第7話 記憶の有無① 「真鈴の記憶」
ジェラルドの剣から離れられないでいると、真鈴がもどって来た。
「蓮夏ちゃーん、すっごい人がいたよぅ」
明るく弾んだ声に、ビクッと体が飛び跳ねた。でも、しめった土の匂いと、朝露にぬれた緑の香りがする。
「じゃ、じゃーん。こちらは、理事長の息子さん。えっと、南透流さんです」
濃紺色のスーツ姿だけど、大学生ぐらいにみえる男の人がいた。
耳をすませば波の音がきこえる。これはきっと、エルネストの住民。
「……エトワールがいた、森の香りがする」
「なぁーんだ、蓮夏ちゃんにはバレバレか」
真鈴がつまらなそうな声を出すと、南さんがやさしい目をして笑った。
「キミが江藤さんで、エトワール?」
「は、はい」
「僕はエルネストで、フォンセと呼ばれていました。といっても、覚えてないかな」
「え、フォンセ? それって……」
心がざわつくと、よせてはかえす波の音が次第に大きくなる。気をしっかり保たないと、また倒れそうになった。
オロオロと戸惑っていると、一条君がガシッと肩をつかみ、小声で「なに、このオッサン?」と、シラケた声を出した。
「きこえたらどうするの。ちょっと、失礼でしょう」
わたしが慌てふためいていると、真鈴が南さんの腕にしがみつき、にっこりとほほ笑んだ。
「フォンセは、アニスの旦那さんだよ」
「は? 羽野がアニスで、南さんがフォンセ。江藤がふたりの娘? ……訳わかんねぇな」
「頭が混乱しますね。立ち話もあれですから、こちらにどうぞ」
STAFF ONLYと書いてある扉を開けてくれたので、わたしたちは中に入った。
クラシックな調度品と、値段が高そうなソファーに「わぁ」と、口を開けたまま立ち止まる。奥には本棚があり、洋書が並んでいた。
「お茶を用意するから、適当に座っててください」
南さんは朗らかな笑みをうかべると、隣の部屋へと消えた。
真鈴が三人掛けのソファーのすみに腰をおろしたので、わたしも横に座る。
「ねぇ、真鈴にはエルネストの記憶、ないよね?」
「ないよ。パンフレットを買いにいったら、南さんがいて、エルネストに興味があるのか聞かれたの。で、蓮夏ちゃんのことと、一条のことをすべて話したら、ひどく驚いて」
「羽野、オマエ勇気があるな」
ドカッと横に座った一条君が、あきれた顔で口を挟んだ。
「オレ、江藤からはじめて夢の話を聞いたとき、コイツ大丈夫か? って、思ったぞ」
「あ、やっぱりそう思われてたんだ……」
確かに、ただの夢を熱く語りだしたらヘンな人かもしれない。ちょっと落ち込んでいると、真鈴がいい返した。
「エルネストの夢とかみないし、記憶もないけど、大丈夫だと思ったの。蓮夏ちゃんに会ったときのような、ヘンな感覚もあったから」
「でも、アニスがエトワールの母親で、その旦那ってことは、江藤の親父さん?」
「わたしのお父さんじゃないけど……。エトワールのお父さんっていわれても、姿はみたことなかったから、ピンとこないなぁ」
「まあ、南さんがもどってきてから、くわしく聞こうよ。すごく良い人そうだし」
「そうよね。スーツ姿が大人だし、上品な紳士って感じだったね」
真鈴の提案にうなずいていると、タイミングよく南さんがもどって来た。
白い湯気が渦をまくコーヒーカップから、いれたばかりのほろ苦い香りが、部屋いっぱいにひろがる。すると、海の気配がかき消された。
「おまたせ。すこし僕の話をしてもいいかな?」
わたしたち三人が大きく首を縦にふり、興味津々な様子で身をのり出したからか、南さんは口元をゆるめた。
「子供のころ、妙にリアルな夢をみるようになって、それを考古学者の父によく話していたんだ。最初はただの夢だと思われていたけど、偶然みつけた遺跡の中に石碑もあって、僕はその文字が読めたんだ」
「すごい。さっき一条君と石碑をみたけど、文字は読めなかったよね?」
「え? あ、読めなかった」
「読めない方がいいよ。栄枯衰退の歴史が刻まれていたからね。僕はフォンセという男だったけど、アニスや幼いエトワールを残して死んでいる。死ぬときの記憶は、知らない方が良い」
南さんの言葉に、【エルネストを滅亡に導いた剣】のことを思い出す。
エルネストでなにが起こったのかわからないけど、エトワールもジェラルドも、もうこの世にはいない人だから、不安で怖いのかもしれない。でも――。
「どうして記憶がある人と、真鈴みたいに、記憶がない人がいるのでしょうか?」
「それを確かめてみたいんだ」
「確かめる?」
「僕はここで、何度か羽野さんをみかけている。でも、まったく気がつかなかったんだよ。それなのに、今日はハッキリとエルネストの匂いがした。おそらく僕は、わずかでもその人に記憶があれば、エルネストの住民かどうか、わかる。でも、江藤さんはちがう。羽野さんは、江藤さんと知りあったことによって、違和感を持つようになったし、一条君にいたっては、夢をみるようになった。記憶の有無は、江藤さんにかかっているのかもしれないんだ」
「わたしに?」
「うん。僕と同じで、なんらかの強い思いを残してこの世を去ったから、エルネストの夢をみていると思う。でも、僕とちがうのは、エトワールがなにかを伝えたがっていること。だから、まわりに影響が出はじめている。それなのに、羽野さんは一条君とちがって、夢をみない。それがどうしてなのか、僕も知りたいんだ」
「知りたいっていわれても……」
知る方法なんて思いつかない。でも、真鈴はずっとご機嫌で、ニコニコしている。
「南さん、ヒプノセラピストになるための勉強を、してるんだって」
「ヒプノセラピスト?」
聞きなれない言葉に眉をひそめてると、「催眠療法士だよ」と、一条君が小さな声で教えてくれた。
「僕はまだ臨床睡眠学の学会で、勉強中なんだけど、すこし協力してほしいんだ」
「協力って、どうすればいいの?」
よくわからないことだらけで、混乱していたけど、真鈴はちがった。
「退行催眠ってやつで、私の中にアニスの記憶があるか、調べてみたいんだって」
「なにそれ。怖くない?」
「怖くないよー。私は夢をみないから、蓮夏ちゃんたちの仲間って証拠がほしいかなぁ」
お気楽な真鈴の言葉に、南さんはうれしそうな目をした。
「今度、退行催眠のできる人を紹介する。もちろん、エルネストのことは学会に発表とかしないから、安心して。できれば、江藤さんと一条君も一緒に来てほしい」
「なんで? オレたちは退行催眠なんてしないぞ」
「今回の場合、共鳴者が多い方がいいかもしれないんだ」
「一条はいらないけど、蓮夏ちゃんは一緒に来てくれるよね?」
「もちろん。一緒にいくよ」
「おいおい、ここまで来てのけ者にすんな。オレもいく」
「くわしいことが決まったら連絡するから、みんなの連絡先を教えてくれるかな?」
退行催眠なんてうさんくさい。
それが正直な感想だった。
でも、真鈴が持っているエルネストの記憶には、興味がある。
わたしたちは、南さんからの連絡を待つことにした。




