012 最終話/後編
霊安室の中で、永井先生と私は、あの日のことを思い出していた。
(そういえば、運び込まれた私の命を、必死に繋ぎ止めようとしてくれたのが、永井先生でしたね)
「当たり前だろ。だって私は……」
少し間があいたので、私が続けた。
(だって私は……先生、ですもんね)
その言葉を聞いた永井先生は、何故か肯定しなかった。
「医師としてよりも、純粋に、ただ君を……守りたかった。ひとりの男として」
(えっ……)
「しかし、それは叶わなかった。だから私は、生涯独身を貫いた。そしていつか、君と再会することが出来たなら、その時は……あの日言えなかったこと、それから、胸に秘めていた想いを伝えようと誓って生きてきたんだ」
驚きすぎて、瞬きをすることしか出来ずにいる私。
(……私も永井先生には、きちんと言わなきゃと思っていました。あの時は、本当にありがとうございました)
永井先生が聞きたいのは、こんなことじゃない。
そんなことは分かっていた。
「君の本心を聞かせてくれないか?」
永井先生に真剣な表情で言われた。
“幸せになる──”
考えたこともなかった。
(私は……私は。いえ、私も……大好きでした。素敵だなって、先生と一緒になれたら私…………幸せになれるって)
想いは一緒だった。
生前、一瞬のような出逢いだったけど、私も永井先生のことを愛していた。
「じゃあ一緒に……」
永井先生の言葉を最後まで聞かず、私は頭を振った。
(とってもうれしいです。亡くなってからでも、こんなに胸を締め付けられるほどの想いを抱けるなんて……私は幸せです)
溢れ出る涙が邪魔で、永井先生がどんな表情をしているのかわからなかったが、嗚咽をこらえ、私はさらに続けた。
(……私は、亡くなった方々を正しい道へと導くために、この地と自らを縛ったんです)
「君は亡くなってもなお、誰かの幸せを願っていたんだね。ここから離れることは、出来ないのかい?」
(…………はい)
「正しい道へと導く……か」
(…………はい)
どうしようもない事実が、私達の間に壁となって立ちはだかった。
「ならば最後に一度だけ、君を抱きしめさせてくれないか」
(…………はい)
相思相愛だった私達は、命の向こう側で再会を果たし、しかし、叶わぬ恋心を確認した。
決して触れることの出来ない魂を、私は優しく包み込んだ。
しばらく抱きしめたあと、光り輝く道に大好きな彼を送り出した。
その後ろ姿が見えなくなるまで、私は手を振り、心の中で何度も彼の名前を呼んだ。
声に出せば、彼はこちらに未練を残してしまう。
私の役目は、亡くなった方々を、正しい道へと導くこと。
(圭一郎さん。いつかまた……ここで)
光の道が消えると、私はこの先も、人々を見送る覚悟を決めた──
◇◆◇◆◇
そして今日も──
(さぁ、この光の道を、振り返らずに進みなさい)
そう願いながら魂へ呟く──
全12話、更新を追いかけてくださった皆様、本当にありがとうございました。