第4話 オレがカルデニア!?① 「ヘンな女」
高校受験の日、ヘンな女がいた。
その日は、十年に一度の大雪になると予想されていたのに、カサもささずにウロウロしている。
「あの、すみません。城南高校は、この道をまっすぐであってますか?」
不安そうなか細い声で、すれ違うサラリーマンに声をかけていた。
ふと顔をあげると、家と家のわずかな隙間から城南高校がみえているのに、なにをいってるんだこの女は? と、不思議に思った。
「あ、チビだからみえないのか」
ポツリとつぶやくと白い息が出る。
こんなにも寒いのに、マフラーもしていない女。つめたい風にさらされている頬が、痛々しいほど赤くみえたが、学生服を着て城南高校を探している。
おそらくオレと同じ受験生。
このまま放っておけばライバルがひとり減るかもな。そんなことを考えながら、通り過ぎようとした。
「あの、すみません」
また女の声が耳に入る。小さな身体で、泣きだしそうな声なのに、だれも立ち止まらない。
口元に笑みが浮かんだ。
大雪の日にカサも持たない女だ、賢そうにはみえない。
声を掛けても、合否にはなんの影響もない気がする。それどころか、見捨てたことを後悔して、見知らぬ女のことがずっと気になる方が、うっとうしい。
「あ……」
小さな声がこぼれた。
知らない女に声をかけるのは、ちょっと勇気がいる。
息を吸って、黒いカサの柄をギュッと握りしめた。もう一度声を出す。
しかし「高校は――」と、女に話しかけたとき、突然の強い風とつめたい雪が、視界を遮った。
女はオレに、まったく気がつかなかった。
すこしイラッとしたが、前髪にくっついた雪をはらいのけた。
赤に近い茶色の髪が目に入る。生まれつきの色だけど、初見のヤツからみれば不良か、チャラい男にみえるらしい。
やっぱり声をかけるのはやめよう。
学生服を着ているオレが早足で歩いて、女を追い越すだけでいい。そうすれば、城南高校の受験生だと思うはずだ。
参考書なんかを片手に持てば、完璧。
どっからどうみても、受験生だ。
ところが、カバンに手をのばすと、女が高校とは逆の方向に歩き出した。
「城南高校なら、そっちじゃねぇーぞッ」
自分でも驚くような大きな声が出た。
女がピタリと立ち止まったので、慌ててカサで顔を隠した。
「これ、持って」
オレはカサを女に投げつけた。
カサを持たせれば、オレのことを怖がっても、ついてくるしかないだろう。そう思ったのに……。
「……ニア」
よく聞こえなかったけど、なにかをつぶやいた女は、かなり驚いた顔をして動かなくなった。
いきなり赤い髪色のオレに声をかけられて、怖がっているのかと思ったが、そうじゃない。目元を緩めてとてもうれしそうに笑ったんだ。
不審がることも、怖がることもない眼差しには親しみが込められていて、まるで、オレのことを知っているかのような顔をした。
ヘンな女だ。
オレが歩き出すと、迷子になった幼い子供が、親を見つけてよろこぶような顔でついてくる。
かなり心細かったんだろうな。声をかけてよかったと思えた。
オレに雪があたらないように、一生懸命に腕をのばしている。
女といえば、口やかましかったり、生意気だったり、ウザかったり。あまり良い印象を持っていなかったので、健気な姿にすこし感動をした。だが、横にいるのは小柄な女だから、俺にカサをむけるとカサからはみ出て雪まみれに……。
女が手袋をしていないことを思い出す。
「…………」
これ以上カサを持たせるのは悪い。ちょうど学校もみえてきた。
カサと使い捨てカイロを女に渡して、オレは立ち去った。
女は困ったような顔をしていたけど、そのとき、なぜかまた会える気がした。
なぜだかわからない。すこし不思議な感覚がした。
そして予想通り、晴れて迎えた四月にまた会えた。
オレのカバンに鼻をぶつけて、涙目になっていたけど、とても驚いた表情で叫んだんだ。
「カ、カルデニアッ!!」
女が教室内に響き渡る大きな声を出してくれたから、今度はハッキリと聞こえた。
オレのことをヘンな名前で呼ぶ女は、江藤蓮夏。
そのヘンな名前がなんなのか。ゆっくりと話がしたかったけど、江藤は顔を真っ赤にして、逃げるように席についてしまった。
カルデニアってなんだ?
江藤は羽野となにやら話しているけど、教室内は様々な声が飛びかい騒がしくて聞こえない。でも、同じクラスになったから、そのうち聞く機会がくるだろう。そんな風に軽く考えていた。
ところが入学式のあと、江藤は髪色のことで強面のいかつい教師に、目をつけられる。
あきれるほどトラブルの多い女だ。
江藤の髪は、パーマをあてたような感じで色も茶色すぎてよく目立つ。でも、悪いヤツではない。
外見で人を判断するヤツが大嫌いなので、気がつけばオレは江藤をかばっていた。
後先を考えずに飛び出したのは、失敗だったも知れない。
オレと教師が言い合いになると、血色を失った江藤が崩れ落ちた。まるで、電池が切れた人形みたいに。
「江藤ッ」
声をかけても返事がない。
人が目の前で倒れるなんて、はじめてのことだった。
もっとうろたえて、なにも出来ないものだと思っていたけど、耐えがたい焦燥を感じて、江藤を抱きかかえていた。
保健室のセンセイが、「貧血を起こして気を失っているだけだから、大丈夫」といっても、本当にもう一度、目が開くのか気になって、落ち着かない。
オレと一緒に保健室に入った羽野と、雑談をしながら様子を見守ることにした。
「羽野は、江藤と同じ中学?」
「違うよ。入試のときに知り合ったの」
「へぇー」
「バスの中で、蓮夏ちゃんに背中をたたかれたの。あのときは痛かったなぁ」
なんとなく状況がつかめた。
入学試験の日、江藤はバスの中で羽野をおもいっきりたたいてしまった。気まずくなって、おりるはずじゃないバス停でおりた。だから迷子になっていた。
手に取るようにわかる江藤の行動。
やっぱり変な女だと思ってちょっとのぞき込むと、江藤は丸く大きな目をパチパチさせていた。
そして――。
「ごめんね、カルデニアッ!」
「は?」
いきなり、本当にいきなり、ビックリするようなはやさで、江藤の細い腕がオレの首に巻きつき、悲鳴と共にグーで殴られた……。
オレ、めちゃくちゃ心配していたのに、ひどくね?
しかもまた、カルデニア。
なんなんだ、この女はッ。




