表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第2章 エルネストの悲劇
24/52

第3話 幸せのとき② 「小さな命」

 頑丈な肉体と、並外れた身体能力をもつ、ラメルの民が多数をしめる港町では、医術が発展しなかった。

 生きるべきものは神に生かされ、去るべきものは、神に招かれる。そんな思想の中で、フォンセの医術師としての知識は、あまたの命を救う。

 黒い髪と黒い瞳を忌み嫌う貴族でさえも、病にふせれば、ひそかにフォンセを頼った。しかし、いくら医術にたけたフォンセでも、すべての命を救うことはできず、やはり死神だと揶揄(やゆ)される。 

 王都に足を踏み入れると、きびしい差別を受けたが、フォンセの隣にはいつもアニスがいた。

 金糸のような髪をなびかせ、だれをも魅了する、輝く金色の瞳をもつアニス。

 心臓に病を抱えていたが、血液の流れをコントロールする薬のおかげで、自由に外出したり、おもいっきり走ったり。制限なく、好きなことができるようになっていた。

「こんにちは、ラスティ。今日は、とってもいいことがあったの。その赤いお魚ちょうだい」

 フォンセと森で暮らすようになってから、二年が過ぎていた。でも、あいかわらずお嬢様気取りのアニスは、一番高い魚を欲しがる。

 ラスティは「はあ」とため息をついて、無愛想なまま赤い魚を紙に包むと、ポンと渡した。

「その魚は金貨、八枚だぞ」

「ちょっと、なによそれ。高すぎるわ。じゃ、いらない」

「あのなぁ、商売のジャマをするなら帰れ。フォンセはどうした? ずいぶんと稼いでるそうじゃないか」

「フォンセは海をみないように歩くから、遅いのよ」

「亭主を置いてきたのか? うちの嫁さん(フレム)より怖いな」

 ラスティがようやく白い歯をみせて笑うと、アニスもほほ笑んだが、すこし顔を曇らせた。

「最近、すごく忙しいの」

「だろうな。王国騎士団は、いまや国内の治安維持だけじゃねぇ。国外にも飛び出し、戦争をしてるんだろ? 傭兵なんかも募集して、ケガ人だらけだ。……フェザードが心配か?」

「わからない。でも、フェザードは、どんどん戦いにのめり込んでいるわ。それがちょっと、怖いの」

「…………」

 順風満帆に生きてきた色男(フェザード)が、唯一、心の底から愛した女を、パッといきなりあらわれた、よその国の男にとられたら……。ラスティは苦笑いをする。

「ねぇ、フレムは? 今日はいないの?」

「フレムか? ちょっと休んでる」

「病気なの?」

「いいや、たいしたことはない。ただ――」

 みじかい赤い髪をかいて、フレムの心配するアニスから目を背けた。すると、白い石畳の坂を駆けてくるフォンセがみえた。

 昼下がりの市場は、買い物客で混みあっていたが、フォンセの黒髪はひときわ目立ち、遠くからでもよくわかる。

 アニスは手を振った。

「フォンセ、こっち、こっち」

 アニスの声に、一瞬、ホッとしたような顔をしたが、キッと眉をよせる。

 息を整えながら、ラスティの店の前に来ると、アニスの腕をつかんだ。

「頼むから、僕の話を聞いて。アニスには無理なんだよ」

「無理なんかじゃないッ!」

 険しい声で叫ぶと、アニスはフォンセの手を勢いよく振り払った。

「おいおい。夫婦喧嘩なら、よそでやってくれ」

「あ、すまない。アニス、家に帰ろう。よく考えてくれ」

「い・や・よッ」

 アニスは身をクルリとひるがえすと、走ってラスティの家の中へ逃げ込んだ。

「走っちゃダメだ、アニスッ!」

 フォンセの尋常じゃない大声も、にぎやかな町の声にかき消される。フォンセは膝に手をつき「はぁ」と、大きなため息をこぼした。

「アニスはお嬢様育ちのじゃじゃ馬だからな。フォンセも苦労するねぇ。フレムの体調がわるいから、さっさと連れて帰ってくれ」

 からかうようなラスティの笑いに声に、決まりわるげに苦笑をしたが、すぐにアニスを追いかけた。

 何度も来たことがある家なので、アニスがどこにかくれているかも、よく知っている。

 ノックをして、ラスティの妻、フレムの部屋の扉を開けた。すると、クセのある真っ赤な髪をひとつに結ったフレムのうしろに、アニスがパッとかくれた。

「話はアニスからすこし聞いたわよ。フォンセ、ちょっとひどいんじゃない?」

 具合がわるいと聞いていたが、フレムにはラメル独特の迫力がある。すこし怯んだが、フォンセはグッとこぶしに力をいれる。

「アニス、フレムは具合がわるいんだ。家に帰ろう」

 フォンセは手を伸ばしたが、フレムのうしろにかくれたアニスは、出てこない。

「アタシは大丈夫だから、今日はうちで預かるよ」

「それは許可できない。早めに処置をしないと、アニスの身体が――」

 話の途中でも、フォンセの横っ腹に、フレムの蹴りが深く入る。ドスッと鈍い音がした。

 不意打ちをくらったフォンセは「かはっ」と咳をして、横腹をおさえたまま、その場にうずくまった。

 フレムは怖い顔をして、フォンセを見下ろしている。

「いまの言葉は聞き捨てならないねぇ。女を泣かせるヤツは許さないよ」

「フォンセッ」

 慌てて駆け出したアニスをみて、フォンセはまた「走るなッ」と怒鳴った。そして、見下ろすフレムを睨みつける。

「アニスは……もう元気になったかも……しれない。でも、無理なんだ。アニスの身体は……」

 横腹が痛くて、うまく声が出せないが、フォンセにも譲れないものがある。

「だからといって、アニスの気持ちはどうなる。「はい、そうですか」って、簡単にいえると思っているのか?」

「僕はアニスを……、死なせたく……ない。お腹の中の子は、アニスの命を奪うッ!」

 床をダンッとたたき、険しい顔をしてフォンセは立ち上がった。だが、フレムはフォンセの顔をひっぱたいた。

「フォンセッ。その言葉は全部、子供に聞こえているんだぞ。もっと言葉を選びなさい」

 アニスは懐妊した。

 ふつうの夫婦なら、心から喜ぶ出来事になるはずなのに、アニスの身体は脆い。

「……僕はアニスを、失いたくないんだ」

 片手で頭をおさえ、下唇を噛むフォンセに、アニスがそっと抱きついた。

「ねぇ、フォンセ。なんのために生まれてきたのか、わからなかった私に、あなたは生きることを教えてくれたわ。そして、なにも残せないと思っていた私に、小さな命をくれたのよ。この子をあきらめたら、きっと私は後悔する」

「わかってる。それでも、ダメだ。無事に生まれたとしても、身体は壊れてしまう。そんなこと――」

「大丈夫。私は大丈夫だから」

「フォンセ、アタシたちも最大限の協力をする。なんとかならないのか?」

 その日はそのまま、ラスティの家に泊まり、話しあった。

 心臓の弱いアニスには、とても危険なことだと何度も説明した。

「ふたりで一緒に生きようって、約束したじゃないか」と、つめよっても、アニスの決意は固い。

 もうフォンセが折れるしか、道はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ