やっぱりな
――男が女に惚れるのは自然なことだ。自分ではコントロールできるものではないし、利益のない相手に執心するのもよくある話だ。
父は、潤に惚れてしまったんじゃないのか。
父は女癖が悪かったらしい。
直接トラブルを知っているわけではないけど、噂話ならたくさん聞いた。中には、老年になってから若い女性に手を出した、なんてものもあった。
そう考えると、雪くんが誘拐されかけたという話も……最低だけど、本当に最低すぎるけど、ある種の推測ができる。
雪くんと椿ちゃんの父親が、志賀誠一郎……父だとしたら?
父はどんな手を使っても望みを叶えようとする、強欲な人だった。
潤に惚れ、付きまとい、襲って孕ませた。
そして血縁に執着していた父は、血の繋がらない俺を勘当し、我が子である雪くんを跡取りに仕立てようと思った。潤は積年の恨みから、父を殺した。
ああ、考えれば考えるほど、納得がいく。
父を生き返らせて、もう一度俺の手で殺したい。
そんな気分だった。
血が出るほどに唇を噛みしめてから、俺は雪くんを見つめる。
知りたくない。
だけど、はっきりさせなくては。
「雪くん……君の父親について、潤から聞いたことはある?」
雪くんは首を傾げ、それから気まずそうな顔で頷いた。
「はい、あります……母の死後、残されていた手紙に書いてありました」
「……」
知って、いるのだろうか?
ごくりと唾を飲んだ瞬間、雪くんが辺りをちらりと窺った。
「……誰にも言わないでくださいね」
そう念押しして、彼の唇が動く。
「俳優の宇都宮和樹なんです」
「え?」
「だから、俳優の宇都宮和樹」
「……」
「……知らない、なんてことはないですよね?」
「知ってる、けど……」
頭も良くて顔も良くて、さらには演技派の爽やかな俳優だ。
日本人で彼を知らない人はいないと思う、くらい有名な。
だけど、本当に彼が……?
「えーっと、残念ですが、遺伝子検査の診断書まで添えられていたので間違いなさそうです。でも、割り切った付き合いだったって、手紙には書いてありました。僕たちができても結婚するとかは考えもせず、ただ子供はほしかったから、一人で産んだんだそうです。『マンマミーア』みたいに父親を捜そうってなったら困るから、報告しとくって……」
もごもごと口にする雪くんを見て、ようやく気付く。
さっき気まずそうにしてたのは、今も潤が好きだと公言する俺に対して、後の恋人の話をするのが申し訳なかったからなのか。
でも、最低最悪な想像をしていた俺としては、潤がイケメン俳優との付き合っていたなら、そっちの方がいい。きっと幸せだったと思うから。
「はあああああ」
大きなため息を吐いて、カウンターに突っ伏すと、雪くんがびくりと体を震わせた。
「どうしたんですか? もしかして、そんなにショック……」
「いや、違うよ。言われてみれば椿ちゃんって、少しだけ彼に似てるよね。目がくりくりっとしたところとか」
「言われてみれば、ってくらいで良かったです。似すぎてたら、災いを呼びますから」
「雪くんが言うと説得力があるね」
ゆっくりと起き上がって笑顔を作るけど、頭の中では未だに疑問が渦巻いている。
どうして雪くんが攫われそうになったのか、潤がどうして父を殺したのか、謎は一つも解けていない。それどころか、過去に覚えた違和感からも目を逸らせなくなってしまった。
まあ、父が潤に惚れた、なんて、一呼吸置いて冷静に考えたらあり得ない話だ。
だって父は俺に、潤と結婚するようにと言ったのだ。
自分の惚れた女性を、息子と結婚させようなんて変態ではないか。
まあ、父が変態ではないと言い切れる保証はないのだが。
だけど、そうか、結婚……
父は、俺と潤を結婚させて、子どもを作ってほしかったのだろうか。
だとすると、潤の子どもがほしいということは、一貫している。
……あれ?
そこまで考えて、はっとする。
血縁主義者だった父。
それゆえに、愛されなかった過去。
潤とのロマンティックな出会い。
喜代さんと潤の絆。
潤と紡いだ愛情。
父と潤との対面。
そして、父の笑顔。
ああ、わかった。
これは、なるほど……
頭が、いや、心が痛い。
いっそ、死んでしまった方が楽なくらいだ。
俺は鈍い男で、だからこそ、常に前を向くことができていた。明日が今日より悪くなることはないと、根拠なく思える性質だった。
それなのに、こうまで悲観的になるなんて……なんだか滑稽だな。
「志賀さん?」
異変を感じたのか、雪くんが心配そうに言うけど、取り繕うことさえできそうにない。
辿り着いた結論は、最悪としか言いようのないものだった。
運命はある、今までは年甲斐なく信じていた。
だけど、今はそう思えない。
運命なんてない。
運命なんて……
「くそくらえ、だ」
大丈夫ですか、と顔を寄せた雪くんの肩に触れて、そこに落ちていた、潤によく似た柔らかな髪の毛をそっと掴んだ。
*
父は自分の子を成すのを諦めていなかったらしく、若い頃の精子を専門の施設に保存していた。何かの褒美として二人で食事した時、「子を成せばお前は用済みだ」という嘲りと共に聞いた話だ。
施設に連絡を取り、父の死亡を告げると、息子だということで返却してもらえた。
世の中、重視されるのは血ではなく、法的な関係なのだから、皮肉なものだ。
数日前、遺伝子検査を専門に行っている会社に連絡を取った。
送られてきた容器に父の精子と、先日拝借した雪くんの髪の毛を入れて、会社に送る。思ったよりも簡単だ。
あとはただ日々を過ごし、時が来るのを待ち――結果が綴られた封筒を開く。
「……関係あり、か。やっぱりな」
俺の予想は当たっていた。




