第8話 この学校にジェラルドがいる② 「その質問はもうやめてぇー」
三人で学校中をさがしまわったけど、それらしい人は見つからなかった。
ひどく落ち込むわたしをみて、一条君が「昼休みにもう一度、隈なくさがそう」といってくれたけど、首を横に振った。
「ありがとう。でも、もういい。会える運命なら、さがさなくても会えるはずだし、大丈夫」
なにが大丈夫なのか、自分でもよくわからないけど、こわばった口角をあげて、笑顔をつくった。
「蓮夏ちゃん……」
あまりにもぎこちない笑みに、ふたりは申し訳なさそうな顔をしている。ジェラルドが見つからないことよりも、心が痛んだ。
「ふたりとも、ごめんね。いつもわたしのわがままに、付きあわせて」
「ホント、迷惑だよな」
一条君は面倒くさそうな顔をして、真鈴もうなずいている。
「私も一条も、蓮夏ちゃんに入試のときから、ずっと振り回されてるよねー」
「……ごめん。本当にごめんなさい」
ヘンな汗をかきながら、ペコペコ頭をさげてふたりにあやまると、真鈴がギュッと抱きついてきた。
「もー、蓮夏ちゃんはいつも一生懸命で、かわいいなぁー。冗談だよ。だれも迷惑だなんて思ってないよ」
「で、でも」
チラッと一条君をみた。難しそうな顔で、なにかを考えている。
真鈴と違って、本当に迷惑しているのかもしれない。
湿気を吸いこんだ梅雨時の重たい空気が、わたしの肩にずっしりとのしかかる。でも、温かい大きな手が、ポンとかるく頭にのった。
「オレも冗談だよ。江藤が泣きそうになってるから、つい。まあ、そんな顔をするな」
「カ、カルデニアぁ」
やさしい言葉に涙がたまる。だけど、一条君はすこし口をとがらせて、不機嫌そうな表情をつくった。
「あのさぁー、前からいいたかったんだけど、その呼び方、やめてくんない?」
「え、どうして?」
わたしがキョトンとしていると、一条君は眉をよせて、またイラッとした顔をする。
「じゃ、今日からオレは、江藤のことをエトワールって呼ぶぞッ」
人差し指を突き付けられたが、冗談じゃない。
「やめてよ。その名前で呼ばれるのは、恥ずかし……あっ」
「ほらな。恥ずかしいと思うことを、オレにはするんだー。へぇー」
「いろいろと……、ごめんなさい」
そういってうつむくと、「はぁ」と、ため息をつかれた。
「羽野もオレもエトワールのことを知ってるから、江藤に手を貸してるのかもしれない。でもな、入試のときはまったく知らなかった。それでも助けてやりたいと思った。こっちが勝手にやってることだから、気にすんな」
「そうだよ。私も一条も、蓮夏ちゃんが大好きなんだから」
目を細めてガシガシ頭をなでられたけど、大好きという言葉に顔が熱くなった。
一条君とパチッと目があう。でも、きまりの悪そうな顔をして、プイッと視線を外された。
ジェラルドをさがしていたのに、私はヘンだ。
頬を赤く染めた一条君の横顔に、頭がのぼせてボーっとなっている。
すこし浮かれた気分になっていたけど、廊下の端から強面の顔をした、鋭い目つきのオッサンが、近づいてくるのがみえた。
「うわっ」
入学式の日に、わたしの髪を注意した生活指導の大杉センセイだ。とても苦手な相手だ。
「なんだ、またお前ら三人か。もうすぐチャイムがなるぞ。はやく教室に入れッ」
シッシッと、犬や猫を追い払うようなしぐさをする。
かなりムッとしたけど、大杉センセイは次の授業を担当する数学Aの教師。週に二回も顔をあわせないといけない。
だけど、大杉センセイのうしろには――。
「「「ジェラルドだッ!!」」」
三人の大きな声が、ピッタリと揃う。
大杉センセイと、そのうしろにいた人が、顔を見あわせてから、「は?」と不可解な面持ちになる。
「ジェ? なんだそれは?」
眉をひそめる大杉センセイと、ポカンと口を開けている、紺のスーツに、明るい色のネクタイをしめた男性。
完全に生徒ではないが、ジェラルドに似た雰囲気。
三人で大きな声を出したけど、そんなこと説明できるはずもなく、かなり気まずい。
恥ずかしくなってきたところに、授業開始を告げるチャイムがタイミングよく鳴ってくれた。
わたしたちは、逃げるように教室へ入った。
「蓮夏ちゃん、すごい。私にもわかったよ」
「ジェラルドだよな? すげぇ、海の匂いがするぞ」
「ど、どうしよう。いきなり、どうすればいい?」
「そこの三人ッ、静かにしろ」
こってり叱られても、全身の毛が逆立つような寒気と、胸のざわつきがおさまらない。
幼いころからあこがれていたジェラルドが、目の前にいる。それだけで、心拍数は異常をきたし、頭がクラクラして、気が遠くなりそうだった。
そしてジェラルドは、南さんよりすこし若くみえる。
金色の髪じゃないけど、サラッサラの前髪はそのままで、空色の目はしていないけど、よく澄んだキレイな瞳。
頭のてっぺんからつま先まで、とても華やかな好青年の登場に、教室内はざわつきはじめる。
「あー、小テストの前に、教育実習生の紹介をする」
「成宮結人です。よろしくお願いします」
聞き覚えのある、すこしかすれた低い声。やっぱりジェラルドだった。
頭を深々とさげたジェラルド……いや、成宮センセイが顔をあげると、目があった。
ズキューンと胸を撃ち抜かれて、心臓がとまりそうになる。でも、そんなわたしの様子などおかまいなしに、成宮センセイは教壇にはられた座席表をのぞく。
そして――。
「江藤さん」
「は、はいッ」
ガタンッと勢いよく立ちあがると、また軽蔑するような笑い声が聞こえる。一条君となかよくしていることが気に入らない、一部の女子だ。
とてもイヤな感じがしたけど、成宮センセイが人差し指を口にあて、「静かに」というと、だれも笑わなくなった。
しんと静まりかえる教室。
コツコツと成宮センセイが近づいてくる。
「江藤さん、ジェラルドってなに?」
真鈴も、一条君だって成宮センセイのことをジェラルドだって叫んだのに、どうしてわたしだけ……。
耳が熱くなり、膝のうしろに汗が。
でも、成宮センセイはニコニコして、答えを待っている。
わたしは震える唇をなんとか開けたけど、言葉が出てこない。
笑うと大きな瞳が、線のように細くなって。これもジェラルドにそっくり。
だけど、いま、わたしはジェラルドに、ジェラルドってなに? って聞かれて――?
「れ、蓮夏ちゃんッ!!」
真鈴の大きな声が聞こえたけど、ごめんなさい。全身に力が入らなくなった。
わたしの身体から魂が抜けていく。そんな感じ。
きっとまた、ぶっ倒れるな。
恥ずかしい……。




