第2章 護り石の再会(13)
「夜公会でお見かけしましたが、本当に美しい方だ」
突然掛けられたその声に、シンとマリーの二人は反射的に足を止めた。
それはヴィルヘルム・クリューガーに命じられた通り、シンがマリーを建物内のあてがわれた部屋に連れて行く為、ふたりが歩き出した直後のことだった。
軍の拠点の中、剥き出しの大理石の床が続く回廊の先から、ゆっくりと二人に近づいてくる影があった。
「西の姫君、こうしてお会いできて光栄の極みです。……おっと、それからカルヴァート中尉、此度の働きにより、ますます元帥閣下の覚えも良く……」
そこには痩せた目付きの悪い男が一人立っていた。
男の口調は何処か陰鬱で、底知れぬ不快感を相手に与える響きが込められていた。
「一体何度言えば理解する? それともお前には理解する力が無いということか、リオン? 俺とお前が交わすべき言葉など何一つ無いはずだが? 失せろと言った筈だ」
漆黒の髪の青年シンは、目の前に現われた軍人リオン・グレーデンにきつい眼差しを向けて、そう言い放った。
マリーは目の前のこの男に対して、シンが激昂に近い感情を抱いているのを察した。
シンの言葉に、リオンは僅かに肩を震わせ冷笑を浮かべて見せた。
「あなたにどう言われようとも構いませんよ、カルヴァート中尉。私は滅多にお会いできない姫君とお話ししたかっただけなのですから……」
そう言いながら、リオンは品定めするかのような不躾な眼差しをマリーへと向けた。
リオンの視線に、マリーは全身にぞわりとするような嫌な感覚を覚えた。
「……元帥閣下も恐ろしいことをなさるものだ。西の人間をわざわざ古巣へ戻すような真似を。忠実に従っているように見せているだけで、腹では何を考えているか分からぬような者を」
「……」
「中尉、あなたは『あの土地』の生まれだそうですね」
「……」
「『あれ』は本当に忌まわしい土地だ。だから隠していたのでしょう? 」
シンはぎりと拳を握りしめ、リオンを凄まじい形相で睨み付けた。
「……だから何だと? 」
「本当は姫君のこともよくご存じなのではないですか? 」
マリーが驚いたように、シンの顔を見た。
「俺の生まれを今さら知って、だからどうだと言うつもりだ」
「いえ、ただクリューガー閣下は、戯れに非常に恐ろしい拾い物をしたのではないかと感じただけですよ。事実だけを鑑みれば、最初から何もかもが謀だったのではないのかと、誰もが疑うでしょう。話が出来過ぎている」
「……」
「現実的に我々は現在西側と比較すると非常に不利な状況にある。特にあなたが加わってからはそれが顕著だ。体裁上は資金不足だなんだと理由付けしているようですが……理想論と講釈ばかりで自分は常に姑息にのうのうと逃げ隠れおおせる、アドルフ・オーウェンらしい実に狡猾で嫌らしいやり口だとは思いませんか? 奴の息がかかったような土地で生まれた者を利用するのは実に容易いこと。特に子供ならば誰も疑うまい、と」
マリーは衝撃の余り、呆然としていた。
「それは違うわ……」
思わずそう言いかけたマリーの言葉を、シンが腕を上げて制した。
「俺にはそんなつもりはない」
「どうだか。……では、今後はご自分の身の潔白を証明する手立てをよくお考えになるといい」
リオンはにたりとした薄ら笑いを浮かべてそう言い、不意に何かを思い出したように付け加えた。
「……そういえば、カルヴァート中尉にもうひとつ大切なご忠告を、と思っていたのを、すっかり忘れていました。……あなたがいくら閣下の拾い子の身とはいえ、今後はもう少しよく考えられた上で、賢く立ち回られた方がよろしいかと。此処では誰が何処で、何を聞いているのかも分からないような地。自らの愚かしい行動から、足元をすくわれるようなことになっては本当にお気の毒ですから」
リオンの言葉に、シンの顔色が明らかに変わっていくのがマリーには分かった。
「リオン……お前、何を考えている? 」
シンの言葉にリオンは事も無げに応えた。
「簡単なことだ。閣下はあなたには甘い。……だが、はたして同じことが他の上層部の方々にも通じるのでしょうか? 私はこの軍の規律を乱すような反逆者になりかねない不穏な因子が存在することに、ただただ心を痛めているのです。相応な方々に然るべき方法で、それをご報告しなければならない義務があるはずだ、と」
「……」
「元々、長く西の異端者と呼ばれてきたあなたのことであるというのなら尚更でしょう? いや、実際には違背者だったようだが……」
そう言い残し、リオンは冷笑を浮かべたまま、マリー達をその場に残したまま満足げに去って行った。




