運命の人
「知らない。有名なの?」
「そうでもないと思うんだけど……昔、お母さんと行ったことがあるんだ。今から行ってみない?」
今日会うことは前々から決めていたけど、何の予定も立てていない。心の赴くままにゆっくりしようという約束だったのだ。
のんびり散歩しながら、椿の思い出の場所に行くのもいいかもしれない。
「いいよ、行こう」
頷くと、コートを羽織って外に出る。
携帯で場所を調べて歩を進め、くねくねとした路地を突き進んだ先に現れたのは、石造りの階段だ。お喋りする余裕はなく、長くて急な階段を無言で上る。やがて現れたのは、青々とした木々に囲まれた鳥居だ。
ところどころが剥げかけた鳥居。のっぺらぼうの狛犬。、ひしゃく一つ置いてない手水舎。
志島神社は、思った以上に寂れていたけど、鳥居をくぐった瞬間、空気が変わったような気がした。
「……ここだ。懐かしい……」
椿はふらふらと境内に向かおうとして、ぴたりと立ち止まり。
「ちょっと、トイレ。トイレ、探してきます!」
もじもじしながらそう言うと、慌てたようにその場を立ち去った。
小さな背中を見送ってから、ふいに前を見ると――
「うわあっ!」
思わずのけ反ってしまった。
目の前に、女の子が立っていた。
端的に言って、美少女だ。
切れ長の瞳と泣き黒子、和風の顔立ちに、肩のラインで揃えられたおかっぱ頭、左耳にかけられた艶やかな赤い椿が黒髪に映えている。おそらく年は十代半ば、中学生くらいだと思うけど、子供らしさは全くなく、むしろ、どこまでも艶っぽい。
「……あ、あの、君は……」
「どうやったら、椿は幸せになると思う?」
「どうやったらって……」
真面目に考えてしまったのは、異様な雰囲気に呑まれてしまったからだろう。
思考の海に浸り、やがて頭に浮かんだのは、昨日、そして初めて椿の歌を聞いた時に考えたこと。
歌が好きな椿の幸せは、歌で生きていくことなんじゃないかっていう、俺の推測だ。
「もし過去に戻って、何かを変えられるのなら、あなたはどうする?」
少女はにっこりと、不気味なほどに綺麗に笑って、そう尋ねる。
この子、椿の近しい人が亡くなった事件を知ってるのかな?
誰……いや、何なんだろう?
人ならざる者の気配を感じてぞくりと背中が粟立つけど、ここで怯えてしまったら何かに負けてしまう気がして、俺は真っ直ぐ彼女を見つめる。
「どうもしないよ」
だって、どんなきっかけがあろうと、椿が自分で考え、自分で決めたことだ。
俺は大好きな椿が決めたことを、尊重する。
それに……
「椿は俺が幸せにする」
どんな選択をしようと、絶対に。
これまでの俺は好きなことと得意なことが一致しなかったけど、椿に関しては違う。俺は椿が好きで、本当にどうしようもないほど大好きで、それでいて……椿も俺が好きだと言ってくれている。
「そう」
少女は言葉少なにそう言うと、薄く笑った。
先ほどとは違う、思わず浮かんだ、という感じの自然な笑みだった。
直後、彼女はその場から煙のように消える。
「え」
思わず呟いて、目を瞬かせる。
嘘だろ。
呆然と突っ立っていると、ぽんと肩を叩かれる。
「っ」
「どうしたの、侑ちゃん」
「……椿」
ほっとするのと同時に体から力が抜けて、その場に座り込んだ。
*
少女の話をすると、椿は疑うことなく俺の話を信じてくれた。
「あのね、その子……多分、神様だと思う」
「神様?」
「うん。昔ね、私も会ったことがあるんだ。――ここの神社は芸術にご利益があるんだけどね、神様は特に音楽が好きなんだって。それで、昔ここに来た時、私、歌ってみたの。神様が聞いてくれないかなって。そうしたら、小さな女の子が現れて、『あなたの歌を気に入ったから、お願いを一つだけ叶えてあげる』って言ってくれたんだ。それで私は『運命の人に会いたい』ってお願いしたの。運命なんてないって捻くれてる時期もあったんだけど、小さい時はまだ純粋で……自分で言うのもなんだけど、結構ロマンチストだったから。そうしたら神様は『わかった』って約束してくれた」
椿がふふ、と笑った瞬間――
ぽとり、と赤い花が落ちてくる。
ユキツバキだ。
「運命はあなたの手に……」
「何? それ」
「確か、これも花言葉の一つなんだ」
どうしてそれを知っているのかはわからない。
でも、そっか……運命は俺の手にある。
今も、これからも。
「ねえ、椿……卒業したら、俺と結婚してください」
まだ綺麗なその花を手に取って差し出すと、椿の顔が真っ赤に染まる。
「……は、はい……あの、喜んで」
もごもごと言った後、顔を隠すように俺の胸にしがみつき、
「侑ちゃんはきっと、私の運命の人だね」
椿は歌うようにそう言った。




