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虚界書庫から来た悪魔は、知識を使うたび自分を失う  作者: 妙原奇天


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第6話 総序列戦・予備討論――“理由優先”と“反対の三行”

 円形講堂は、朝から人で満ちていた。

 総序列戦の前哨――予備討論。議題はただ一つ、承認目録を“理由優先”に改めるかどうか。

 壇上には四つの席。左から規程委員長、監査官ノエル、上位寮代表セレスティア、そして劣等寮側の提出者(私とリズ)。観客席には審級を務める学生二十名、傍聴の生徒たち、教員、礼法会、そして司祭の長衣も見える。


 鐘は二度。委員長が木槌を叩いた。

「議題〈承認目録“理由優先”案〉を開く。――提出者、賛の三行を」


 私は立ち、声を整える。

「一、理由の公開は再現を生み、再現は学習を可能にする。

 二、字句の権威は由緒に依るが、理由の権威は検証に依る。

 三、よって**“理由優先”への改正は背徳災の抑止と学園の知の持続**に資する」


 続けて、リズが胸元のカードを返し、反の三行を先に置いた。

「反一、理由公開は虚飾を誘発し、見栄の文章が増える。

 反二、検証は負担を増やし、疲弊を招く。

 反三、再現を重んずると個別の天才が埋没する」

 彼女は一拍置いて、小さく付け加える。「――だから臨時緩衝条項(反意行の併記)を制度化する」


 委員長が頷く。「賛反同時提示。良い。――上位寮代表、意見を」


 セレスティアはゆっくり立ち、最上段の傍聴席を一瞥した。司祭アウレリウスの長衣が、光の継ぎ目に溶け込んでいる。

「上位寮としての初期見解は保留。けれど個人として、賛二・反一」

 彼女は指で空をなぞる。

「賛:背徳災は、意図と文言が密着しすぎても乖離しすぎても起こる。理由を差し込む**“隙間”**は、両方を防ぐ。

 賛:由緒は美しいが、餌にもなる。理由は噛みごたえがある。

 反:理由の公開は、弱者の言い訳にもなる。制度疲労をどう抜くか」


 礼法会の席から手が上がる。臙脂の腕章。

「質問。“理由”が短くなるほど、鋭い嘘が通りやすくなる。三行は短すぎないか」


 ノエルが木製の筆を回し、短く答える。

「三行は扉だ。中身は再現記録。――**“短い嘘”は“長い検証”**で剥がす」

 監査官の声は、会議室の壁に残る判例番号のように乾いていた。


 私は補足する。「三行は要約であり、契約の見出しです。見出しがない文章は、棚に入らない。棚に入らない知は、消える」


 傍聴席の一角から、ふっと笑い声。司祭だ。

「消える知も、あるべきだろう?」

 彼は肩を竦める。「白紙は、詩のための余白でもある」


「余白は必要です」

 リズが素直に応じる。「だから白紙封止は二行だけにしました。詩は二行の前後**に置いてください」


 微かなざわめき。審級の視線が、遊びに傾くのではなく、理解に寄る。

 私は胸の内で置換に触れる癖を抑えた。使わないと決めた日には、舌まで節約しないといけない。言葉は刃、そして炎。燃やせば光るが、燃やし続ければ灰しか残らない。


「では、具体に入る」

 委員長が札を掲げる。「承認目録〈召喚〉の正目録候補。儀礼・理由・結果の三層に再編――“理由優先”の草案を朗読」


 書記が読み上げる。

 〈召喚の権威は、契約の意図および再現可能な過程を中心に記録する。儀礼は参考に置く〉

 〈承認要件A:再現性(2)/B:反証履歴(2)/C:審級範囲(2)/D:利害開示(2)〉

 〈反意行の義務:賛三行/反三行の併記〉


 ここで、予感のような寒気が足元から這い上がった。

 扉脇。無記名のビラが束で差し入れられる。巡回の生徒が何の気なしに置いた紙を、風がめくった。

 表題は太字――「理由優先=言い訳優先」。

 短い文。“劣等寮は負けを文字で覆う。実力は血で測れ”

 墨は新しい。誰かは、今これを刷っている。


 委員長が眉をひそめる。「資料の持ち込みは前もって――」


「良い」

 セレスティアが先に紙束を取り上げ、二枚を審級へ回した。「反の見本として扱いましょう。短い嘘は長い検証で剥がす」


 礼法会の席から、低い笑いが漏れた。力の派はいつだって短い言葉が好きだ。

 私は黒板に枠を描く。

 言説の棚――見出し/理由/再現/反証。

 ビラを棚に入れる。見出しは強い。理由は、無し。再現は、無し。反証は、容易。

 私は審級に向けて、淡々と言う。

「最小の反証を置きます。昨日の礼拝堂での反証会――匿名寄進が**“言い訳”かどうか。理由三行と負担会計で判定しました。“理由優先=言い訳優先”**は、成り立たない」


 ノエルが手短に補足する。「言い訳は検証を避ける。理由は検証に晒す。――制度が晒す側に立つかどうかが、今回の議題だ」


 審級の一人が挙手する。細い眼鏡。

「反意行の強制は、弱者に負担を強いませんか。自分の主張にわざわざ反対の三行を書くのは、訓練のない者ほど難しい」


 リズが一歩前に出た。「だから三行です。長い反対論は書けなくても、三行なら書ける。訓練は三行から始まる。授業に組み込みます。点数を付けます」

 彼女の声は、静かで強かった。寮の小さな机で何度もカードを裏返してきた者の声だ。


 司祭が、初めて真正面から口を開いた。

「神学札は詩と余白を扱う。理由優先で、余白は生き残れるか?」


「余白は残る」

 私は即答した。「白紙封止は二行を許す。詩は二行の外側で息をする。目録は息の場所ではない。棚だ」


 司祭は唇を弧にする。「棚が高くなりすぎると、詩は届かない」


「踏み台を置く」

 セレスティアが肩をすくめる。「“参考”の踏み台。正に上がるには検証が要る。詩は参考に置いておけば見える」


 会場に笑いが走り、すぐに消えた。

 委員長が木槌を叩く。「――採決前に、実演を挟む。討論会は言葉で決まる。言葉の置き場所を試せ」


 私は黒板に、今日の即席題を掲げた。

 〈題:“教練の罰走を廃止すべきか”〉

 セレスティアが賛側、礼法会の代表が反側。各々、賛三行/反三行を用意し、審級が配点する。


 セレスティア(賛)――

 賛一、罰走は疲労で再発を招く。

賛二、理由の公開がなければ、不公正が蓄積する。

賛三、代替は補習と反省記録(再現可)。

 反(自らの反意行)――

 反一、即効の抑止力が低下する。

 反二、補習は時間を圧迫し学習を阻害。

 反三、記録は改竄の余地がある。


 礼法会代表(反)――

 反一、罰走は簡明で公平。

 反二、身体の鍛錬は礼の土台。

 反三、伝統は一朝一夕に捨てない。

 賛(彼の反意行)――

 賛一、疲労は礼を乱す。

 賛二、理由の公開で不正が減る。

 賛三、補習は目的に適う(学力向上)。


 審級が各行に2/1/0の小さな点を打っていく。理由が目的に適うほど点は高い。

 結果、賛側15/反側12。僅差。

 ノエルがまとめる。「即効と持続。再発率と疲弊。――“理由優先”なら、議場は理由の場所になる。罰走は参考の棚で残る」


 委員長が木槌を叩いた。

「採決。審級二十名、“理由優先”草案への賛否」

 札が上がる。

 賛十三、反七。

 木槌。

「可決。ただし暫定――総序列戦の本議決にて最終とする」


 歓声も罵声もない。制度の音だけが残る。

 私はわずかに息を吐く。置換を使わず、ここまで引いた。逃げるべき炎は避け、燃やすべき紙だけ燃やした。

 そのとき、天窓の近くで白いものが旋回した。

 蝶――ではなく、リボン屑。誰かの髪飾りの切れ端。だが、一瞬、心臓が跳ねた。

 胸の内側に、昨夜受け取った紙片が触れる。〈土の匂い〉。

 まだ足りない。頁は三口で一枚。支払いは、始まったばかりだ。



 討論後、講堂の裏手で短い休憩。

 セレスティアが柱の影に私を呼ぶ。「可決は可決。でも、反対の三行は予想以上に上手だった。礼法会に書ける子がいる」


「書ける反対は、敵ではなく資源だ」

 私は応じる。「反証会の席を一つ、礼法会に」


「――出血ね」

 彼女は笑う。「潔いわ。総序列戦で勝つ気がある顔」


 そこへ、灰外套が近づく。ノエルだ。

「網が鳴った。白紙――承認目録〈召喚〉、儀礼列に新たな空白。講堂の外、張り紙が増殖。“理由優先=言い訳優先”の第二刷だ」


 私は頷き、指を揃える。段取り。

「止血から。仮文言二行を審級で。張り紙は棚に入れ、反証へ」


 リズが駆け寄る。手には小瓶。

「中庭の土、朝露を含ませました。匂いが濃い」

 小瓶の口を開けると、石と草の混じる匂いが立った。講堂の喧噪が薄れ、虚界が遠のく。今ここに、世界が厚くある。


「支払いの二口目は?」

 ノエルが訊く。

「再現の公開」

 私は即答する。「今日の即席題、負け筋と勝ち筋を並べ、どちらも公開。反意行の実演記録を寄贈」


 セレスティアが片眉を上げた。「自分の刀を貸すつもり?」


「刃は研ぐほど鈍る人もいる。公開は鈍刀を包丁にする。使う場が変わる」


 彼女は笑い、肩を叩く。「総序列戦は明後日。明日は棚卸しの実演で前夜祭にしましょう。観客を審級に昇格させる練習」


 ノエルが紙束を差し出す。「監査院からの布告草案。“蝶の網”試験運用開始。観測ログは公開の方針で」


 私は草案に目を落とし、署名する。リズも続く。セレスティアは髪を整え、堂々と筆を走らせた。



 夕暮れ、講堂前の掲示板には二つの紙が並んだ。

 左は煽りビラ――「理由優先=言い訳優先」。

 右は公開記録――〈即席題“罰走”の賛反/配点一覧〉。賛三行/反三行、審級の点、反証。

 行き交う生徒たちが、左を一度見てから、右に長く留まる。

 光は公開でできている。蝶が寄るかは知らない。人は寄る。


 掲示板の陰から、一匹の白い蛾がふらりと飛び出した。

 私は思わず追いかけ――止まる。

 追うのは網が張れてから。支払いの行列を崩すな。

 リズが小瓶を掲げ、微笑む。「匂いは残る」


 私はうなずく。

 理由を先に、詩は後に。

 置換は、最後に。


(第7話「棚卸しの前夜祭――観客はいつ判定者になる?」につづく)

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