第4話 フォンセの決意① 「星が生まれた日」
その日の夜は、息が白くなるほど寒かった。空を突き刺す槍のような木々は、星にまで届きそうで、見あげては感心した。何百年も生きている森がうらやましくて、その命をすこしわけてほしいと願う。
「どうか無事で」
祈りながら走るフォンセの足元を、みごとなほど輝く満月が、明瞭なひかりで照らしていた。
「アニスッ」
リララックの家に滑り込むと、ラスティとフレムがいた。馴染みのあるふたりの姿にホッとしたが、フレムはあきれている。
「そんなに慌てなくても、初産はとくに時間がかかるんだよ。ちょっとは落ち着きな。アニスは一番奥の部屋にいるから、伝えたいことは?」
「あっ、えっと……。どうしようかな」
肩で息をしながら、右手を口元にあてて考え込む。フォンセは医術師だが、お産に関する知識は乏しく、気の利いた言葉もうかばない。
まじめに悩みこむ姿をラスティが笑い、フォンセの背中をバシッとたたいた。
「こんなときに、男がいえる言葉はひとつしかないだろ? 格好をつけるな」
「はは……そうだな。僕のためにがんばってくれてありがとう。ふたりに会えるのを楽しみにしてる。……これでいいかな」
「ステキじゃないか。「ガンバレ、ガンバレ」うるさい、どこかのだれかとは、大違いだよ」
フレムは笑いながら、奥の部屋へ入っていった。
ばつの悪そうな顔をしているラスティに、フォンセはつぶやく。
「ラメルの女性は、強いな」
「そりゃ、年中家をあける漁師の妻だからな。たくましくもなるさ。まあ座れ」
丸い木のイスに座ると、草わらのベッドが目に入った。ここは朦朧とした意識の中で、はじめてアニスに出会った場所。
すこし身体をゆらすだけで、金色の髪がキラキラと輝き、そのひかりに目がくらんだ。あどけなかった顔もすっかり大人にかわり、いきいきとした美しさでフォンセの心を、いつまでも離さなかった。
「大丈夫だろうか」
「大丈夫に決まってる。あのアニスが、こんなところでくたばるもんか」
ラスティの豪快な笑い声が、フォンセの緊張をほぐしたが、なかなかうまれない。時間がたつにつれて、不安が増す。そして、二部屋も離れているのに、ときどきアニスの苦しそうな声が聞こえてくる。
「痛いぃぃぃいッ。フォンセェッ、なんとかしなさいよッ!」
とんでもないアニスの叫び声を耳にすると、フォンセは立ちあがった。
アニスのそばにいてやりたくて、思わず奥の部屋へいこうとしたが、ラスティが身体をはってとめる。
「落ち着け、大丈夫だから。いまアニスのところへいったら、間違いなくフレムに蹴り飛ばされるぞ」
「うっ」
フォンセは反射的に横腹をおさえた。フレムの蹴りは、息ができなくなるほど、重くするどい。
「リララックはばあさんだが、腕利きの産婆だ。フレムも先月にカルデニアをうんだばかりで、お産の知識は十分にある。心配するな。ほら、深呼吸して」
大きく息を吸って吐くと、さわがしかった奥の部屋が、急に静かになる。フォンセは両手をギュッと組み、とにかくふたりの無事を祈った。すると、火が付いたかのようにけたたましく泣く、赤子の声が響いた。
フォンセとラスティは、パァンッと素晴らしくいい音を出す、ハイタッチをした。
「もう入ってもいいよな」
「ああ、はやくいってやれ」
満面の笑みで扉を開けたが、真っ白な布を抱きかかえたフレムが、きびしい顔で立っていた。
「フレム? アニスは?」
「かなり疲れているが、心配ない。それより……」
フレムが白い布をやさしくそっと手渡すと、フォンセの腕の中でもぞもぞと動いた。のぞき込むと、ちいさな、ちいさな指をくわえて、いまにも泣き出しそうな赤子がいる。
うまれたばかりの命は温かく、フォンセの胸はいっぱいになったが、よろこびよりも、血の気が引いた。
「どうして……」
ずっと頭の片隅にあった、アニスの身体の弱さと、もうひとつの不安。うまれてくる子供の髪色と目の色。
だれも決して口には出さないが、アニスに似てくれることを願っていた。しかし、腕の中の赤子は黒い髪と、うるんだ黒い瞳でじっとフォンセを見つめている。
馴染みの笑顔がふえたとはいえ、エルネストにはまだ黒髪に対する好奇な眼差しと、差別がある。ひどく傷つくことも、多々あった。
「フォンセ、アニスさまがお呼びだ」
リララックがまがった腰をさすりながら、奥の扉から出てくると、フォンセの肩をポンッとたたいた。
「男ならまだしも、こんな黒い髪と目の女は、この国では生きていけんぞ。はやく神のもとへ送ったほうがいいのではないか?」
緊張が走った。確かに男なら力仕事もできる。しかし、女は――。
「……アニスと、話しがしたい」
赤子を抱きかかえたまま、ふらつく足取りで、一番奥の部屋へとフォンセは消えた。
フレムもラスティも心配になり、あとを追う。
「入るよ、アニス」
アニスはぐったりと疲れ切った様子で寝ころんでいたが、赤子を抱えるフォンセの姿を見つけると、パッと明るい顔になった。
「フォンセ、赤ちゃんをみた? あなたにそっくりよ。もう、なんて素晴らしいのかしら。ふわふわしてて、かわいくて。こんなにも愛らしい赤ちゃんは、どこにもいないわ」
アニスの金色の目が、空にきらめく星たちよりも輝いて、ウキウキしている。暗く沈んでいるのがバカらしくなるほどに、明るく突き抜けていた。
「本当にキミは……最高の人だ」
フォンセはフレムに赤子と預けると、アニスを抱きしめた。
「大丈夫よ、フォンセ。私たちでこの子を守りましょう」
「安心しろ、俺たちラメルもフォンセの味方だ」
やさしい言葉の数々に、すべての不安がかき消され、涙が止まらなくなった。でも、フォンセの涙以上に赤子がはげしく泣き出す。
感動に浸るヒマさえも与えてくれない元気な泣き声に、みんなの頬は緩んだ。
「お腹がすいているんだね。さぁ、男どもは出ていきなッ」
フレムのはげしい声が響くと、逃げるように男たちは部屋から出ていった。
「アニス、あんたは偉いよ。よくがんばったね」
「そりゃ、フォンセのことが大好きだもん。大人になれないといわれてきた私が、お母さんになったのよ。フレム、フォンセはすごいわ。私の夢をなんでも叶えてくれるの」
「はいはい。のろけはもういいから、はやく赤ちゃんにお乳をあげてくれ」
「この子はね、希望の星なの。私がいなくなっても、この子の輝きがあれば、フォンセは生きてくれるわ」
「アニス、そんな弱気なこといっちゃダメだ。そうだ、これをあげるよ」
フレムはポケットからペンダントを取り出した。
「ラメルに伝わる願い石なんだ。これに母子ともども健康でいられるように願いな。きっとエルネロスさまが守ってくださる」
「ありがとう、フレム」
赤子はエトワールと名付けられ、アニスもフォンセもデレデレしながら大切に育てた。しかし、アニスの身体はゆるやかに壊れていく。
フォンセの悪い予感が、的中した。




