第5話 約束① 「裏切り」
大海原へ飛び出した船は、複数のマストと大きな三角帆をバタバタとゆらしながら、トウの国を目指す。
逆風でも海をよく知るラメルの男が、巧みに帆をコントロールしていた。
鍛えあげた筋肉で強化されたラメルの男たちもすごいが、だれよりも目を引くのは、フェザードだった。
ラメルのような筋肉ダルマではないが、ぜい肉などない引き締まった身体は、よく鍛えられている。
仲間に対する指示も的確で、神の色に恵まれた容姿はゾッとするほど美しい。まるでフェザードが国王のようだった。
トウの国へたどり着いてからも、フェザードは注目の的だった。
フォンセは久しぶりに故郷をみましたが、にごった川に汚い海。サイ国に売り飛ばされた日と、なにひとつかわっていない。
あのときは、憎しみと悔しさしかなかったが、アニスとエトワール。ラスティやフレムと出会うことができた。そう思うと、フォンセの心はおだやかで、トウの大地にふかく頭をさげていた。
「親兄弟に会わないのか?」
ラスティは心配してくれたが、弱々しい笑みしかみせられない。
「この国には、もう僕のことを覚えている人なんていないさ」
「寂しくないか?」
「僕の家族は、エルネストにいる。アニスとエトに会えないことの方が、つらいよ」
「……そうだったな」
おたがい複雑な顔をしたが、エルネストにはない酒を飲み、しばらくぶりの新鮮な肉や野菜に舌鼓をうつと、笑って過ごせた。
とても楽しい時間だった。
トウの国とエルネストに友好関係が結ばれると、すぐに帰国の準備がはじまる。 フォンセはたくさんの本を買い集め、薬草をさがしまわった。
もう二度とこの地には来ない。なぜかそんな気がしていた。
帰りの船の中では、アニスの薬を最優先でつくり、エトワールが大きくなったら医術師にしようと、買い集めた医術書の翻訳もおこなった。
翻訳をしながら、もっとエトワールがよろこびそうな、かわいい絵本を買った方がよかったかも……と、すこし後悔をする。
しかし、ようやくエルネストの大地が、遠くかすかにみえはじめたころ、見張り台の男が叫び声をあげた。
「か、海賊だぁーッ!!!」
真っ暗な船内に、その声は轟きのように響いた。
目を覚ましたフォンセは、こんな騒ぎの中でも眠るラスティを起こし、枕元に置いてあった革袋をふところに隠す。
耳をすませると、ヒュンっと矢が飛ぶ音や、カチーンッと刃がまじわるような音も聞こえる。そして、ドタバタと駆け回る足音が、部屋に近づいてきたかと思うと、ドアが蹴り壊された。
「うわッ」
部屋になだれ込んできた海賊は、身幅のひろい刀をフォンセに向け、「うおぉぉ」と叫びながら襲いかかる。しかし、振りあげた刀を振りおろす前に、ラスティの拳が男のみぞおちを貫いた。
カランッと音を立てて刀が床に落ちると、海賊は白目をむいて倒れる。
「フォンセ、武器を取れ」
海賊のひとりを倒しても、外はまだ騒がしい。
「あぁ、わかった」
蒼ざめた顔で短剣を手にしたが、戦力にならないのは目にみえていた。
「なんだ、なんだ、そのへっぴり腰は。フォンセはどこかに隠れていた方がいいな」
「隠れるなら、こっちだッ」
突然の声に、フォンセもラスティもビクッと身体を震わせた。そして、目を疑う。
「フェ、フェザード……。どうしてここに?」
「ラスティから話は聞いている。アニスを助けたいのは、オマエだけではないッ! ここはラスティにまかせて、フォンセは隠れろ。はやく!!」
フォンセはラスティをみた。
ニカッと白い歯をみせて、いつものように笑っている。
「こんな海賊、百人来ようと俺は大丈夫だ。安全なところで待ってろ」
「……すまん」
情けなかったが、ふかく頭をさげて、フォンセはフェザードと共に部屋から脱出した。
ところが、おかしなことに気がつく。
うす暗い海に浮かぶ海賊船が、とても小さい。
エルネスト国軍の旗がゆらめく船に攻撃を仕掛けるには、あまりにも粗末な船だった。
しかも海賊たちは船にのりこむと、真っ先にラスティのいる船室にむかって走る。
積み荷を狙わず、まるでラスティを足止めしているかのような……。
フォンセは足をとめた。
「どうしたフォンセ。アニスの薬は大丈夫か?」
「あぁ大丈夫だ。ここにある」
ふところに隠し持ったアニスの薬を取り出すと、フェザードがそれを奪った。
「なにをする、返せッ」
奪われた薬を取り返そうと手をのばしたとき、フェザードが鞘から剣を抜く。
フォンセは身の危険を感じたが、遅かった。
ズブリと鈍い音がすると、青白い月あかりに照らされた剣に、真っ赤な血がしたたり落ちる。
「知っているか、フォンセ。金色の髪と金の瞳。神の色がエルネストから消えかかっていることを」
剣はゆっくりとフォンセの腹に食い込む。
「これでは、エルネストが神の国ではなくなる。そんなこと、許せると思うか?」
フェザードがなにをいっているのか、わからなかった。
力のはいらない震える手で剣を抜こうとしたが、フェザードの金色の髪が一気に近づいた。
「いまの国王ですら、完璧な神の色ではない。だから、私はどうしてもアニスが欲しい。私とアニスなら、きっと完璧な子がうまれる」
「ふ……、ふざ……け……るな」
精一杯睨みつけたが、フェザードは恐ろしいほど冷たい目で、笑っている。
「神の色を途絶えさせてはいけない。そして、神の色をもつ者が国を治める。それこそが、エルネストの正しい姿。貴様がいなくなれば、すべてがうまくいくんだよ」
鈍くひかる剣がフォンセの身体から抜けると、鮮血が生き物のように噴き出した。
「く……、狂ってる」
フォンセはその場に崩れ落ちたが、フェザードは黒い髪をつかみあげ、デッキの手すりにその身体を激しく打ち付けた。
ミシミシと骨がきしむ音がすると、全身に焼けつくような激痛が走る。
フォンセは苦しみの声と共に、青黒い血を吐いたが、それでもかすむ目を必死に見開いて、フェザードの腕にしがみついた。
「……エ……ト、アニス……」
大事な人、守りたい者の名を呼び、意識を保とうとした。だが、フェザードはさらにフォンセを持ちあげ、上体を海に突き出す。
「さようなら、フォンセ」
フェザードが突き落とすように手を離すと、あかりのない海にフォンセの身体は落ち、なにもみえなくなった。




