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星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第2章 エルネストの悲劇
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第4話 フォンセの決意② 「アニスを救いたい」 

 出産後、心臓や内臓にかかっていた負担がなくなり、一か月ぐらいで妊娠前の状態にもどれると考えていたが、甘かった。 産後の回復が遅れ、アニスはよく熱を出す。咳をすることも多くなり、フォンセはむずかしい顔をした。

「出産後、抵抗力が落ちてるね。ちょっとした風邪でもこじらせるから、安静にしないと」 

 なかなかベッドから起きあがれないアニスは、不満そうにしていたが、エトワールは順調にすくすくと育った。

 歩くたびにフラフラしていた身体が、二歳をすぎるとバランスよく動きまわり、活発にあそぶようになっていた。そうなると、寝込むことが多いアニスひとりの手には負えない。

 フォンセは医術師の仕事を減らしたが、フレムに預けることが多くなっていた。

「このままではいけないな」

 フォンセは、あそび疲れて眠っているエトワールの頭をなでながらつぶやく。すると、そばにいたアニスが、申し訳なさそうな顔をするので、そっと抱きしめた。

 また折れそうなほど細くなったアニス。しかし、その温もりを失いたくないフォンセは、ある決意をする。

「一度、国に帰ろうと思う。僕の生まれた町には、エルネストにはない薬草がたくさんある。きっといい薬ができる」

「ダメよ。いまは海の上も争いがいっぱいよ。フェザードがはじめた他国への侵略は、さまざまな恨みをかってるわ」

「フェザードか……。でも、アニスは肺をわるくしている。エルネストの薬草では、肺をよくする薬がつくれないんだ。病の進行は遅いけど、吐血したら取り返しがつかなくなる。海はまだ大嫌いだけど、今度は僕が命をかける番だ。エトワールのためにも、いかせてくれ」

「危険すぎるわ。どこにもいかないで」

 すがるような眼差しにグラッと気持ちがゆれたが、フォンセはアニスをつよく抱きしめた。

「大丈夫、僕は怖がりだから。争いが起きても、また海に飛び込んで逃げるさ」

 軽く笑ってみせたが、アニスは首を縦に振らない。それでも、フォンセの決意は固かった。

 まずラスティに相談をし、船を出してくれる人がいないか聞いた。しかし、最近は軍の規律がきびしいらしく、他国へは簡単にいけない。

「時間がないんだ。なんとかならないか?」

「うーん。アニスの具合はそんなにもわるいのか? 昨日もニコニコして、たっかい魚を奪っていきやがったぞ。でも、まぁフェザードに聞くのが一番だな。いってみるか」

「え、いまから?」

「おいおい、時間がないっていったのは、だれだ?」

 ニカッと白い歯をみせて笑ったラスティは、スタスタと歩き出す。フォンセは慌てて追いかけた。

 白い石畳の坂をのぼり、港町から離れていくと、日傘をさした貴婦人やショートドレスを着た子供が、しとやかに歩いている。エプロンドレスを着て、大声で笑いながら走る港町の子共とは、雰囲気がちがう。

 キョロキョロしながら歩いていると、すれちがったときに驚いてかたまる子供や、サッと子供をかくす貴婦人に気が付いた。

 黒い前髪をつまみ、「はあ」とため息をついて、フォンセはコートのフードを深くかぶる。そして、ラスティの大きな身体にかくれるようにして歩いた。

 よそ者に対するつめたい視線には慣れていたが、居心地のわるさは消えない。

「着いたぞ。ここがフェザードの屋敷だ」

 フォンセは顔をあげたが、金色のまばゆい門と柵に、目をパチパチさせた。

 所々に太陽や王冠をあしらった、細かい金細工が施されている。美しく並ぶ柵の間からみえる中庭には、大きな噴水があり、手入れのいき届いた芝生がひろがる。そして、その奥にみえる屋敷は、視界におさまりきらないほどでかい。

 ジラルデの名がなくても、王国騎士団のトップに君臨しているフェザード。王族並みの暮らしをしていることは知っていたが、想像以上に立派で、威圧的な屋敷に、フォンセは口を開けたまま立ちすくんだ。

「わるいが、フォンセは中庭でまっていてくれ。先に、俺が話しをつけてくる」

「あ、うん。わかった」

 貴族の家には門番がいるはずなのに、ここにはいない。フェザードの屋敷は、剣の道をきわめた者だけが集うと聞いたことがある。不埒者が侵入をすれば、速攻、たたき斬られるのか。そんなことを思いめぐらせていると、隣にラスティがいないのが不安になった。

 フォンセは目立たないように、中庭の隅に移動すると、金色の髪をした子供が、手をおさえてうずくまっていた。

「大丈夫かい?」

 声をかけると、ビクッと身体をはねあげた。そして子供が勢いよく振り向くと、なにかがキラリとひかった。

 まだ五、六歳の子供なのに、小さな手に氷のような短剣が握られている。

「だれだ?」

 フォンセを睨みつける子供の瞳は、空よりも青い。

「僕はフォンセ、医術師だ。手から血が出ている、化膿すると大変だ。手当がしたい。その剣をおろしてくれないか?」

 おさない子供が武器をもっていることに驚いたが、フォンセは両手をあげ、ゆっくりと近づく。

 青い瞳の子供も、フォンセの黒い髪と黒い瞳にビックリしたような顔をしたが、短剣をおろし、血がにじむ手をおさえた。

「平気、こんなのすぐ治る」

「治るもんか。マメがつぶれてる。つぶれる前に、気をつけないと」

 フォンセはあたりを見まわし、草むらをかきわける。何枚か目あての葉をちぎると、手でこすり、緑色の汁が出てきたところで、子供の手に貼りつけた。

 ギュッと目をつぶり、痛そうに顔をゆがめたが、泣き言ひとついわない。

「これはヨモの草。どこにでも生えている雑草だが、傷をはやく治してくれる。食用にもなるから、覚えておくといい」

「葉っぱが食えるのか?」

「ああ、味はわるいが栄養価は高い」 

 フォンセが包帯を巻いていると、ラスティがあらわれた。

「なにやってんだ? お、フェザードのガキか。またケガをして」

「うるさい、バカッ。ケガが治ったら、今度こそ――」

 子供は走り出し、屋敷の方へと消えた。

「いまの、フェザードの子共なのか?」

「なんだ、知らないで治療していたのか? ときどき体術を教えてやっているが、筋が良い。ありゃ、フェザードよりも優れた武人になるかもしれないな」

「ほぅ、ヨモの葉を貼ると大人でも泣き出すのに、あの子は泣かなかった。さすがだな」

「おっと、それよりもトウの国へいけるぞ」

「本当か!」

「あぁ。近々、トウの国へ国交をつなぎにいくらしい。その船に、通訳として雇ってくれるそうだ。もちろん、俺も一緒にいってやる」

 ラスティの言葉に、フォンセはうれしくて目が熱くなった。

 これで、アニスを救えるかもしれない。……と。


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