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星の声 空の想い  作者: 江田 吏来
第2章 エルネストの悲劇
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第2話 僕がもらいます② 「医術師、フォンセ」

 一定のリズムを刻む、心地良い波の音と、朝市の活気があふれる声がする。しかし部屋の中は、ピタリと時が止まってしまったかのような、静寂につつまれていた。

 一国の王の逝去は、国が荒れる原因になりかねない。そんな不安が頭をよぎっても、ラスティが最も心配するのは、アニスのことだった。

「フェザードの考えって、なんだ?」

 静けさを破るラスティの声には、期待が込められている。しかし、フェザードはすこし困ったような顔をした。

「ラスティにはまだ話せない。それよりも、はやく王都に。新しい王を決めるには、ラメルの同意がいる。みんなラスティをさがして、大騒ぎしていたぞ」

「……そうだな」

 ラメルの族長として、王と共に国を守れと教え込まれていたラスティは、下唇を噛み、アニスを支えてやりたい気持ちを押し殺した。

「フェザード、あとは頼む。あ、フォンセは俺が見つけたから、勝手なことはするなよ」

「わかっている。はやくいけ」

 ラスティはフォンセの肩を軽くたたき、「またな」といって慌ただしく出ていった。

 エルネストに大変なことが起こり、気さくなラスティが、新しい国王を選ぶのに必要な人物。見た目も、威厳も、フェザードの方が立派にみえたが、人は見かけによらないと、フォンセは目を丸くした。

 しかしそれよりも、アニスの顔色がひどく悪い。

「アニス、大丈夫かい?」

 フォンセの問いかけに、アニスは首をふる。すると、フェザードがまだつかんでいた手を引きよせ、ふわりとアニスを抱きしめた。

「アニスはもう神のもとへいかなくていいんだよ。私のもとへ来ればいい」

「フェザードの? あなたには……もう妻が五人もいるわ。……ヤン家の私に、……(めかけ)になれと?」

 眉をよせ、険しい目つきでフェザードを押しのけた。だが、急に苦しそうな顔をすると、胸を押さえてうずくまる。

「アニス?」

「む……ねが……」

 喘息の発作のような、苦しげな息遣いをしたあと、アニスはガクッと床に崩れ落ちた。

 一瞬、なにが起こったのかわからなかった。

「アニス?」

 しばらく苦しんだあと、たじろいだフェザードが声をかけても、ピクリとも動かない。

 フォンセはベッドから飛び出した。

「どいてッ!」

 アニスを仰向けにして、胸に耳をあてる。

 聞こえるはずの鼓動が聞こえなかった。

 気道を確保しても、息をしていない。

「アニスッ、僕の声が聞こえるか? アニスッ!」

 返事をしないアニスの唇が、青紫色にかわっていく。

 フォンセは、アニスの鼻をつまみ唇をかさねた。

「なにをするッ!」

 フェザードの怒鳴り声が聞こえたが、人差し指と中指で一番下の肋骨をさがした。そしてそこから胸骨をさがしあてると、手の付け根を置き、胸部を圧迫する。肘を曲げないように気をつけながら、律動的に圧迫をくり返す。そしてまた、大きく息を吸って、アニスの口をふさぐ。

 すると、ケホッと小さな咳が出た。

「フォン……セ?」

「よかった。もう大丈夫だから。ゆっくりと数字を数えるような感じで、息を整えて」

 アニスが息をふきかえしてホッとしたが、氷のようにつめたく硬いものが、ピタリと首にはりついた。

 フォンセは目だけを動かすと、憤然とした面持ちのフェザードがみえた。

 金色のつめたい瞳が怒りに満ち、するどい剣先は、しっかりとフォンセの頸動脈を捕らえている。

 すこしでも動けば、スパッと斬れそうだった。

「僕はトウの国で医術師をしていた。アニスを助けたいなら、剣をおさめてくれないか?」

「医術師?」

「そうだ。僕は医術師の家系で育った。アニスは心臓に問題があるかもしれない。でも、僕ならその病をやわらげることができる」

 汚いゴミクズをみるような目はかわらず、フェザードは剣を鞘におさめない。

 フォンセはふぅっと肩で息をして、どうすればここで生きていけるのか、冷静に考えた。

「そうだ、ここは潮の匂いがキツイ。海辺よりも森の方に、家を建ててくれないか? 森の空気がきっと薬になる」

 これはむちゃな願いかと思ったが、フェザードの服装はラスティのような簡素なものではない。剣もよく手入れされており、簡単に人が殺せるひかりを放っていた。

 人を斬ることが許された者は、かなりの権力(ちから)がある。それに、少々無理な願いをしても、アニスを死なせたくないという気持ちがあるなら、きっと叶えてくれる。そう考えたが、フォンセにはどうしても納得できないことが、ひとつあった。

「妻が五人もいるなら、アニスは渡せない。僕の患者として、面倒をみたい」

 これをいってしまうと、殺されるかもしれないと思ったが、いわずにはいられなかった。

「なに?」

 チクリと痛みが走ると、フォンセの首から赤い血が、糸のように流れた。

 やはり殺されると、目をつぶったとき、アニスがフェザードの前に立ちはだかった。

「私は、アニス・クレール・ラミー・ヤン・ジラルデ。ジラルデの名をもつ王族に近い貴族よ。フォンセを傷つけることは、許しませんッ」

 たとえ蔑まれても、エルネストでは身分がものをいう。

 フェザードは唇を噛みながら、剣を(さや)になおした。

 アニスは深呼吸を繰り返し、息を整えながら、フォンセの腕にしがみつく。

「あなた、医術師なの? 私をなおせるの?」

「……それは、まだわからない。でも、今のような発作を止めることはできそうだ」

 頭をなでてニコッと笑ってみせたが、アニスは顔を真っ赤にする。

 気品があふれる大人びた言葉使いをしていても、アニスはまだ子供。とっさの人命救助とはいえ、フォンセの唇から目をそらし、コホン、コホンと小さく咳をした。

 そんなふたりの姿に、いら立ちを隠せないフェザードは、フォンセの胸ぐらをつかみあげた。

「アニス、こいつのいうことを信じるのか? どこのだれかもハッキリしない。薄汚い黒髪と、闇のような黒い目をしているぞ」

「フェザード、やめてッ」

 悲鳴のようなアニスの声に、フェザードはフォンセをたたきつけるように手を離した。

「アニス、私の妻に金色の髪はいても、金色の瞳をもつ者はいない。この髪と瞳の色は、選ばれし者の証し。なぜそれが、わからない。私の子は、金色の髪と瞳でなければいけない。ジラルデの名がなくとも、選ばれし者はいる。この私のように」 

 癇癪を起こして噛みつくような口調に、アニスは泣きだしそうな悲しい顔をした。

 アニスの金色の瞳に、ゆっくりと涙がたまっていくのをみたフォンセは、カッとなり、フェザードに攻撃的な目をむける。

「ここにいる人たちからみれば、僕は薄汚くみえるかもしれない。だけど、僕もあなたも同じ人間だッ」

「同じだと?」

「そうだ。とにかく、アニスの命は僕が預かる」

 フォンセはアニスを抱きよせた。

 アニスもフォンセの腕をギュッとつかむ。

 おびえるような金色の瞳は、とても美しくみえたが、残酷なほどフェザードを拒んでいた。

「面白い、アニスの命は消えかかっている。それを救えるなら、やってみろ」

 クルリと背をむけ、コツコツと荒々しい靴音を立てながら、フェザードは家を出た。  残されたふたりはホッと安堵したが、おたがいの近すぎる距離に気がつくと、あたふたと顔を赤らめ、ジタバタした。


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