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星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第2章 エルネストの悲劇
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第4話 フォンセの決意① 「星が生まれた日」

 その日の夜は、息が白くなるほど寒かった。空を突き刺す槍のような木々は、星にまで届きそうで、見あげては感心した。何百年も生きている森がうらやましくて、その命をすこしわけてほしいと願う。

「どうか無事で」

 祈りながら走るフォンセの足元を、みごとなほど輝く満月が、明瞭なひかりで照らしていた。

「アニスッ」

 リララックの家に滑り込むと、ラスティとフレムがいた。馴染みのあるふたりの姿にホッとしたが、フレムはあきれている。

「そんなに慌てなくても、初産はとくに時間がかかるんだよ。ちょっとは落ち着きな。アニスは一番奥の部屋にいるから、伝えたいことは?」

「あっ、えっと……。どうしようかな」

 肩で息をしながら、右手を口元にあてて考え込む。フォンセは医術師だが、お産に関する知識は乏しく、気の利いた言葉もうかばない。

 まじめに悩みこむ姿をラスティが笑い、フォンセの背中をバシッとたたいた。

「こんなときに、男がいえる言葉はひとつしかないだろ? 格好をつけるな」

「はは……そうだな。僕のためにがんばってくれてありがとう。ふたりに会えるのを楽しみにしてる。……これでいいかな」

「ステキじゃないか。「ガンバレ、ガンバレ」うるさい、どこかのだれかとは、大違いだよ」

 フレムは笑いながら、奥の部屋へ入っていった。

 ばつの悪そうな顔をしているラスティに、フォンセはつぶやく。

「ラメルの女性は、強いな」

「そりゃ、年中家をあける漁師の妻だからな。たくましくもなるさ。まあ座れ」

 丸い木のイスに座ると、草わらのベッドが目に入った。ここは朦朧(もうろう)とした意識の中で、はじめてアニスに出会った場所。

 すこし身体をゆらすだけで、金色の髪がキラキラと輝き、そのひかりに目がくらんだ。あどけなかった顔もすっかり大人にかわり、いきいきとした美しさでフォンセの心を、いつまでも離さなかった。

「大丈夫だろうか」

「大丈夫に決まってる。あのアニスが、こんなところでくたばるもんか」

 ラスティの豪快な笑い声が、フォンセの緊張をほぐしたが、なかなかうまれない。時間がたつにつれて、不安が増す。そして、二部屋も離れているのに、ときどきアニスの苦しそうな声が聞こえてくる。 

「痛いぃぃぃいッ。フォンセェッ、なんとかしなさいよッ!」

 とんでもないアニスの叫び声を耳にすると、フォンセは立ちあがった。

 アニスのそばにいてやりたくて、思わず奥の部屋へいこうとしたが、ラスティが身体をはってとめる。

「落ち着け、大丈夫だから。いまアニスのところへいったら、間違いなくフレムに蹴り飛ばされるぞ」

「うっ」

 フォンセは反射的に横腹をおさえた。フレムの蹴りは、息ができなくなるほど、重くするどい。

「リララックはばあさんだが、腕利きの産婆だ。フレムも先月にカルデニアをうんだばかりで、お産の知識は十分にある。心配するな。ほら、深呼吸して」

 大きく息を吸って吐くと、さわがしかった奥の部屋が、急に静かになる。フォンセは両手をギュッと組み、とにかくふたりの無事を祈った。すると、火が付いたかのようにけたたましく泣く、赤子の声が響いた。

 フォンセとラスティは、パァンッと素晴らしくいい音を出す、ハイタッチをした。

「もう入ってもいいよな」

「ああ、はやくいってやれ」

 満面の笑みで扉を開けたが、真っ白な布を抱きかかえたフレムが、きびしい顔で立っていた。

「フレム? アニスは?」

「かなり疲れているが、心配ない。それより……」

 フレムが白い布をやさしくそっと手渡すと、フォンセの腕の中でもぞもぞと動いた。のぞき込むと、ちいさな、ちいさな指をくわえて、いまにも泣き出しそうな赤子がいる。

 うまれたばかりの命は温かく、フォンセの胸はいっぱいになったが、よろこびよりも、血の気が引いた。

「どうして……」

 ずっと頭の片隅にあった、アニスの身体の弱さと、もうひとつの不安。うまれてくる子供の髪色と目の色。

 だれも決して口には出さないが、アニスに似てくれることを願っていた。しかし、腕の中の赤子は黒い髪と、うるんだ黒い瞳でじっとフォンセを見つめている。

 馴染みの笑顔がふえたとはいえ、エルネストにはまだ黒髪に対する好奇な眼差しと、差別がある。ひどく傷つくことも、多々あった。

「フォンセ、アニスさまがお呼びだ」

 リララックがまがった腰をさすりながら、奥の扉から出てくると、フォンセの肩をポンッとたたいた。

「男ならまだしも、こんな黒い髪と目の女は、この国では生きていけんぞ。はやく神のもとへ送ったほうがいいのではないか?」

 緊張が走った。確かに男なら力仕事もできる。しかし、女は――。

「……アニスと、話しがしたい」

 赤子を抱きかかえたまま、ふらつく足取りで、一番奥の部屋へとフォンセは消えた。

 フレムもラスティも心配になり、あとを追う。

「入るよ、アニス」

 アニスはぐったりと疲れ切った様子で寝ころんでいたが、赤子を抱えるフォンセの姿を見つけると、パッと明るい顔になった。

「フォンセ、赤ちゃんをみた? あなたにそっくりよ。もう、なんて素晴らしいのかしら。ふわふわしてて、かわいくて。こんなにも愛らしい赤ちゃんは、どこにもいないわ」

 アニスの金色の目が、空にきらめく星たちよりも輝いて、ウキウキしている。暗く沈んでいるのがバカらしくなるほどに、明るく突き抜けていた。

「本当にキミは……最高の人だ」

 フォンセはフレムに赤子と預けると、アニスを抱きしめた。

「大丈夫よ、フォンセ。私たちでこの子を守りましょう」

「安心しろ、俺たちラメルもフォンセの味方だ」

 やさしい言葉の数々に、すべての不安がかき消され、涙が止まらなくなった。でも、フォンセの涙以上に赤子がはげしく泣き出す。

 感動に浸るヒマさえも与えてくれない元気な泣き声に、みんなの頬は緩んだ。

「お腹がすいているんだね。さぁ、男どもは出ていきなッ」

 フレムのはげしい声が響くと、逃げるように男たちは部屋から出ていった。

「アニス、あんたは偉いよ。よくがんばったね」

「そりゃ、フォンセのことが大好きだもん。大人になれないといわれてきた私が、お母さんになったのよ。フレム、フォンセはすごいわ。私の夢をなんでも叶えてくれるの」

「はいはい。のろけはもういいから、はやく赤ちゃんにお乳をあげてくれ」

「この子はね、希望の星なの。私がいなくなっても、この子の輝きがあれば、フォンセは生きてくれるわ」

「アニス、そんな弱気なこといっちゃダメだ。そうだ、これをあげるよ」

 フレムはポケットからペンダントを取り出した。

「ラメルに伝わる願い石なんだ。これに母子ともども健康でいられるように願いな。きっとエルネロスさまが守ってくださる」

「ありがとう、フレム」

 赤子はエトワールと名付けられ、アニスもフォンセもデレデレしながら大切に育てた。しかし、アニスの身体はゆるやかに壊れていく。

 フォンセの悪い予感が、的中した。


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