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スノーカメリア  作者: 古浜夕
志賀良治
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27/38

やっぱりな

 ――男が女に惚れるのは自然なことだ。自分ではコントロールできるものではないし、利益のない相手に執心するのもよくある話だ。


 父は、潤に惚れてしまったんじゃないのか。


 父は女癖が悪かったらしい。

 直接トラブルを知っているわけではないけど、噂話ならたくさん聞いた。中には、老年になってから若い女性に手を出した、なんてものもあった。

 そう考えると、雪くんが誘拐されかけたという話も……最低だけど、本当に最低すぎるけど、ある種の推測ができる。

 雪くんと椿ちゃんの父親が、志賀誠一郎……父だとしたら?

 父はどんな手を使っても望みを叶えようとする、強欲な人だった。

 潤に惚れ、付きまとい、襲って孕ませた。

そして血縁に執着していた父は、血の繋がらない俺を勘当し、我が子である雪くんを跡取りに仕立てようと思った。潤は積年の恨みから、父を殺した。

 ああ、考えれば考えるほど、納得がいく。

 父を生き返らせて、もう一度俺の手で殺したい。

 そんな気分だった。

 血が出るほどに唇を噛みしめてから、俺は雪くんを見つめる。

 知りたくない。

 だけど、はっきりさせなくては。

「雪くん……君の父親について、潤から聞いたことはある?」

 雪くんは首を傾げ、それから気まずそうな顔で頷いた。

「はい、あります……母の死後、残されていた手紙に書いてありました」

「……」

 知って、いるのだろうか?

 ごくりと唾を飲んだ瞬間、雪くんが辺りをちらりと窺った。

「……誰にも言わないでくださいね」

 そう念押しして、彼の唇が動く。

「俳優の宇都宮和樹なんです」

「え?」

「だから、俳優の宇都宮和樹」

「……」

「……知らない、なんてことはないですよね?」

「知ってる、けど……」

 頭も良くて顔も良くて、さらには演技派の爽やかな俳優だ。

 日本人で彼を知らない人はいないと思う、くらい有名な。

 だけど、本当に彼が……?

「えーっと、残念ですが、遺伝子検査の診断書まで添えられていたので間違いなさそうです。でも、割り切った付き合いだったって、手紙には書いてありました。僕たちができても結婚するとかは考えもせず、ただ子供はほしかったから、一人で産んだんだそうです。『マンマミーア』みたいに父親を捜そうってなったら困るから、報告しとくって……」

 もごもごと口にする雪くんを見て、ようやく気付く。

 さっき気まずそうにしてたのは、今も潤が好きだと公言する俺に対して、後の恋人の話をするのが申し訳なかったからなのか。

 でも、最低最悪な想像をしていた俺としては、潤がイケメン俳優との付き合っていたなら、そっちの方がいい。きっと幸せだったと思うから。

「はあああああ」

 大きなため息を吐いて、カウンターに突っ伏すと、雪くんがびくりと体を震わせた。

「どうしたんですか? もしかして、そんなにショック……」

「いや、違うよ。言われてみれば椿ちゃんって、少しだけ彼に似てるよね。目がくりくりっとしたところとか」

「言われてみれば、ってくらいで良かったです。似すぎてたら、災いを呼びますから」

「雪くんが言うと説得力があるね」

 ゆっくりと起き上がって笑顔を作るけど、頭の中では未だに疑問が渦巻いている。

 どうして雪くんが攫われそうになったのか、潤がどうして父を殺したのか、謎は一つも解けていない。それどころか、過去に覚えた違和感からも目を逸らせなくなってしまった。

 まあ、父が潤に惚れた、なんて、一呼吸置いて冷静に考えたらあり得ない話だ。

 だって父は俺に、潤と結婚するようにと言ったのだ。

 自分の惚れた女性を、息子と結婚させようなんて変態ではないか。

 まあ、父が変態ではないと言い切れる保証はないのだが。

 だけど、そうか、結婚……

 父は、俺と潤を結婚させて、子どもを作ってほしかったのだろうか。

 だとすると、潤の子どもがほしいということは、一貫している。

 ……あれ?

 そこまで考えて、はっとする。

 

 血縁主義者だった父。

 それゆえに、愛されなかった過去。

 潤とのロマンティックな出会い。

 喜代さんと潤の絆。

 潤と紡いだ愛情。

 父と潤との対面。

 そして、父の笑顔。

 

 ああ、わかった。

 これは、なるほど……

 頭が、いや、心が痛い。

 いっそ、死んでしまった方が楽なくらいだ。

 俺は鈍い男で、だからこそ、常に前を向くことができていた。明日が今日より悪くなることはないと、根拠なく思える性質だった。

 それなのに、こうまで悲観的になるなんて……なんだか滑稽だな。

「志賀さん?」

 異変を感じたのか、雪くんが心配そうに言うけど、取り繕うことさえできそうにない。

 辿り着いた結論は、最悪としか言いようのないものだった。

 運命はある、今までは年甲斐なく信じていた。

 だけど、今はそう思えない。

 運命なんてない。

 運命なんて……

「くそくらえ、だ」

 大丈夫ですか、と顔を寄せた雪くんの肩に触れて、そこに落ちていた、潤によく似た柔らかな髪の毛をそっと掴んだ。


   *


 父は自分の子を成すのを諦めていなかったらしく、若い頃の精子を専門の施設に保存していた。何かの褒美として二人で食事した時、「子を成せばお前は用済みだ」という嘲りと共に聞いた話だ。

 施設に連絡を取り、父の死亡を告げると、息子だということで返却してもらえた。

 世の中、重視されるのは血ではなく、法的な関係なのだから、皮肉なものだ。

 数日前、遺伝子検査を専門に行っている会社に連絡を取った。

 送られてきた容器に父の精子と、先日拝借した雪くんの髪の毛を入れて、会社に送る。思ったよりも簡単だ。

 あとはただ日々を過ごし、時が来るのを待ち――結果が綴られた封筒を開く。

「……関係あり、か。やっぱりな」

 俺の予想は当たっていた。

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