◇動かない時計のカラクリ
※タイミス…タイムタウン中央に佇む、時計塔の略称。(タイミス時計塔)
「エイエイオー」なんて悠長には意気込んでいられない。
現に、敵はそこまで迫ってきているのだから。
『*哨戒人形よ、主に忠誠を誓え。』
そんな緊迫とした雰囲気だったものだから、しれっとシャゼラがとんでもないことを言っているのに、私たちは気づくわけもなく…………。
彼女がまた、今度は左手の指を骨折させて詠唱すると刹那、さっきと全く同じく彼女の背骨を沿った首筋あたりから、粘り気のある真黒な、哨戒人形の肉体になる物質が放出され。
「……シャゼラシャゼラシャゼラシャゼラ─────!!」
再びノイズに変貌し、今度そのノイズはシャゼラから分離せずに、彼女自身を取り込んだ。
そのノイズは彼女の皮膚に溶け込んでいた故、二度と元に戻らないか心配だったが、心配事は事が終わった後にしないと今は気が持たないと、叫んだ直後に気がついた。
昨日から今日にかけての様子を見て、彼女の身体は取り返しのつかないことになりかねない。
血を吐くほど自身を犠牲にする質だ。
しかし、もう既に人形を身に纏って臨戦態勢へと突入している。
私が、ここまで身を挺して街を守ろうとする彼女の努力を無駄にするわけには当然いかなかった。
半径一メートルの円を囲んだ、決意の領域にて。
スイバクから見て右に─────右腕が欠損したバリスタは、慣れない左手で剣を構える。
左に─────哨戒人形使いの亡命少女は、フラッペから貰った赤ラインのドレスと、哨戒人形を身に纏う。
その間に挟まれた、どうしようもない私はまだ使用していない指を全て掻き鳴らしてから詠唱し、煉瓦、石工の建物、鉄工の様々な物体を無作為に抽出して牙を現出させた。
使える指は全て使ってしまった。
故に、もうやり直すことは叶わない。
使える牙は、残り二十本。
間には何の障害物もなく、私たちの真正面数メートル先に、三日月じみた笑顔を魅せたスイバクを、この場で討伐しないといけない。
しかし当の取り憑かれた女性に、危害を加えるわけにはいかない。
考えろ。牙で動きを制限している間に。
「腕ないんだぜ?だァってのに、ものの数秒で絆ごっこ始められるくれぇに余裕はあんだな。」
私が牙を現出させた故に、魔力などといった圧力はそっちにいってしまい、ドミノ重ねの器は倒れるように崩壊し、砂煙からスイバクが、眼を光らせて此方を伺っていた。
奴の右手には、幻影剣。左手は、さっきタイミスへと伸ばし爆破させた、あの触手のようなものに形を変えていた。
「本職ギルド職員に、ここまでさせるとか、本っ当に、とんだ痛客だわ。」
「痛でで、……自分も、本業はバリスタだ。かの有名な、な。少し前まで、言葉で分かち合えたなら、近づきのしるしとして珈琲の一杯くらい無料で提供してやってもいいと、そう思っていたんだが。」
「あ、あたしも本職は、……」
「リリーナ、シャゼラに気を遣わせたことを申し訳なく思え。」
「いや、私に言うのも間違ってるけど。スイバクに謝らせてくれない?」
「だってさ、スイバク。謝れだってよ。」
リリーナの悲痛な嘆きから始まったこのくだりは、どうしても冗談が混じり、挑発味を増していく。
「自分の負った傷の痛みを取り繕ってるんだろうが、てめぇら笑えてねぇんだよ!内心は絶望的だと思いつつ、それでも周りが!仲間が!勇敢に立ち向かおうとしてるから自分もそうしなくちゃってか?偽善も甚だしいんだよ。」
「偽善も人生を生きる上で必要な術だ。まぁ取り敢えず、スイバク。お前も、偽善で良いから傷つけた人たちに謝れ。さっきのは冗談に見えたかもしれないが、本質的には冗談じゃねぇんだよ。」
「………てめぇら誰だ?誰の立場でモノ言ってんだ?」
憑依された女性の、元より高い声は、低く響く故に、此方まで届かなかった。
そして───────音は鳴った。
その、音を察知したときにはもう、距離が消えていた。
私の洞察力に優れた眼が捉えたのは、インクのように垂れた眼光の余韻を残して、フラッペの元へと間合いを急激に詰めるスイバクの姿だった。
鋭かった。何もかもが。
「っフラッペ───!!」
私は叫び、シャゼラは目を見開いて動けず、フラッペさんは、不意に剣を奴の方へ突く。
スイバクは、何の防御も無しに此方へ迫ってくるものだから、人を殺したくない筈のフラッペさんも、つい防衛本能で剣先を奴に向けている。
しかし刹那。憑依された女性の表情が、奥深くから訴えかけてきている雰囲気が感じられ、女性自身から、再び何か魂のようなものが抜けていくのを視認できた。
「……っ違、フラッペ、違う!その人は、殺、殺しちゃ駄………目………。」
フラッペさんは、咄嗟の流れで女性自身の首元に、青黒い金属光沢を魅せるその剣を、貫通させてしまった。
即死。という帰結は、この先に何の希望も据えていない。
加えて、このた騒動に終止符が打たれたわけではなかったことに気づいたら、フラッペに「あなたは悪くない」などと言える余裕すらなくなってしまった。
そう、決して結末を迎えていないのだ。
フラッペさんがスイバクを刺す直前で、取り憑いた身体を捨て、逃げたのはどう転んだとしても”勝利”とは言い難い。
「人殺……し。」
フラッペさんの握っている剣の先端は、未だ女性の首を貫通している。
恐慄いて、離せないのは当然である。
何せ身体中硬直して、当の剣を握っている腕は、ひどく痙攣している。
私も、シャゼラも、フラッペ自身が発したその言葉を振り払うように首を横に振った。
「冷静に考えてみれば、殺さない方法なんて幾らでもあった筈なのに。」
どうせ、いくら冷静に思考したとしても、フラッペさんの、現状の心理状態では最善案など見つかるまい。
と言っても、別の選択をしていたら、なんて言葉だって、単なる言い訳に過ぎない。
「自分は、人殺……」
「っ……うるさい。そこまで人殺しを強調して、同情を得たいわけ。自分でも咄嗟に出た防衛反応だって、理解してるでしょ。自分で殺したなんて、微塵も思っていないんでしょ。……その通りなんですよ。だから、……ゆっくり。その手を離してあげて。」
スイバクには、逃げられてしまった。
それも、これでもかと言わんばかりの哀痛さを残して。
巨木のように反り立つ、タイミス時計塔を中心に広がる城下町のような街の貿易路にて、砂埃と黒く濁った血液の薫りは、劣等感と罪悪感で生まれた静寂を、更に暗黒へと誘う。
一体、現時点で幾つ墓を建てなければいけないのかと言わんばかりに、私たちの周りには、『生きられなかった証』が転がり落ちている。
自前の剣を放ったフラッペさんも、哨戒人形魔法を解いたシャゼラも、ほんの数時間前までは活気の溢れていた、タイムタウンの明るい余韻と、現在の黒い街を思い比べ、絶句している。
使える牙は、残り二十本。
どの牙も、使わずに時間だけが過ぎてしまった。
私は深く一度呼吸をして、現出させた牙と魔力を、元に還した。
あの場で怖気付いて何ひとつ行動できなかった私を、責めて、殴って欲しいとすら感じるまでに無力感が心の容量から溢れていた。
誰も彼も、口を開こうとはしない。
その静けさに続くように、各地で燃えていた火が、
風によって自然鎮火され、もはや「夜」より暗い世界に突入した気分だった。
しかし、そんな雰囲気に一転を齎したのは。
「君たち……!……なにしてんだ……!」
一瞬、声という声には聞こえず、風がなにかに当たって幻聴でも聞こえてるのかと思っていた。
しかし、空から何やら”時計の針”を彷彿とさせる刀身の、これまた重厚な重さの剣が一本降ってきて、付近の花壇の土に刺さった。
私たちは、すかさず上を見上げる。
危険とか、そういうものすら考えずに。
「爺ちゃ、」
「クローさん……!」
この暗闇から見ると、絶対目には悪い明るさを灯す、タイミスの中間地点の出窓から、クローさんは身を乗り出して此方の身を案じていた。
「っあたし、親方のこと心配して……!」
「リリーナちゃんも、シャゼラちゃんもいるじゃねぇか!!……誰一人も欠けてなくて嬉しいってもんだ!」
「親方て……シャゼラも、爺ちゃんのことを。」
フラッペさんは、顔を隠すように目に付いた塵を払いながら、返答は求めていなさそうな問いかけをした。
「また追い出されるのが嫌で、フラッペとリリーナの言っていた人を店中探して、突き止めて、会いに行ってきたんです。」
「そんなことしてまで。」
シャゼラの八方美人さを根っから感じて、これまた違うニュアンスでも申し訳なさを自覚した。
「そ、それより爺ちゃん!……早く避難してくれよ!此処で逆張って滞在するとかいらないから!!」
十数年ぶりにしたまともな会話の一言目は、身を案じた言葉だということに変わりはないが、どうも喜ばしい雰囲気とはかけ離れていた。
「…………、階段だ。」
直後、大声で話しているが距離のせいか、ぼそっと呟いているようにも思えたクローさんの返答。それは、あまりに抽象的だったが、何となくの察しはつく。
「じゃ、じゃあ今から助けに行くから待ってて!」
それは、あまりに無鉄砲で、そして無責任な言葉だった。
”降りる階段も、登る階段もないんだよ、フラッペさん。”
フラッペさん、という人間の本質など、ここ二日でたかが知れていた。
「フラッペ、もう無理しなくていいから。フラッペ、クロー親方はあなたのことなんて嫌っ───?!」
「フラッペフラッペ煩いんだよ!!……なぁ、君のこと、分かった気でいたが、何も分からないよシャゼラ。……こっちは、これでも最大限に動いたんだ。今すべき事は何かと考えて、全部失敗に終わる。それでも、またしなければならない事があれば動いて、また失敗して。……それでもまた、自分がしなければならない事が出来たんだ。────爺ちゃんが、自分のこと嫌いだなんて、誰に何を言われたとしたって、たかが知れてるんだよ。なぁ、シャゼラも、って────な、なぁ。泣くなよ……」
シャゼラの両肩を強く、それも爪を立てて刺すような勢いで鷲掴みにし、強く彼女を睨みつけたフラッペさん。
それを真正面から受け止め、信用という足場を失いかけ、大粒の黒い涙を浮かべのはシャゼラ。
誰も信頼できない故の亡命。そして、タイムタウンにて初めて生まれた信頼感と、心の拠り所。
数十年、不安と絶望で溢れても止まることを知らない心に、愛という蓋を施してくれたフラッペさんに、彼女────シャゼラは、依存していたのだろう。
結論、何方も私は責めることができなかった。
二人とも、悪くないから。
そして、そんな様子を傍観することしか出来なかったクローさんは、此処からでも分かるほどに、引き攣った雰囲気を醸していた。
たかが二日しか旅路を共にしていないが、フラッペさんは間違いなく善人である。
それにも関わらず、昨日も、ましてや今日だってフラッペさんとクローさんはまともに話すことか出来なかった故に、現在の孫息子の印象は、今この最悪な状態のものが定着してしまったのかもしれない。
「……フラッペ。─────っ、んがっ……そこまで辛かったなら、素直になってあたしたちに教えてよ。……剣士は、頑固だって聞く。っ尚更、あのお爺ちゃんの孫ともなると、そうなんだよ。」
噎せて、嘔吐いて、赤く黒い液体を出し、咽び泣きながらシャゼラは言う。
フラッペさんも、私も、彼女の背中をさすってあげることしか出来なかった。
「唯一出来る治療魔法を、気管と喉、消化系にしておいた。あくまで穴が空いたところに魔力で蓋をしただけだが、ちゃんと医者から倣ったやつだから安心しろ。ほらこれ、さっきの野次馬みたいな奴らがくれた、水とパン、あと地中野菜だ。念の為、物陰で食べろ。」
◆─秒針は、運命を刻み始める
孰れ、日が回る一時間前の時報が鳴り、事に収拾がついたと勘違いした民衆が数人、私たちの身を案じて駆けつけた。
しかし本来なら去英時を過ぎての外出はこの街では望ましくない為、少し事の説明をしたら怖気付いて数人は颯爽と帰って行った。
「その話、にわかにも信じ難いが……もし本当だってんなら、この街も繁盛もんだな。ハハ。」
”数人”は、帰ったが、一人だけその場にまだ残っている青年らしき人が、乾いた笑いで軽い商売話をした。
この場が暗すぎるが故、具体的な特徴は捉えられなかったが、直ぐに懐中電灯を持って照らしてくれた為、顔が良く見えた。瞳がとくに青みがかっていたが、普通の青年という印象である。
その青年は、とくに私たちの身を案じるでもなく、話だけ聞いて首を傾げ、何かを考えている。
「あのさ……、私たちは犠牲を出しながらも、保安に力を尽くしたのに、その態度は何……?」
私の彼に対する憤りは、スイバクに並ぶ何かがあった。
「そこの、一生懸命に餌を食べている小動物は、その”力を尽くした”に値するか?」
そんなことも知らず、青年は鋭く青い眼を光らせながら、私たちの心を抉り、悪意を沸かせる単語を並べていく。
「当たり前でしょ。たぶんあなたの踏んでいる液体は、シャゼラがこっぴどく吐血したものよ。」
「うわぁ、汚ねぇ〜」
「…………名を名乗りなさい。私の仲間を侮辱したのよ、それなりの対価は付くと思いなさい。」
「もはやあんたが裏光だなぁ。怖ぇ〜」
その話し方には、紛れもなく”彼さ”を感じさせる。
まだ、戦いの後始末をする時ではなかったのだ。
「ま、こんだけ暗けりゃ街ん奴らが過ごしにくいだろ。あん時計塔の灯火ををこっちに持ってくるかァ。簡易的な後始末ってやつ?……発端にも責任はあるからなァ。ハハ。」
「……なぁ、野次馬の中に一人ケラケラ気持ち悪い薄笑いを浮かべて来る奴がいたからぁ警戒したが、お前のその演技、ヘッタクソ過ぎてバレバレで、回り回って面白いわね─────スイバク。性懲りもしないお前に、罰を下す時が来た。何処まで逃げたって、追いかけるからな。」
私が、再び罪のない青年に取り憑いたスイバクに対し、そこまで言えたのには紛れもない裏があるからだった。
カラクリが、生憎解けてしまった。
「シャゼラ。君は十分に頑張ったよ。そして悪かった、つい感情的になってしまった不甲斐ない自分を、事が終わったらことごとく呪ってくれ。」
フラッペさんは、もう動かない右腕を垂らして、そういった後に、最後の持ち場に戻ろうとしたが、シャゼラが、強ばった淡い笑顔で彼の頭を撫でた。
そして、フラッペさんはまたシャゼラの方を向き、強く抱きしめてから戻る。
二人とも、泣いていた。
そして花壇に寄って、すぐ抜けるはずの時計の針の剣を、力強く、さも自身を英雄のように思って引き抜いた彼の姿は、私の鼓動を再び、動かしてくれた。
「スイバク。あなたって、もしかして魂の状態で居られる時間、少ないんじゃない?」
首を傾げて、悪戯げに笑って挑発してみる。
RE:コード・スイバク。
とうに廃れた存在と、寧ろ御伽噺の世界にいる存在だと言われていた、『堕ちた英雄』の名称。
スイバクを、特別知りたいとかいった考えは皆無であるが、ここ数日の動きを分析してみると、奴は常に誰かしらの身体を乗っ取っていることが分かる。
即ちそれは、魂でいること自体が弱点だと自分で言っているようなものなのである。
そして、フラッペさんがスイバクの取り憑いた女性を刺してしまったあの時。
奴は自らその身体を捨て、魂の状態になって逃げて行った。
取り憑いた身体諸共刺して息絶えさせれば、スイバク自身も消滅するのかもしれない。
だったら、─────私に取り憑かせて、殺してもらおう。
「それが正解だったとての話だろォ?」
「正解……みたいね。」
反応からするに、何ひとつ違ってはいない。
「リリーナ。自分は、何をすれば。」
すると、さっきまでは男らしく一騎打ちだ、とか言っていたフラッペさんが、小声で分からないように私に問い、頼ってきた。
「かの有名なバリスタなら一度で理解してください。────刺す振りをして。」
本話もお読み頂き、誠にありがとうございます。
尚、この物語に登場する地域、物品などは現実に存在するものと類似していることがありますが、ご了承ください。
☆を一つ増やしてくださるだけでも、私にとってかけがえのないモチベーションになりますので、是非してくださると嬉しい所存です。
加えて、改善点等ありましたら教えてくださると、私の執筆能力も向上しますのでよろしくお願いします。
◆それではまたお会いしましょう!
【ヒーローは遅れて登場したい!】




