垣根の上に立つ 幕間・三
デュ・コロワは薄暗い自室で寛いでいた。
目の前には水鏡があり、セイラム・ジャン・アルベルト・ド・リオン伯爵の姿が映し出されている。
その姿は以前に会った時よりも細く、どこか柔らかそうだ。
「漸く、始めることができるな」
薄く微笑むデュ・コロワの手には、小さな紙片があった。
紙片には魔法円が描かれている。
水鏡の映像は、王宮でジョゼフ・ランベールが罰を下されている場面に移り変わっていた。
デュ・コロワはわずかに眉間にしわを寄せる。
ジョゼフ・ランベールはデュ・コロワが思っていた以上に愚かで使えない人間だった。
せっかく煽てあげてその気になってくれたのに。
もう少しうまく立ち回り、王家や貴族たちに波風を立ててくれたら面白かったのに、あまりにも馬鹿過ぎたせいで何の役にも立たなかった。
さすがに想定外過ぎて逆に爆笑した。
「何を見ているのです?」
デュ・コロワに背後から声をかけたのは一人の女だった。
艶やかな黒髪、濃く鮮やかな緑色の瞳。豊かな胸に細い腰。胸元や背中が大きく開いたドレス。
振り返ったデュ・コロワは薄く微笑んだ。
「やあ、ベアトリス。何を見ているのかって? 伯爵だよ。これで漸く、私の望みが叶う」
ベアトリスと呼ばれた女はデュ・コロワの隣に歩み寄った。横から水鏡を覗き込む。
水鏡の中には、セイラムの他にもう一人、男の姿が映っていた。
四、五十代くらいの男だ。濃い茶色の髪に暗い青色の瞳。背は高く、引き締まった身体をしている。
ベアトリスは複雑な表情を浮かべた。
懐かしい。
寂しい。
会いたい。
会えない。
合わせる顔がない。
怖い。
……愛おしい。
ベアトリスの顔を見て、デュ・コロワはフッと鼻で笑った。
「この男は魔術師否定派の貴族たちを連続して襲撃し、重傷を負わせたそうだ。今は拘置所にいる。助けに行くかね?」
「……いいえ」
ベアトリスは首を横に振った。
「彼が勝手にやったことよ。助けになんて行かないわ。私はもう、以前の私とは違うの」
「……そうか」
それだけ言って興味なさそうに前を向くデュ・コロワに、ベアトリスは顔をしかめた。
「それより、今後の動きは? それと、“首領”の姿がまた見えないけれど」
「ああ、彼は……まったく」
デュ・コロワは首を振った。
「首領のことは置いておこう。彼はどうせ好き勝手なことしかしないんだ。こちらがそれに合わせるしかない。次はもう一つ大きな騒動を起こす。仕込みはすでに済んでいる」
「そう……それは?」
ベアトリスはデュ・コロワの手の中にある紙片に気付いた。
「魔法円? 何の術式なの?」
デュ・コロワは微笑んだ。
「傀儡、だよ」