10.当たり確定宝くじ
お盆休みの家族会議から季節2つ分経過し、世間はすっかりクリスマスムードになってきた。
田辺家は水面下の計画フェーズはともかく日々は変わらないリズムで過ごしている。
愛希はおませなおしゃべり娘に進化を遂げ、俺は相変わらず保育園でボッチ生活をエンジョイし。
自分で言ってて寂しくなるんだけど。
いや、最近は鬼ごっこやだるまさんが転んだあたりには混ぜてもらえるようになったんだ。少し成長している。
俺の進学準備も着々と進んでいる。ひとまず今住んでいる小学校に通い、計画中の将来設計が実行に移されたら途中で転校になる予定だ。覚悟はすっかりできている。
愛希が小学校に上がる前には計画を進めるか頓挫するか決めて欲しいところ。
そんな冬のある日。
寒がる猫たちの暖房器具を探しにショッピングモールへ家族で出かけることになった。
そのショッピングモールのホームセンター入口で、俺はある1点に目を釘付けにして足を止めた。
俺に気付かず先に行ってしまった両親が、しばらくして戻ってくるまで、視線固定で。
「晴人、置いてくぞ。……? 何見てるんだ? 宝くじ?」
「年まつジャンボ、だよね、アレ」
「そうだなぁ。今年も記念に1束買っとくか」
ヒョイと抱き上げられるのに身を任せて寿也の肩に腕を回して掴まって、それでも俺はその売り場窓口に視線固定で。
いや、だってな。
久しぶりに俺のチートな鑑定眼がチートな能力を発揮してるんだよ。
【鑑定結果】
名称 年末ジャンボ宝くじ抽選券
詳細 宝くじ抽選券。未販売の10枚連番束袋を積み上げたもの。上から3袋目4枚目に懸賞金1等前後賞付き7億円の当たりくじが含まれる。
これから抽選会が開催される宝くじの当たりくじが分かるとは思わなかった。自分でビックリだ。4枚目ということは、3枚目と5枚目が前後賞に当たるはずで、鑑定結果が間違っていなければ、必ず当たる宝くじになる。
これ、どうしよう。
鑑定さんがせっかく教えてくれてるのだし、買うべきか?
「としや。3たば買って」
「んあ? なんでまた」
「当たりくじ、3たば目」
は!?
そんな表情で俺を見下ろし目を合わせてくる父親に、俺もしっかり見返した。
それで、冗談ではないらしいと判断したようで、ちょうど誰もいない売り場窓口へそのまま向かってくれた。
「連番、10束でお願いします」
「はい。3万円になります。当たりますように」
年末ジャンボは年に一度の記念購入する人が多いらしく、10束なんて豪快な買い方も珍しそうに見えなかった。案外このくらいは普通なんだろうか。
寿也の手元に届いた宝くじの束は、改めて鑑定してみてもやっぱり当たりくじ入りと記載されていた。
購入時に当たりくじが分かるとドキドキ感は欠片もなくなってしまうのが残念だ。逆に、鑑定眼初の読み間違え疑惑にドキドキする。
「3たばでよかったのに、なんで10たば?」
「当たるって分かってるなら、先行ご祝儀出してもバチは当たらないだろ?」
「太っぱら」
「それほどでも」
俺自身でも外れる不安があるのに、寿也は度胸がありすぎだ。
クリスマスイブは家族でパーティーを開いて過ごした。
サンタクロースも何もな大人頭脳の俺とサンタクロースがまだ理解できない愛希が相手なので、クリスマスプレゼントは直接渡される。いらないって事前に言っておいたんだけどね、両親揃って「子ども扱いさせなさい」だそうで。
愛希へのプレゼントはミルクを飲ませたりオシメが濡れたりする赤ん坊ギミックが付いたお人形。
俺へのプレゼントはスマホだった。しかも機種も通信契約も選ばせてくれるという豪華仕様。まったく子ども扱いじゃないだろ。
その後年末までは両親ともに仕事が忙しく、特にさっちゃんが大変そうだったので、俺は愛希と一緒に保育園をお休みして自宅待機することになった。
さっちゃんはギリギリまで保育園の送り迎えをすると主張していたが、所内総出で年末進行の児童相談所で保育園のお迎え時間に退出なんて無理だから。去年までは普通の幼児を装っていたから無理だったが、大人頭脳をバラしたのをこれ幸いと俺から留守番を強行した形だ。
そもそも年末までせいぜい1週間程度だ。食料も冷蔵庫からだして温めるだけの鍋とか用意してもらっているし、うちのガス台は電磁調理器だし。愛希の世話は猫たちも協力してくれるから、全く問題なしだ。
大晦日ギリギリまで、自宅にいられない育児放棄被害児童やら忘年会で前後不覚に酔った親からの暴力被害児童やらの対応に追われていた両親は、大晦日恒例の紅白歌合戦が始まる前後くらいに相次いで帰って来た。
おせちはネットで注文してあったものが今朝配達されてきたので俺が受け取ってキッチンで常温解凍中。大掃除も高いところは無理だけれど、トイレと風呂と床掃除はしておいた。年越しの準備は俺なりに万端。
寿也が帰って来た途端にテレビをつけたから何かと思えば、国民的大ヒットお子様アニメの劇場版がテレビ放映されていたらしい。普段はドタバタ日常劇なのに、劇場版になると壮大な感動ストーリーになるのは何なんだろうね、相変わらず。
愛希がテレビに釘付けになり、クッキーが仔猫たちと巣に敷かれたホットカーペットでヌクヌク丸くなり。さっちゃんは年越しそばに乗せるかき揚げを揚げている。
残る寿也は、日本酒とさっちゃんが3日前から仕込んだおでんをリビングテーブルに並べ、スマホを弄っている。開くのはもちろん、大晦日に抽選会が予定されていた宝くじの当選番号ページだ。100枚ある宝くじを袋に入れたまま積み、指先がリンクを辿っていく。
俺は寿也の膝の上でその行動を見守っていた。
「お、あったあった。これだな」
呟いて、スマホはテーブルへ、宝くじを手元に持ちかえる。
連番が10束あるので末尾1桁一致の3,000円は確定として。
「はぁ。本当に当たってる」
「え!? じゃあ、7億!?」
「うん。1等前後賞。組番号もちゃんと一致してる」
当選予言はされていたものなので、驚くや喜ぶといった感情も通り越して脱力したらしい。寿也が呆然とそう告げ、代わりにキッチンからさっちゃんが駆け出してきて、寿也の隣に先客の愛希を掬い上げて滑り込んで来た。手元の愛希も、俺までも巻き込んで、寿也に抱きつくさっちゃんは満面の笑みだ。
「やった! スゴいスゴい!!」
「はぁ、なんか、実感湧かんわ……」
「もう、寿也ったら。心の準備が足りないわ!」
「男ってのはまさかの事態に弱いんだよ」
「事前にわかってたんだから、まさかじゃないでしょうに。はるとくんの鑑定チート、信じてなかったの?」
「いや、ほら、ハズれる覚悟ってのも必要だし、ね?」
ね、と言われてもな。
仕方がないわねぇ、と言いながら撫で撫でクシャクシャと寿也の頭を撫でたさっちゃんが、ようやく少し落ち着いたようで、改めて真っ直ぐ俺を見た。
で、一言。
「晴人。ありがとう」
「おやくに立ててこうえいです」
家族ですからね。チートもためらいなく使いますよ。