山だ登山だ空気がうまい
うっかり長くなりました。
夜遅くまで説教だった子達を少しでも仮眠とらせようという、先生たちの涙ぐましい心遣いで、あたしたちのクラスの登山出発が最終組に回された。
班別で五分置きに出発していくので、最初の組と最後の組では二時間近く差が出る。
てか、先生たちは徹夜だったかもなー、可哀想に...
ともかく。
説教組は強制的に保健の先生の部屋で寝かされ、そうでないあたしたちは部屋で待機したり、宿舎のすぐ周辺なら散策したりして過ごすことになったので、あたしはこっそりと誰もいない炊事場て身を潜めた。
ブレスレットを可視化し、勇と翔の名前をタップする。
しばらくして、勇と翔が画面に現れた。
「なんだよ葵。林間学校なんだろ?」
翔が眠そうな顔をして言った。
「あれ? 子どものままなの?」
あたしはその顔を見て言う。
普段、仕事するときは大人の姿になるのだがーー
「泊まり込みでやることもないやろて話になって、一回家に帰ってん。昨日あのあとすぐさま探しに行って、親に心配されんよう夕飯には一旦帰って、んで早めに寝るふりして九時くらいから二時までは探してたんやけど、これがなかなか... 」
「暗い中探すのは無謀だったかもと思って、一回帰って
寝てこれから捜索再開... 」
言いながら、翔は大きくあくび。
「そうだったんだ... やっぱりあたしも探そうか?」
「いや、これから探せば明るいから見つかるかも知れないし。少なくとも今日は俺たちで探してみるよ。」
「でも、オオカミの子心配だし... 」
「二人が三人になったところで大差あらへんて。まぁ、お前もI山におるんやったら、たまたま見つけたら捕まえたらええわ。」
「... そう?」
二人にそれぞれ言われたところに、
「葵ー? どこ行ったのー? そろそろ集まれってー!」
ハルの声がして、あたしは、
「じゃあ、何かあったら言えよ?」
と、通信を切った。
「お、なんかあの岩、いい! よしケンジ、どっちが先にてっぺんまで登れるか勝負だ!」
「望むところだ葵、落ちるなよ!」
「もー、やめなさいよあんたたちはぁ!」
ちょっとした沢のところで、てっぺんに小さな木が生えた素敵大岩を見つけたあたしとケンジが走りだし、ハルが呆れたように声をあげる。
他の班の仲間は、もはやツッコミすら入れずにはははと笑って各自沢の水をさわったりしていた。
適度にごつごつしていて足を掛けやすい大岩をよじ登り、木にタッチしたのはあたしとケンジほぼ同時。
「うん、ちょっと汗をかくと空気がうまいっ!」
「眺めもいいぞー、ハルも来いよー。」
ケンジが下に向かって手を振るが、
「行かないわよ! そんなとこ登るの、サルかあんたたちくらいだからねっ。」
ハルのツッコミはなかなか手厳しい。
「お、あっちに、橋みたいになってる倒木があるぞ!」
「え、おおー、いい雰囲気じゃん! 精霊いそう!」
ケンジが見つけた沢をまたぐ倒木目指して、あたしたちはするすると岩を降りてそちらへ駆けていく。
「... なんだかんだ似た者同士だと思うけど、なんか、確かにそういうのじゃなさそうよねー... 」
ぶつぶつとハルが何か言っているのが聞こえた気がしたが、今はそれより倒木である。
苔で滑らないように気を付けながらよじ登って腰かけて、
「なぁ、写真撮ってよー!」
と手を振る。
朽ち始めた木から生えた苔は顔を近づけて見てみると小さな木々のようで、可愛らしい。
登山って聞いたときは疲れそうって思ってたけど、山、楽しい~!
「そんなんしてて落ちて怪我でもしたら、先生また泣いちゃうからね! ほどほどにしときなさいよ!」
ハルは忠告しながらも写真撮ってくれるし。
そのあとも、木のうろを見つけたら入ってみたり、山わたりの鳥の声を聞いて姿を探したり、山を満喫しながら頂上まで登り、そこで用意されたお弁当を食べた。
と言っても、ちょいちょい遊んでいたあたしとケンジのせいで、あたしたちの班が頂上に着いたのはラストから2番目で、時刻は二時近く。
「このままじゃ下山する前に暗くなるぞ。急いで食べて、食べ終わった者から二人組以上で下り始めなさい。」
最後尾でバテた子達に付き添いながら登ってきた先生が言った。
「私疲れちゃったから、最後は先生たちと行くわ。葵、元気なら先に下りなよ。」
弁当をまだ半分ほどしか食べていないハルに言われ。
相談した結果、ハルだけを最後尾組に任せて、あたしたちの班は出発した。
そして下山し始めてすぐ。
くぅぅん...
微かな声が、聞こえた。
こんな山奥に、犬?
しかも、子犬が助けを呼ぶような...
周囲を見回し、じっと耳を澄ませた。
きゅうぅん...
仲間を見ると、先生に急げと言われたからか、立ち止まったあたしに気づかずどんどん進んでいく。
あたしはそっと登山道を離れて、声の聞こえる方へ藪のなかを入っていった。
えーと、確か名前は...
「リューくーん、リューくん、どこー?」
班の仲間に聞こえないように押さえた声で、呼びながら進む。
しかし、呼び掛けにかえって警戒してしまったのか、声が聞こえなくなった。
「怖くないよー? おうちの人に頼まれたんだよー? リューくーん... おっと。」
突然藪が開けて、急な斜面になっていた。
危ない危ない、落ちるところだった、先生泣かせちゃう...
「あ。」
斜面の途中の木の根本に。
「リューくん!?」
ハスキー犬に似た毛並みの子犬が一匹、こちらを警戒するような視線を送っている。
自分であそこまで行くか、翔を呼ぶかーー
考えて、通信機を起動しようとしたそのとき。
「何やってんだお前は。」
背後で声がして、あたしはうっかり四つん這いになっていた手を滑らせた。
「わっ!」
「おい!」
すんでのところで滑らせたのと逆の手で低木の根元を掴むが、木は体重に耐えきれないと言うようにミシミシ音をたてる。
その低木を握った手を、腕の辺りで慌てて掴んだのは、ケンジだった。
「ーー急に声かけんなよ!」
「え!? この状況俺のせい!?」
「だいたい、なんで来たんだよ?」
「お前が一人で藪ん中なんか入っていくからだろ! お前こそなんでこんなとこ来てるんだよ!?」
「あたしはーー」
ちらりと斜面の途中を見る。
警戒しているわりにこんな大騒ぎしてても逃げていかないのは、怪我してるのか疲れはてているのか、ただ様子を見ているだけか。
とにかくこちらを見上げている子犬が見える。
「あの犬か。迷い犬かな... 」
ケンジが下を覗き込もうとして体制を変えかけると、
「うお... 」
ずるりと私を掴むケンジの手が、少し滑った。
慌てて斜面に足を踏ん張って登ろうとするが、足を動かすと乾いた土がぼろぼろと落ちて、踏みとどまることができない。
「離せケンジ。お前も落ちる。」
「なっ... 馬鹿言うな。むしろお前、そっちの手も貸せ!」
「ファイト一発じゃあるまいし、お前じゃ引き上げるのは無理だって!」
「うるせー、ほら、手!」
仕方なく伸ばそうとした左手を、ケンジが掴もうと少し身を乗りだしーー
「あ。」
「ーーばか!」
私を飛び越して落ちるケンジを伸ばしていた左手で掴むが、低木は二人分の体重を支えることはもちろんできず、ブチブチ音をたてて抜けてーー
あたしとケンジは転がりながら斜面を落ちて行った。




