第5話 エトワールとジェラルド① 「プロポーズ」
わたしの入学式は、サイアクな日になってしまった。
真鈴だけなら、ちょっとした冗談として夢の話ができたけど、一条君はドン引きだった。「なにいってんだ、コイツ?」みたいな顔をしていた。
そりゃ、簡単に信じてもらえる話じゃない。
いつの時代なのかわからない。
どこの国にいたのかも説明できない。
ただ、エメラルドグリーンの海と、白い町並みがあって、大好きな人たちがいるだけ。
部屋の電気を消し、オレンジ色のカーテンを開けると、真珠色の光沢をはなつ月がみえた。
今日は満月。
このまま眠れば、きっとまたエトワールの夢をみる。
大好きな人たちは、この現実世界にもたくさんいるのに、わたしは夢の世界を心待ちにしている。
髪のことでトラブルを起こし、ぶっ倒れて、またお母さんに心配をかけた。
お母さんの悲しそうな顔をみるのはイヤだったから、今度はわたしから「クセ毛の髪も茶色い髪も、気に入ってるんだよ」といったら、叱られた。
「子供が親に気をつかうんじゃない」と……。
夢の中のお母さんは、満月のような金色の瞳でいつもやさしい眼差しだった。でも、わたしをずっと見守ってくれたのは、ここにいる現実のお母さんだ。
いまの世界になんの不満もないけれど、真鈴や一条君と出会って浮き足立っている。
断片的にみている夢の世界を、もっと知りたい。
スカイブルーの布団にはいり、目を閉じた。
どこまでも澄み切った空とおなじ、スカイブルーの色は、あの人の瞳を思い出す。
エトワールに寄り添い、心をゆたかに満たしてくれる人。
「ジェラルド……さ……ま」
あの人の名前を口にしたまま、わたしは深い眠りにおちた。
これできっと、あの人の夢がみられる。
意識がゆらゆらと揺れて、エトワールの中へと入っていく。
うすめたブドウ酒の匂いと、汗臭い男たちのムワッとした熱気がこもる酒場で、働いている。魚の身がギッシリとつまった熱々のパイを運んでいると、べろんべろんに酔っぱらった男がすぐ後ろに立ち、毛むくじゃらな手でお尻をなでた。「ヒャッ」
エトワールが、ちいさな悲鳴をあげる。
「カラスのくせに、ヒャッ。だってよぅー。カァーッて鳴けよ」
この下品な男とおなじテーブルに座る男たちも、安いブドウ酒を飲みながら大笑いしている。
「お客さん、やめとくれ。ここはそういう店じゃないので」
カウンターから店主が声をかけたが、酔った男は気にする様子もない。
「んだとォ? 王国騎士団のヴォルガー様にたてつく気か?」
王国騎士専用のタグをみせびらかすように掲げ、酒臭い顔をエトワールに近づける。そして、舌なめずりをした。
「へぇー、よくみるとべっぴんさんじゃねぇか。俺様の部屋に来い。たぁ~ぷり、鳴かせてやるからよ」
つよい力でエトワールの腕をつかみ、引きずるように歩きだす。
「痛いッ。離して」
エトワールが助けを求めるように叫んでも、だれもが目をふせた。
国を守る需要な役割を担っている、王国騎士団にはだれも逆らえない。厄介ごとが起きても、運が悪かったとあきらめるしかなかった。
ついさっき助け舟をだした店主も、ヴォルガーが王国騎士団の一員だとわかると、エトワールから目をそらし、急に皿洗いをはじめた。
水の流れる音と、食器がガシャガシャとぶつかる音が大きくなる。
「女ァ、良かったなァ。このヴォルガー様の相手ができてよ」
ヴォルガーのきたない手がエトワールの胸元へのびたとき、キラッとなにかが光った。すると、毛むくじゃらの腕にナイフが突き刺さり、真っ赤な血が滴りおちる。
「キャアァァァァッー」
せまい店にエトワールの悲鳴が響くと、まわりの客は立ちあがり、ヴォルガーにかけよった。
ひどい傷ではないが、ナイフが深く刺さり、勢いよく抜くと鮮血が生き物のように流れでた。ヴォルガーは「痛いッ、痛いッ」と、腕をおさえてのたうち回る。
「クソォ、だれだ!」
騒然とした店内をみわたすと、旅衣のフードを深くかぶった男が、騒ぎを気にせずに、食事を続けている姿が目にはいった。
「貴様かァァッ!!」
怒りに血走った目で、闘牛みたいに食事を続ける男のもとへ突進すると、ヴォルガーは男の胸ぐらをつかみあげた。
フードがはらりとおち、金色の髪がゆれる。
「エトワール、ナイフが一本消えたから、新しいナイフをくれ」
血管の浮きでた太い腕に胸ぐらをつかまれ、足が浮いているのに、金色の髪の男は、ヴォルガーなど眼中にない。
長すぎる前髪からチラッとみえる、澄み切った青空のような瞳は、エトワールだけをみていた。
「あ、あなたは?」
「ジェラルド」
ニッコリと笑ったジェラルドが、ヴォルガーの腕をはじいた。
ヴォルガーは、額にみみず腫れのような青筋を浮かばせている。そして、怒りに血走った目をつりあげ、唇を曲げながら、丸太のような太い腕を振りあげると、ジェラルドに殴りかかった。
「コノォォォッ、クソガキが。王国騎士団に逆らうのかァァァッ!!」
危ないッ。と思ったエトワールは目をギュッと閉じた。ところが目を開けると、ヴォルガーは声をあげることなく、膝から床に崩れおちていた。
「王国騎士団の名を汚した罪は重いぞ。ヴォルガー」
ジェラルドは、腹をかかえて床にうずくまるヴォルガーの背中をふみつけ、腰のベルトにチェーンでつながれた剣を鞘から抜く。
「本日をもって、貴様を王国騎士団から除名をする」
「なんだとォッ、てめェー」
ヴォルガーは自慢の太い腕に力を込めて起きあがろうとするが、まったく動けない。それどころか、ジェラルドの剣がザクッと大きな音をたてて、ヴォルガーの鼻先をかすめるように床に刺さった。
「ヒィッ」
情けない声をだしたヴォルガーの耳元で、ジェラルドはささやく。
「てめェではない。オレはジェラルドだ。ジェラルド・シエル・ファビウス。
王国騎士団、第二小隊の隊長だ。傭兵あがりの下級兵士め」
床に剣をさしたまま、ジェラルドはくるりと向きをかえ、驚いて口を開けたままのエトワールに近づいた。
「……あ」
ジェラルドに助けてもらったのに、ありがとうの言葉もでない。
この国には、国王をトップにきびしい階級制度がある。
王国騎士団は国のかなめとなる重要な存在。その王国騎士団をまとめる隊長は、雲の上のような人。
ジェラルドは小隊の隊長だが、それでもエトワールとは身分が違い過ぎる。そんな人が、港町のちいさな酒場で飲み食いをしているなんて、信じられないことだった。
「そんなに驚かないでよ、エトワール」
「え?」
ポンッと大きな手が、エトワールの頭をなでた。
「この髪は、白い町並みにとても映えていた。濡羽色の髪、すばらしく美しいと思うよ」
金の色をした前髪をサラリとゆらし、空とおなじ色をした澄んだ瞳を、真っ直ぐにむけるジェラルド。
うらやましいほど整った顔立ちのジェラルドに、「美しい」といわれたエトワールは、耳まで真っ赤になっていた。
そんなエトワールの頬を、目を細めて愛おしそうになでながら、ジェラルドはいう。
「どうか、オレの妻に」




