3-12 校舎地下の魔物
「ねえ、なんだか雰囲気が変わってきてない?」
「ぼくもそう思いました。地上に向かっていればいいんですけど」
ベル先輩と合流したあたりは石造りの地下通路だったのに、今は天井が高く小さな部屋がいくつもあって、広い建物の中を歩いている、という感じ。
壁際を見れば燭台が等間隔に並んでいて、校舎の廊下を彷彿とさせるものの……学園に設置されているものより意匠が豪奢で、一時期滞在していたハクラム師の別邸や、ハニービーの実家であるスティングス家のお屋敷にあったものとよく似ている。
邪悪な魔法使いにして血塗られた暴君――不死皇帝。
彼が王都を統べる支配者でもあった事実を考慮すると、暗くじめじめしたダンジョンよりも、今いる区画のような空間に住んでいたほうが自然ではある。
「骨は転がっていないし、さっきまでいた通路より明るいけど……逆に魔力は濃くなってきた気がするわ。もしかしてここ、魔皇殿の中枢だった場所じゃないの」
「それか当時併設されていた、研究所の廃墟かなあ。高いところから見渡すことができれば、どっちに進めばいいのかわかるかも」
「さすがのあたしも閉所だと飛行魔法がうまく使えないし、自慢じゃないけどほかの系統は壊滅的だからアテにしないでよ。貴方に守ってもらえないと、死ぬしかないの」
本当に自慢にならないな、それ。
でもぼくだってオーサがいなければ石を飛ばすくらいの攻撃しかできないし、お荷物とお荷物の組み合わせで、魔皇殿の廃墟かもしれない区画を進むのはマズい気がする。
ここで一日近く迷子になっていた先輩も魔物の姿は見ていないというから今のところ罠の危険しかないのだけど、もし噂どおり生息していたらバッタリ出くわしてしまうかもわからない。
下手にうろつくよりは来た道を引き返して、助けがくるのを待っていたほうが……いや、白骨死体が転がっているところに戻るのも抵抗があるんだよなあ。
場所が場所だけに、あれが急にカタカタと動きだして、襲いかかってくる可能性すらあるし。
「ひっ! 今、足音がしなかった?」
「驚かさないでくださいよ。先輩の悲鳴のほうがよっぽど――」
そう言いかけたところで、ぼくは慌てて口をつぐむ。
した。足音。
動物のという感じでも、カイトやオーサたちのという感じでもない。
金属がカシャカシャと擦れあいながら床を踏むような、騒々しい音。
甲冑を着た騎士? 違う。
もっと小刻みで――異質な、足音。
ぼくは封呪の杖を構え、ベル先輩をうしろにさがらせる。
やがて大きな甲虫のようなシルエットが、燭台の光に照らされて、浮かびあがった。
「クゥウウウウウゥゥウウウ」
金属製の筒に空気を吹き込んだような鳴き声が、暗がりの中で空虚に響く。
魔物。
しかも自然の中で生まれたものではない、禁忌の魔法で作られた存在だ。
校舎地下の噂の主が鈍色の甲殻からのっぺりとした頭を伸ばし、六本の脚を交互に蠢かせて、ゆっくりと近づいてくる。
「あいつ、見逃してくれるかしら。それとも先手を打ってみるべき?」
「ぼくらに気づいていないのかもしれませんし、下手に刺激しないほうがいいと思いますよ。でも襲ってきそうなそぶりを見せたら、全力で逃げま――」
そこで突然、魔物の頭がグパアッ! と開く。
ノコギリみたいな牙の間から目玉が伸びたかと思えば、ビカッ! と赤い熱線を放つ。
とっさに飛び退くと、石造りの床がでろでろに溶けていた。
「ひぎゃああああああああああっ!!」
「うわああああああああああっ!」
ふたり揃って一目散に走りだす。
ベル先輩は飛行魔法の修練ついでに鍛えているのか、めちゃくちゃ足が速い。うさぎみたいにぴょんぴょん駆けていく彼女の背中を、ぼくは必死に追いかける。
その間も背後からカシャカシャカシャと足音が迫り、時折ビカッと光が瞬いて攻撃されたのがわかる。
だけどいちいち振り返っていたら追いつかれちゃうし、さっきからお肉の焼ける臭いがするのだけど、怪我をしているかどうか確認する余裕さえない。
やがて――ベル先輩が倒れこむようにして、手近にあった部屋に身を隠す。
ぼくも続いて中に入り、身体で押すようにして頑強そうな扉を閉めておく。
「どう……にか逃げ……ぜえ、逃げられ、た、かしら……?」
「た、ぶん……。でもすぐに……見つかっちゃう、かも」
いずれにせよ、もう走れそうにない。
椅子やテーブルがあったので、扉の前にバリケードを作っておく。
と、ベル先輩が顔を真っ青にして、
「……貴方、お腹から血が出ているわよ!?」
げ、本当だ。
しかもけっこう深い傷。
目玉の熱線で裂かれたのか、血まみれのおへそからわずかに中身が顔を出している。
次の瞬間、ぼくは膝から崩れ落ちてしまった。
「あははは……急に痛みが」
「笑っている場合じゃないでしょ、早く手当をしなくっちゃ!」
「大丈夫ですから落ち着いてください。攻撃系の才能はゴミカスですけど、ぼく」
繕うのは得意なので。
なんて話していたら、ごぽっと口から血が出た。
強がっていたら手遅れになったじゃ笑えないし、ベル先輩に魔法のケープを返してもらったあと、痛みと恐怖を緩和しつつ術式を構築する。
他人にかけるときは魔力の干渉を妨げる効果が働いたりで大変なのだけど、自分にかけるぶんには抵抗の影響がすくない。キデック先生の肩を治したときよりは簡単だ。
とはいえお腹の中身を元の位置まで押しこみ、そのうえで傷口を繕うなんていう、繊細かつ強引な荒療治だ。かなりの集中を要したし、何度も意識を失いそうになった。
あのときはごめんなさい、先生。これめちゃくちゃ痛いですね。
「ぐふっ! うう、できれば二度とやりたくないな……」
「まさか、今ので治したわけ!?」
「血を流したぶん頭がクラクラするけど、一応は」
横で見守っていたベル先輩が唖然としている。
ぼくとしても、自分を褒めてやりたい気分だ。
「驚いたわ……。貴方って実はすごい魔法使いだったのね」
「いえ、知ってのとおり落ちこぼれですよ。魔力の器はゴミカスで、飛行魔法はへろへろだし。でも、ぼくは――」
部屋の外から、カシャカシャと足音が響いてくる。
だから両足に力を込めて、立ち上がる。
「誰にも負けないって誓ったから、こんなところで死ねないんです」
オーサの助けがなくても、落ちこぼれの魔法使いでも。
逃げ場がないのなら、戦うしかない。




