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第二十五話 向日葵 才加・来栖 大志

 エリア境の検問を通過して、東海エリアに入った。関東エリアを出ること自体が初めてだった俺にとって、海外旅行に出るような気分だった。

 同盟エリアである東海エリアとのエリア境は、ほかのエリアとの境と違ってかなり栄えている。ほとんど一つの街のようになっていて、たくさんの人やお店が並んでいた。


「ケンヤ? 買い物は合同演習が終わった後だよ?」

「分かってるよ! 子供扱いしないでくれ」

「えー? だってケンヤの目がキラキラしてるからさー」

「してない!」


 多少浮かれてるのは認めるけどさ。


 合同演習選考メンバー発表の日以来、本部の中ではなんとなく居心地の悪さを感じていた。誰かが皮肉を言ってくるわけではもちろんないし、いつも通り接してくれた。みんないつまでも気にしているほど、暇ではないし。だから、自分の気持ちの持ち方次第だと、分かってはいる。だからこそ対処に難しい。

 そんなわけで俺は、今日この日から気分を変えることができるんじゃないかと期待していた。新しい景色は、見事にそれに応えてくれたわけだ。


「東海エリアの方が迎えに来てくださる時間まで、まだ時間があります。それまで……そうですね。あそこのお店でお茶でも飲みましょう」


 倉橋さんが腕時計を気にしながら、近くの喫茶店を指さした。なかなか洒落たお店で、普段の生活では絶対に入るのを躊躇するレベルだ。つまり、マダムがお茶会を開くようなお店なのだ。そこに何のためらいもなく入っていく姿。流石倉橋さんだと言わざるをえない。

 しかし、それに続くもう一人の姿があった。よれよれのTシャツにジーパン、今起きたばかりで寝ぐせのひどい紫髪。はっきり言おう。親父だ。俺たち三人は二人の後を恐る恐るついていった。

 店のドアを開け中に入った時、お店にいたマダム達のついた溜息には二つの意味があったに違いない。一つは、倉橋さんの美しさに。もう一つは、親父の見苦しさに。


「おいケンヤ。今失礼なこと考えてただろ?」

「ああ。たぶん俺だけじゃないと思うけどな」


 高い紅茶とケーキを頼んで、滅多に味わえない上品な味を楽しんだ。正直、量が多い方がいいなと思ったのは内緒だ。


 各々のお皿が空になり、一息ついたころ。一組の男女がお店に入ってきた。女の子は俺と同じくらいの年だろうか? 橙色のショートヘアにクリッとした大きな目を持つ女の子。Tシャツにホットパンツと、とても活発そうな印象だ。もう一人は三十代半ば。そろそろ夏に近づき暑くなってきたいうのに、キチッとしたスーツを着込んでいる。黒髪を刈り込んだ、背の高い男である。表情も引き締まっていて、非常に漢気を感じる。

 二人は店内を見回し、こちらを見つけると真っ直ぐにやって来た。


「皆さん、お久しぶりなのです! また無事にこの時を迎えられて、私は嬉しいのです!」


 弾けるような笑顔を見せた子は、新入りがいることに気がついたらしい。


「ええと、初めましてなのです! 私、東海エリアの参謀長を務めている、向日葵 才加と言うのです!よろしくなのです!」


 向日葵さんか。参謀長……まさかそんな大物が出てくるとは思わなかった。


「俺は細川ケンヤって言います。恥ずかしながら、うちの大将の息子です」

「なるほどなのです! 遠目に見てそっくりだったのです!」


 な……そっくりだなんて、なんという侮辱だ!


「私からも挨拶を。東海エリア大将、来栖 大志と申します。どうか、よろしく」

「はい。よろしくお願いします」


 こっちは大将か。参謀長のお守りって大変だな。


「堅いなぁお前ら。もう夏だってのに、来栖は相変わらずそんな格好だしよ。もっと気楽にいこうぜ」

「親父はもう少し気合い入れたほうがいいと思うけど」

「あ? なんか言ったか?」

「なんでもない」


 聞こえていようがいまいが、関係ないだろうし。


「まさかお二人が来てくださるとは思っていませんでした」

「待ちきれなくて来ちゃったのです! ささ、堅苦しい話の続きは本部でゆっくりするのです! 今はぶらぶらするのですよ!」

「ちょっと、向日葵! 待ってください!」

「待たないのです!」


 向日葵さんは倉橋さんの手を取り、少し強引に引っ張っていった。二人は楽しそうに笑いながらお店を出て、人込みに消えていった。


「桜と向日葵は凄く仲が良いんだよ。女の子同士だし、二人とも参謀長ってことで気が合うみたい」

「なるほどな。それにしても、奈々が苗字で人を呼ぶなんて珍しいな」

「向日葵にそう呼んでって言われたの。気に入ってるからって」

「変わった苗字だもんな。本人も太陽みたいな人だし、控えめな倉橋さんにはちょうどいいのかもな」


 普段、倉橋さんはあまり笑わない。だから笑顔を見ると少しほっとする。


「来栖さんも大変ですね。向日葵さんは自由奔放ですし。何か頼みますか?」


 拓也が珍しくねぎらいの言葉をかける。


「では、アイスコーヒーをお願いします。彼女はいつも本部の中で働き詰めですから。こういう場くらいは、羽を伸ばすのも大切です」


 見た目によらず、融通の利く人のようだ。


「それに、うちの者が隠れて監視していますから。心配ないと思います」


 やっぱりそこはしっかりしてるのか。


「来栖は過保護過ぎるって。もうちょい気を抜いても心配ねぇよ。俺を見習え。俺を」

「親父は気を抜きすぎだって」

「何をいうか息子よ。俺は締めるとこはきちんと締めてんだよ」


 欠伸をしながらの言葉には、説得力の欠片もない。

 親父とのやりとりにも、そろそろ飽きてきた。何か他のことをしよう。


「俺たちもどっか出かけるか? しばらく戻ってこないんだろ?」

「そうだね……せっかくだし、服でも見に行こうかな?」


 おお、これはもしやデートなのでは……。


「そういえば僕も寄りたい店があってね」


 ……まあそうなるよな。


「じゃあ行ってきます。二時間ほどぶらついたらここに戻ります」


 三人で席を立ち、人でごった返す大通りに踏み出した。


 _________



「いやー、買ったね!」

「そうだな。買ったのは奈々だけだけどな」


 俺の両手と肩は、奈々の買った服やアクセサリーを詰めた袋でいっぱいになっている。

 ブランドのことはよく分からないが、幾つかは目が飛び出るような値段であった。

 なんの躊躇もなく、気に入れば店員さんに「これください!」と言って、即刻購入していた奈々の感覚と財布には驚愕してばかりだった。


「それにしても、奈々があんなにお洒落するのが好きだなんて知らなかったな。正直、意外だった」

「私だって女の子なんだから、お洒落の一つや二つするよ? あんまり着る機会もないけどね」

「まあ訓練訓練の毎日だからね。仕方ないよ」


 そろそろ集まる時刻を迎えるので、元の喫茶店に向かっているところだ。最後に景色だけでも見ておこうとキョロキョロしていた時、ある二人組が目に入った。


「二人とも、ちょっと待ってくれ」

「どうしたの? まだ買い残したものとか?」

「そうじゃなくて。あの二人組、なんかおかしくないか?」


 着ているものがどうとか、顔がどうとかそういうことではない。何か纏っている雰囲気が、ただの買い物客のものとは思えなかった。


「そうかな? 私にはよく分からないよ」

「じゃああれじゃない? 東海エリアの継魂者だよ。来栖さんも見張りがいるって言ってたじゃないか」

「……そうだな。そうかもしれない。時間もないし、さっさと行くか」


 もう一度二人組の方を見た時、既にその姿はなかった。

 いつまでも気にしても仕方がないと頭の中を切り替え、二人の後を追って歩き始めた。


 _______



 喫茶店で待っていると、満足した顔の向日葵さんと若干疲れ気味だが、笑顔の倉橋さんが帰ってきた。二人の手にはたくさんの袋が吊るされていて、やはり女の子なんだなということを実感した。


「皆さん、お待たせてしまいすみません」

「全然大丈夫!私達も今帰ったところだよ」

「久しぶりに楽しかったのです! また明日も一緒に……なんでもないのです」


 来栖さんからの視線に、向日葵さんは明日のことを思い出したのか、急にしょんぼりとしてしまった。

 楽しい時はあっという間で、また訓練や雑務の日々が始まるのだ。そういう意味で、向日葵さんの様子には身の引き締まる思いがした。


 ただ、少しかわいそうだな。向日葵さんが膨れっ面などすれば、小さな子供と勘違いしてしまう……ような気がする。


「そろそろ時間です。忘れ物はありませんか?」

「はーい! 大丈夫なのです!」


 倉橋さんはまるで遠足の引率をしている先生のように、全員に確認をとった。

 言うまでもなく、生徒は向日葵さんだ。


「それより、本部まではどうやって行くんですか? 車なんてものじゃ目立ち過ぎますし、歩いて行ける程度に近いところなんですか?」


 本部は当然エリアの中心地にあるだろうから、こんなエリアの境からはかなりの距離があるはず。そうでないなら、という可能性も考えての質問だった。


「それは心配ないのです! ちょっと待っててくださいなのです!」


 そういうと向日葵さんは一人の店員に話しかけると、一緒に店の奥に消えていった。五分程度経つと、向日葵さんはにこにこしながら戻ってきた。


「ここは私の奢りなのです! ささっ!皆さん奥へ奥へ!」


 _______


 店の奥に連れられ、乗ったエレベーターのついた先は薄暗い地下空間となっていた。要は、店の地下が『リニア』の駅だったのだ。

 関東エリアにも同じような設備があったので驚きは小さかったが、かといってつい最近まで一般人だった俺が予想できるものでもない。俺以外は既に経験済み、というか何度も来ているので慣れたものだった。


「さあ、皆さんどうぞ」


 ホームに着くと同時に滑り込んで来たのは、十人乗りの大型リニアだった。後方の座席に腰掛けた途端、向日葵さんが隣の席に飛び込み、しっかりと腰を落ち着けた。


「隣、お邪魔してもいいのです?」

「あ、ああ。どうぞ」


 もう座っちゃってるけど、気にしたら負けかな。


「初めてお会いしたので、あなたのことをもっとよく知りたいのです。どんな物が好きなのか。どんな人がタイプなのか。まだ親しくないからこそ話せることもあるでしょう?ささ、私にこっそり教えるのです!」

「……遠慮しときます」


 喋った途端暴露されそうだ。それも一切の悪意なく。


「むー! ケンヤさんは付き合いが悪いのです! つまらない男なのです!」

「いやそんなこと言われても……」


 無茶苦茶だろ。いくら何でも。それにほら、そういうこと言ってると悪魔が嗅ぎ付けてきちゃいますよ。


「そうだよケンヤ。初対面の人があいてなんだから、もっと積極的に関わっていかないとね」


 言わんこっちゃない。


「おお! 拓也さんは良いことを言ったのです! その通りですよ? 人との関わりは大事にしなければならないのです! 私とあなたは同盟関係にあるのですから、もっともっと仲良くならないといけないのですよ!」

「そうですけど……」


 この二人、なんで面倒くさいんだ!


「まあまあ、向日葵も落ち着いてね?私達だってすぐ帰っちゃうわけじゃないんだしさ」


 おお!流石奈々。マイ天使エンジェル

 奈々が二人を宥めている間、いつの間にか発射していたリニアの外を眺めていた。暗いトンネルの中に等間隔に設置された光が、尾を引いて後方に流れていく。かなりの高速だというのに、車内には一切揺れというものが感じられなかった。

 これだけうるさくなければ、この柔らかい椅子のおかげで心地よく眠れただろうに。

 ひっそりとため息をつき、まるで夜空のような暗闇に再び目を向けた。

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