第9話 ジェラルドは、ジェラルドだった……② 「結婚すればいい」
昼休みの保健室。保健のセンセイがいないので、パイプイスを引っぱり出して、作戦会議をはじめる。
成宮センセイを南さんのところへいかないようにするには、どうすればいいか。わたしはお弁当のカラアゲを頬張っていたので、一条君が話を進めてくれた。
「まずは、展示品についてだな」
「日曜日は休館日かもしれない。って、いってみたら? 成宮センセイのスケジュール、いっぱい詰まってたから、休みかもしれないなら、わざわざいかないと思うよ」
「よぉひ。その案で」
カラアゲの次は、ゆかりのかかったご飯。赤しその食欲をそそる香りがいい。
「次に、エルネストのことだよね。もうほとんど話しちゃったから、ごまかしはきかないよ」
「江藤がおかしいヤツでした。で、いいんじゃねぇーの。妄想でしたー。みたいな?」
「ほ、冗談じゃらい。はんでそうなふのよ」
「……オマエなぁ、食うかしゃべるかどっちかにしろよ。汚ねぇーな」
「まぁまぁ。時間ないし、蓮夏ちゃんはお腹が空いてたんだから、大目にみて」
「ふぉーぉ、ふぉーぉ」
女ふたりに責められて、ますます面白くない。というような目をしたけど、わたしのうしろを指差し、おどろいた声を出す。
「あ、ジェラルドだッ」
「ひゃいっ? ふぇっと。えっ、あ、どうしよ」
慌てて立ちあがり、わたしは食べかけのお弁当をかくした。しかし、一条君は赤い舌先をベェーっと出している。
うしろをみても、だれもいない。
「こ、このォ……。だましたわねッ」
ぶっきら棒なところもあるけど、一条君は優しくて頼りになる人だと感心してたのに、結構いたずら好きで、すぐ人をからかう。
あやまろうとしない態度に腹を立てていたけど、真鈴が脱線してしまった話を戻し、とにかく成宮センセイを止めることに決まった。
「蓮夏ちゃんは、はやくお弁当食べて。成宮センセイのところへいかないと」
「……成宮センセイのところに、わたし、いけるかなぁ。顔を合わせるのがちょっと怖い」
「怖い? いまさら、なにいってんだよ。オレのことをカルデニアとかいって、羽野に退行催眠までさせて、散々振り回してきたのは江藤だろ?」
「だって、ずっと夢だと思っていたことが、夢じゃなくて、前世の記憶のようなもの。これって、正常じゃないよね。成宮センセイのことを思い出すだけで、またエルネストの夢をみそうで……。怖いよ」
重い空気が流れる。
一条君のいう通り、ふたりを巻き込み、振り回しているのはわたし。それなのに、また夢をみるのが怖くて逃げ出そうとしている。なにも知らなかったころは、夢を心待ちにしていたのに、サイテイだな……。
「あーもう。とにかく、成宮センセイを止める。それからのことは、またあとで考えようよ。私も一緒にいくから、蓮夏ちゃんは、はやく食べて」
「は、はいっ」
残りのご飯と、さめてもだしの旨味がおいしい卵焼きを、一気に食べた。
お茶を飲んでひと呼吸いれていると、真鈴が不思議そうに首をひねる。
「どうしたの真鈴?」
「んー、私はエルネストに未練がないから、きれいさっぱり忘れているんでしょ? だったら、エトワールもなにか伝えたいことを伝えたら、蓮夏ちゃんも私と同じように、エルネストのこと忘れるのかな?」
「どうなんだろ?」
「カルデニアの夢をちょっとみただけで、かなりのインパクトがあったから、そう簡単に忘れないと思うぞ」
「でも、いつまでもエルネストに振り回されるのは、良くないよ。忘れる方法があるといいけど……」
「忘れる方法かぁ。オレは催眠とかうさんくさいの、イヤだからな」
「でも、まずは成宮センセイだよ。ジェラルドの記憶がないうちに、終わらせよう。教育実習の期間は短いし、これをのり越えたら、もうわたしとは接点がなくなるから、キッパリ忘れることも……できるッ」
お弁当を片付けて、立ちあがった。
大学生になっていたジェラルドと、この先もつながりを持つことは不可能だ。南さんと真鈴のように、わたしもきっと、違う道を歩めるはず。
しばらくは胸が痛くて、泣いているかもしれないけど……。
「あっ、成宮センセイ」
「一条君、わたしの話を聞いてた? そういう冗談は、もういいって。わたしは、終わらせるって、決めたの」
すこし怒りながら、一条君が指を差す方向に目をむけると――。
「江藤さん、もう大丈夫なの? 大杉センセイが、放課後、今日の小テストうけに来るようにって」
「ひゃいっ、わ、ぅわっ。ジェ……じゃない。なっ、成宮センセイ!?」
ビックリしすぎて、背筋がピンと伸びた。
成宮センセイは、ジェラルドとまったく同じ。春の陽射しのような眼差しで、わたしをみている。またぶっ倒れそうだ……。
「ダメだな」
一条君がポツリとつぶやいた。
「ええ、終わらせるどころか、先が思いやられるわ」
真鈴もあきれている。すると、一条君が、全く役に立ちそうもないわたしを押しのけた。
「成宮センセイ、さっきの話を聞いて、どう思った? エルネストってところで、オレたちは知り合いだった。信じられる?」
「んー、よくわからないなぁ」
「そ、そりゃ、そうよ。ヘンな話はもうやめようよ」
焦りながら話題をかえようとしたけど、成宮センセイの声が、身体を熱くする。もっとその声を聞いていたい。ちょっと長めの前髪に触れたい。でも、無理だ。そんなことを頭の中でぐるぐる考えていると、胸の中がザラザラして気持ち悪い。
ぶっ倒れる前に、逃げ出したい。
「ヘンな話じゃないと思うよ。ただ、ボクは教育実習生だからねぇ。この学校に来るのはあと六回。ここで江藤さんと付き合うことになると、単位がとれないだろうなぁ」
一瞬だけ、なにもかもが止まった。
「は? オレ、なんか耳がおかしくなったかな」
一条君が、耳の穴に指をいれる。
「成宮センセイ、つ、付き合うつもりなのッ!? 蓮夏ちゃんと?」
激しい衝撃をうけ、わたしたち三人は「なにいってんだ、コイツ?」と、眉をキュッとよせた。だけど、ほがらかな笑みを浮かべている成宮センセイは、止まらない。
「そうだ。結婚する?」
「「「け、結婚!?」」」
驚いた三人の声が、綺麗にそろった。
「うん。そうしたら、堂々と付き合えるよね」
――どうか、オレの妻に。
そうだ、ジェラルドはそういう人だった。
はじめてジェラルドと言葉をかわした日、エトワールはプロポーズされている。
「れ、蓮夏ちゃーんッ」
本日二度目、意識がすぅっと遠のいた。もう頭の中がぐちゃぐちゃで、ワケがわからない。
わたし、成宮センセイと結婚しちゃうの?
今日、出会ったばかりなのに??
みんなの声が、どんどん遠くなっていく。
またいつものように、わたしの身体がドボンっと水の中へ。ゆっくりと沈んでいくような感覚がする。真鈴の心配する声が聞こえていたけど、やがてその声も遠くなる。
なにもみえないのに、なぜかまぶしい。
きっとまた、わたしはエルネストへいってしまう。抵抗しようとしても、背中から強いひかりが、追いかけてくる。
いきたくないッ。
そう強く願っても、わたしは夢の中へ沈んでいった。




