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第2章 護り石の再会(12)

 草原の中に立つ屋敷から連行された、マリーを乗せた古びた(ほろ)に覆われた、がたついた軍用の車輛は砂埃を巻き上げながら一路東の方角を目指し進んでいた。


 マリーの砂金を思わせる艶やかな髪が、風に煽られ揺れていた。


 目の前には漆黒の髪の青年シンが、遠い彼方を見つめたまま腰を下ろしていた。


 その姿を見つめているだけで、マリーは自身の鼓動が高鳴ってゆくのを感じていた。


 手を伸ばせば直ぐにでも届きそうな僅かな距離に、会うことなど無いと思い続けてきたはずの青年の姿があった。


 それは決して幻などではなく……。


「……目を閉じていろ」


 不意にシンが何かを思い出したかのように、マリーにそう告げた。


 唐突に発せられた言葉にマリーは戸惑い、思わずシンの顔を見た。


「目を閉じろ、と言ったんだ。この先にあるものを見て、卒倒されても面倒だ」


 困惑した表情を見せたマリーに、シンは再び短くそう告げた。


 青年のその低い声に、マリーは黙ったまま従った。


 やがて漆黒の髪の青年の語った言葉の本意を、マリーは東の地へ近付くにつれ知ることとなった。


 東西を分断した境界周辺を、おそらく越えるであろうと思われた頃、マリーは周囲に立ち込める異様なまでの臭気を感じ取っていた。


 瞼を閉じたままでさえ、生々しい血と硝煙がはっきりと感じられた。


 マリー自身が現実にその光景を目にすることは無かったが、その地には激戦の果てに、犠牲になった兵士達の亡骸が数限りなく放置され、それはさながらこの世の終焉を映し出したかのような凄惨なものだった。


 何よりその光景を実際に目にすることが無くとも、難なく境界を越えることの出来る事実そのもの、その異常性が、既にシンの語る言葉の意味を暗黙の内に提示しているようなものだった。


 ―あれだけ焦がれ続けた、その地へわたしは行くのだ。その日が来ることを、どれ程願い続けてきたことだろう。けれどそれは現実には、大きすぎる犠牲を払うことで叶えられる願いだったのだ。本当にこれが、自分の望んでいた結果だったのだろうか……。


 マリーは心の中で繰り返し、自分にそう問い掛け続けていた。





 拘束されたマリーは東側を統監する、軍の中枢と思しき場所へと連行された。


 そこでマリーがまず最初に通されたのは、東全体を総べる男の居室だった。


「我々からの非礼をお詫び致します、西の姫君」


 部屋の主である元帥ヴィルヘルム・クリューガーは敬礼し、そう切り出した。


 再会と呼ぶべきか否か、甲乙つけがたい存在である漆黒の髪の青年は、マリーの背後で沈黙を守り続けたまま立っていた。


「わたしは自分の意志でここまで来ました」


 マリーは少しだけ俯いて、重い口を開いた。


「わたしは東西両者どちらの味方でもなく敵でもない。父がどういう位置にあった者だったとしても、わたし自身には何の関係も無いこと……」


「ほう。マリー嬢はあくまでご自身には一切無関係であると、そう仰りたいわけですね」


 ヴィルヘルムの言葉に、マリーは大きく頷いて見せた。


「そうです」


 ヴィルヘルムはややあってから再び口を開いた。


「しかしそうは言いながらも、あなたは自分の立場を充分に認識してらっしゃるはずだ。何故自分がこの様な場所に連れて来られたかということも……」


「それも分かっています。けれどわたしはずっと前から東に赴くことを望んでいたのです。西に在りながらも、常にわたしの心はこの地にあった。だから自らの意志でここに来たつもりです」


 マリーは掌を握り締め、更に言葉を続けた。


「……けれど、だからといって、自分の目的の為だけに混乱を引き起こし、国中の大勢の人間を苦しめる原因を作ったあなたのような方を認めることなど出来ません」


 マリーは目を上げ、はっきりとした声で続けた。


「それに父はわたし一人と西側の人間全てを、取引の駒に使うような事は決してしないはず……仮にこの先あなたが私の身と引き換えに、どんなことを画策したとしても思い通りに事を進めることなど不可能なのだと思い知ることになるだけでしょう」


 マリーの怒りを顕わにした言葉にも、ヴィルヘルムは別段気分を害した風もない様子で言った。


「それはあなたのお父上がお考えになればいいことだ。ただ、ここに居ていただく以上は、その間は生活に支障が無いようには私が取り計らいます。流石に境界を越える許可だけは出来かねますが」


「……あなたの言うに通りに従います」


 マリーは決して直接対面することなど無いと信じ続けていた、初老の男に肩落としながら静かにそう言った。

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