夜の山で
どれくらい歩いただろう。
まだ夜じゃない。薄暗いのは木々で日差しが遮られておるからだ。だから大丈夫。オバケなんて出ない。
そう言い聞かせて歩いてきたがーーそろそろ、ちょっと、夕方くらいになってきてるかもしれない。
マズイ、きっと騒ぎになってる。
担任本当に泣いちゃうかも。三十五才男性教諭なのに泣いちゃうかも。
ケンジに秘密をばらしてでも翔を呼べばよかったか。もしくは今からでもこいつを昏倒させて...
などと物騒なことをあたしが検討しているとは知るはずもなく、ケンジはどこか張り切った様子で前を進んでいく。
「疲れたら言えよ? 足怪我してるんだし。」
「お前こそ大丈夫? 無理すんなよ?」
「全然無理してねーし。」
本当かなぁ、と、腕に抱いたリューと顔をみあわせる。
リューは歩けると言っているが、あたしが、抱いてる方が落ち着くのでそうさせてもらっている。
「夕飯までに帰れるかなぁ。」
気を紛らわしたくて、あたしは話題を探す。
どうでもいいときはひたすら話し続けられる仲だが、こういうときはさすがに会話が弾まない。
「今日の飯は宿舎で用意してもらえる飯だったよなぁ、何だろーな?」
「山の幸とかかなぁ。... 腹減ってきたなぁ。」
ポツポツと話しーー
「あ、俺、まだチョコ残ってる。」
「でかした!」
「やるって言ってねーけど。」
「ええー?」
「冗談だよバカ。」
笑ってナップザックからチョコを出したケンジが、こちらを振り向いてーー固まった。
え、何? ーー何!?
嫌な予感がするので、振り向けない。
まだ夕方だよ? そういう時間じゃないと思うよ?
ーーけど、昨日見ちゃったのも、このくらいの時間だったかなぁ...
「私にも、ちょうだい... 」
耳元で、冷たい気配とともに、声がした。
ピシリと固まった私と対称的に、その声でケンジは我に返ったようで。
ばっとあたしの手を掴み、ケンジは走り出した。
チョコが腐葉土の上に転がる。
走る。走る。走る。
走り続けてーーケンジが転んだ。足場が悪いので時間の問題だっただろう。
「くっ... 」
あたしは何とか踏み止まって、ケンジを引き上げる。
「わりぃ... 」
しかし、一回立ち止まってしまうと、再び走り出すには、あたしもケンジも疲れはてていた。
リューがあたしの腕から飛び出して、あたしたちの背後に向けて唸り声をあげる。
いるのか...
覚悟を決めて、あたしは振り向いた。
「もー! なんでそんなに逃げるのよー。ちょっとくらいおしゃべりしてくれたっていいじゃないっ!」
対峙したその存在は、やたら能天気な口調で苦情を言った。