第9話 ジェラルドは、ジェラルドだった……① 「エルネストの記憶はいらない」
消毒液のような匂いがする。
またぶっ倒れて、保健室に寝かされているんだろうなぁ。みっともない姿を、ジェラルドにみられた。もうサイアクだ。
「で、江藤がマッチ売りの少女みたいに、声をかけてたんだ。高校はどこですか? って。そんな姿をみてたら、無視できねぇーし」
あれ? この声は、一条君だ。わたしの話をしているのかな?
「まぁ、そんなわけで、私たちは蓮夏ちゃんと友達になったんですよー」
真鈴もいる。
目を開けて起きあがりたいのに、身体が消えてしまったみたいな感じがして、なにもできない。でも、耳だけはよく聞こえる。
「それから不思議なことばかりおこって、飽きねぇーよな」
「うん。蓮夏ちゃんといると、非科学的なことの連続なんですよ。あ、センセイも一度、南さんのところへ行ってみませんか?」
センセイ?
「行ってみたいけど、スケジュール的にきついな」
「教育実習って、大変なんですか?」
「そりゃ、ね。朝から晩まで予定がギッシリ、ボクのスケジュール帳、みる?」
わわわ。ジェラルドの声だ。
真鈴と、一条君と、成宮センセイの三人で、なかよく話をしているんだ。わたしも混ぜてほしい。それなのに、どうしても身体が動かない。
意識がすぅっと遠のいたり、近づいたり。ふわふわと波の上に浮かぶ木くずのように、ユラユラとしている。
あれ? 卵焼きのようないい匂いもしてきた。きっとお弁当を食べながら……、楽しく……。
わたしだって、わたしだってッ!
「おなか、空いたぁー」
自分でもびっくりするほど大きな声が出て、目が開いた。
「なに? いきなり起きて、それかよ」
「前は一条に抱きついて、今度はおなか空いたぁーって。もぅ蓮夏ちゃん、面白すぎ」
ケタケタ笑いだしているけど、成宮センセイがいない。
「ジェラ……、成宮センセイは?」
「恥ずかしい叫び声を、聞かれなくてよかったね。午後の授業の準備があるから、さっき職員室にもどったよ」
「なぁ、江藤。成宮にはジェラルドの記憶がなかったぞ」
「センセイに聞いたの? 全部話したの?」
「うん。蓮夏ちゃんが夢をみたり、退行催眠をしてもらったり、おおまかにね」
「そうそう。エトワールはジェラルドにぞっこんで、オレたちはジェラルドをさがしていたら、成宮が来たと」
「えぇっ、そんなことまで話したの?」
全身が熱くなるのを感じた。
「知りたそうにしてたからなぁー。あ、でも、ほとんど羽野がしゃべってたからな」
オレは悪くない。と、胸をはるから、バッと勢いよく真鈴をみた。
わたしの鋭い視線に、あわあわと慌てながら、真鈴は素早く話題をかえる。
「成宮センセイは忙しいけど、日曜日に南さんのところへ行くって。蓮夏ちゃんも行ってみたら? デートできるよ」
「デッ!? デートォ?」
全身が跳ねあがり、鼓動がうるさいほど胸に響く。
「蓮夏ちゃんは、わかりやすいなぁ。耳まで赤いよ」
「えっ」
耳を押さえたけど、頬が熱い。でも――。
「止めなきゃ……。真鈴、南さんと連絡、取れる?」
「え? 連絡なんて取れないよぅ。連絡先、消しちゃったし」
「なんで、どうして消すのよッ」
「なんでって……。興味ないし」
「……うそ、興味ないの? 南さんって、カッコいいよ。大人だよ。ステキだよ」
「江藤、ちょっと落ち着けって。なんで、止めるんだ?」
グイグイと真鈴につめ寄ったわたしを、一条君が引きはがし、話しをもとに戻された。
「展示品の中に、ジェラルドの剣があったの」
「そんなもんあったっけ?」
「すみっこに置いてあったよ。で、その剣の説明文に【エルネストを滅亡に導いた剣】って書いてあったの」
「ジェラルドが、エルネストを?」
一条君が眉をひそめた。わたしも同じ気持ちかもしれない。
ジェラルドは、剣術に長けた騎士団の人だから、そりゃ戦いにも参加し、非常な行いもしたかもしれない。でも、エルネストを守ろうとした、とてもやさしい人だ。
「成宮センセイ、記憶も夢もみないのに、展示品をみてなにかイヤなことを思い出したら……。だから、止めないと」
「でも、アニスは満足してこの世を去ったから、私には記憶がないんでしょ? ジェラルドもエルネストを滅ぼして、満足したってことは?」
「それはない。ありえないよ。ジェラルドはそんな人じゃない」
「わかんねぇーぞ。人畜無我な顔をして、実は……。なんてことも」
「ないわよッ!」
思わず大きな声がでた。
ジェラルドのことを悪くいわれるのは、無性に腹が立ったし、許せない。だけど、真鈴も一条君もわたしのために、いままでずっと協力してくれた。
ふかく息を吸って、高ぶる気持ちを落ち着かせた。
「ご、ごめんなさい。記憶のない人を、無理やりエルネストにひき込みたくないの」
「でも、いまここで成宮センセイを止めたら、もう二度とエトワールのことや、エルネストのこととは、無関係になっちゃうかもしれないよ。蓮夏ちゃんはそれでいいの?」
真鈴の言葉に心がゆれた。
やっと見つけたジェラルド。エトワールのことを思い出してほしい気持ちは、ある。だけど、わたしは――。
「大丈夫。とにかく、お弁当を食べてから成宮センセイのところへ行く」
「なんだ、食ってからかよ」
「目を覚ましたときの第一声が「おなか、空いたぁー」だったもんね。はい、こっちが蓮夏ちゃんのお弁当」
わたしは気合いを入れる。
エルネストではアニスやラメルの人たちに守られた。
困ったことがあると、カルデニアが助けてくれる。
慈愛にみちた眼差しで、ジェラルドにふかく愛されたエトワール。
でも、いまは違う。真鈴や一条君がいるけど、これはわたしの問題だ。
エトワールがなにに悲しみ、ジェラルドはどうしてエルネストを滅ぼしたのか。成宮センセイの記憶を頼れば、すぐに答えがでてくるかもしれない。だけど、その記憶が悲しいものなら、封印したい。
いまをまっすぐ進むなら、エルネストの記憶はいらない。
この先なにがおこっても、「いまを大切にする」という強い心でのぞめば大丈夫。
わたしは必死になって、自分にいい聞かせていた。




