。


 結月は飛び出していた。


 背後から自分の名を呼ぶ声。


「こないで」


 それを振り切るように走る。


 街中の様に道が整えられているわけではないので、思い切り走れない。


「結月」

 思ったよりもそばに魔法遣いの声。

「やだ」

「やじゃないっ」

「中に女の人いるでしょ」

 彼と自分に名前のついた関係などないのに、泣きそうな声を出す自分が嫌になる。

「客だ」

「……」

「客」


 その言葉で少女の足が止まる。

「仲良さそうだった」

 拗ねた声。

「お客様だからな」

「キスしてた」

「……」

 

 結月の首筋にアドルフのため息。

 呆れているのかもしれない。

 子どもじみた嫉妬に。

 けれど、嫉妬する資格すらないけど。

「してない」

「してた」

「してない」

「してた」


「触らないで」

 アドルフが自分の腕を掴もうと動くのを結月は振り払う。


「……」

 終わらないやり取りに魔法遣いがまた息を吐く。

「行くぞ」

 アドルフは下された手を取り、来た道を引き返そうと結月を引っ張る。

「やだ。帰る」

「こい」

「……」

 少女の抵抗は呆気なく却下される。

 結月は口を噤んだまま、引っ張られるままついて行く。


「何で急に出てった」

 さっきまで座っていた椅子に無理矢理座らされ、尋問される。

「だって……」

 少し怒気を含んだ瞳と声に、結月は顔をあげられない。

「急に機嫌悪くなるなよ」

「……」

 そう言われても、嫉妬しましたなんて絶対口に出せない。

「……」

 いつまでも俯く結月にどう言ったらいいのか……。

 頭を軽くかいた魔法遣いは立ち上がり、仕事机から何かを取り戻ってきた。

「これ」

 結月の目の前に小さな小瓶をコツン、と置く。

 少女の視線がそれを捉えて、次に彼に向けられる。

「惚れ薬」

「惚れ薬?」

「そう」

 客の情報は守秘義務があるから言えないけど、と、続けながら自らも再び座る。

「僕は魔法遣いだからね。風邪薬とか頭痛薬とかが多いけれど、こういう特別な物も作ったりはする」

 そう話しながら、アドルフの言葉遣いが徐々に優しくなってくる。

 ふたりの間に流れる緊張感もほぐれて、結月はホッとした。

「だからお客さんだって言ったでしょ」

 掬い上げるような優しい瞳。

 けれど、少女はまだ素直になれずに口を塞いだまま。

「結月も欲しい?」

「え?」

 揶揄われる様に言われ、少女の心は飛び上がる。

 何度心を掻き乱されればいいのだろう。

「言葉が通じなくて嫉妬した?」

「……っっ」

 図星をさされてさらに口を噤む。

 何でも知った様な顔をされて悔しい。

「なら、僕としてみる?」

 結月は押し黙った。

 何を意図しているか直ぐに分かってしまったから。

 言葉が分かれば余計なヤキモチなんて妬かなくていいのかな。

「やだ」

「そっか」

 あはは。

 照れ隠しに素直じゃない言葉を吐けば、目の前で面白そうにアドルフが笑う。

 結月のむくれた表情の先に彼の作った薬。

「……」

「欲しい?」

 魔法遣いがその金の瞳を細めて聞く。

 真剣な声と眼差しで。

 探るように。

「……」

 結月は無言で首を横に振る。

「そっか」

 短いその単語を魔法遣いはどんな気持ちで呟いたのか。

「……」

「……」

「……」

「僕には分かる……かな」

 ぽつり、と、終わったかに思えた話題を彼は続けた。

「好きな人に好きになってもらえる嬉しさ。好きって言ってもらえる奇跡」

「……」

「惚れ薬なんて作ってる立場で言えることではないけど、馬鹿らしいって思うけど、すがってしまう気持ちも分かるよ」

 いつも話を聞いてばかりいるアドルフが今日は饒舌だった。

「……」

 それが哀しい。

「結月は恋したことある?」

「……」

 それは答えを求めていない質問。

「思うだけで、考えるだけで心臓が締め付けられるように痛くなって。触れて、話して、笑い掛けられるだけで幸せな気分になって」

「……」

「好きな相手が他の人と話しているだけで醜い気分になって……誰にも見せたくなくて、ずっと腕の中に閉じ込めておきたくて、できなくて」

 魔法遣いの瞳は自分の前に座る少女を映すが、気持ちは誰を想っているのか。

 結月は黙って聞いていた。

「するりと抜け出て失ってしまった時の後悔と絶望感」

 彼が誰を思って言葉を紡いでいるのか考えたくなかった。

 誰が彼にこんな表情をさせるのか。

 こんな苦しそうな声を出させるのか。

 結月は金色の瞳から目を逸らしたくても晒せない。


「どうだろね」


 少女は掠れるような音を喉から出した。

「まだガキだからわかんないや」


 結月はその日から森へ行くのをやめた。

 




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