ミイラ取りがミイラな遭難
ペロペロと頬を舐められて、あたしは目を開けた。
どのくらい気を失っていた?
あちこち痛むが、動けないほどじゃない。
起き上がると、傍らにこちらを見上げる毛玉があった。
「心配して下りてきてくれたの? 動けなくなってるんじゃなくて良かった。」
舐めて起こしてくれたのは、この子らしい。
「リューくん、で、いいのかな?」
尋ねると、小さく首を傾げた。そして、
「本当に、お父さんとお母さんに頼まれたの?」
はっきりと、子狼は喋った。
「厳密に言うとお父さんお母さんに直接頼まれた訳じゃないんだけど、あたし、そういうお仕事の人なんだよね。」
「迷子探しのお仕事?」
「んー、リューくんみたいな、他の世界の人関係のこと全般。」
言いながら起き上がりーーあ! しまった!
「ケンジは!?」
見れば、数歩ほど離れたところにケンジが倒れている。
「落ちてからどのくらい時間がたった?」
「ちょっとしか経ってないよ。ボク下りてきたばったりだから。」
リューの言葉を聞きながらケンジに近づき、怪我を確認する。
頭を少し打ったようだが、頭部出血、内出血共になし。
他の部分も骨折とかはないようだ。
打撲と擦り傷が多数。
大したことはないようで何より。
ホッと息をつき、起きないうちに全部治すことにする。
あたしは右手に意識を集中し、患部にかざしていった。
「お姉ちゃん、ヒーリングができるんだね。」
リューが横に座って言う。
「うん、リューくんもどこか痛いとこあったら治すよ?」
「ボク大丈夫。お姉ちゃんの方が怪我してるよ?」
「こいつ治したら自分も治すよ。」
できたら治ってもしばらく寝ててもらえると、その間に自分の怪我治して、勇と翔呼んでリューくん任せて、ついでに登山道まで連れていってもらうんだけど。
とか皮算用したのが悪かったのか、だいたいの傷が治ったところで、ケンジが起きてしまった。
「ーーお前、大丈夫か!?」
起きるなり言ったケンジ、お前けっこういい奴だなと思いながら、寝てればいいのにと内心舌打ちもする。
「なんとかな。お前も大丈夫?」
「俺... どこも怪我してない気がする。ーー日頃の行いの賜物だな。」
「ーーそうか、よかったな。」
ばかめ、と思いながら適当に返事をし、この先どうしようかなぁと斜面の上を見上げる。
大声で呼んだら誰か気づいてくれるかなぁ。
藪の中もそこそこ歩いちゃったし、難しいかなぁ。
「葵!」
「ん?」
ケンジが声を上げたので視線を戻すと、ケンジの視線はあたしの右足で固まっていた。
「お前、血!」
いつの間にか、ジャージの膝下が赤く染まっている。
足のどこかに切り傷があったようだ。
「ちょっと見せろ!」
勝手にジャージを膝までたくしあげられ、ふくらはぎのあたりが意外とザックリ切れているのが目に入る。
深さは五ミリ程度かな。途中木の枝にでも引っ掻けたのだろう。
長さが二十センチくらいあるのでケンジはちょっとびっくりしているようだが、
「そんな深くないから、舐めときゃ治るって。」
あたしはパタパタと手を振って言う。
「どんだけワイルドだお前は! ちょっと待ってろ!」
ケンジはナップサックから水筒を取りだし、傷に水をジャバジャバかけ出した。
仕方なくあたしは自分のナップサックからタオルを取りだし、傷に直接触れないようにしながら足を拭くーーついでに、不自然じゃない程度に治癒しておく。
「ほら、よく見ると大した傷じゃないだろ?」
「そうだな。ったく、びっくりさせやがって。」
言って、ふとリューの存在に気づいたらしく、ふっと目が和らぐ。
「犬も無事だったんだ。」
「犬じゃなーー」
「わー!」
言い返しかけたリューを慌てて抱き上げる。
「なー! 無事でよかったよなー! よしよしよしよし!」
と、抱きしめるふりをして、小声で、
「こいつの前では喋らないで犬のふりして!」
「なんか今、ガキの声しなかった... ?」
ケンジがキョロキョロする。
「怖いこと言うなよ、こんなところにガキなんて。それより、どうやって帰るか考えなくちゃ。」
「そうだよな... 幽霊が出るにはまだ明るいし。ーーここを下っていったら帰れるかなぁ。」
「... どうだろうな... 」
言いながら、あたしはぎゅっとリューを抱きしめていた。
忘れてた...
この山... 出るんだった...
ゆっくりと、あたりは薄暗くなり始めていた。




