2-7 君はやはりドブネズミだよ
「骨も残さず塵となるがよい! ――煉獄火球!!」
仕切り直した直後にキデック先生がぶっ放してきたのは、ぼくがはじめて目にする高位の攻撃魔法だった。
紅蓮の炎が空気を焦がしながら、渦を巻いて迫ってくる。
「げげ、いきなり死ぬやつじゃないですか!!」
ぼくは慌ててくるりと前転。
盗人に落ちぶれていたころに培った身のこなしが窮地を救ってくれた……はずだったんだけど、先生がぶちかましてきた火球もくくっと旋回。再び襲いかかってくる。
やばいやばいやばい。
今度は無理。普通に避けてたら間に合わない。
死の恐怖が視界を真っ赤に染める中、修練のときに聞いたオーサの言葉を思いだす。
「……お前が得意とする系統は二つ。物を操る魔法と、活力を与える魔法にゃ。ものを繕ったり編んだりするような魔法も、扱えるかもしれぬ」
「学園で習うところの念動系と付与系ってやつだね。でも今の説明だと三つあるような」
「最後のやつは念動系と付与系とやらを組み合わせたときの派生にゃ」
「なるほど。話を聞いた感じ、手先が器用なぼくそのまんまじゃん」
「逆に戦うのが苦手なのものう。こう言っちゃなんだが、感心するほど攻撃系の才能がない。だからいっそ、得意とする系統の魔法を攻撃に転用すべきだと思うぞ」
「それってつまり物を動かしてぶつけるとか、そういうイメージ?」
「しかり。あるいはそれだけでなく――」
ぼくはカッと目を見開く。
決闘で勝つために必要なのは、攻撃魔法だけじゃない。
「大地に根ざす緑の眷属よ、我が願いに応じ救いの手を伸ばせ! ――草絨幕!」
「むむっ!!」
火球が直撃する瞬間――魔法で活力を与えられた草木が伸びてきて、身体をぐいと引っぱりあげる。
ぼくは勢いよく宙を舞い、同時に草木はスルスルと編みこまれていく。緑のカーテンは主の代わりに攻撃を受け止め、真っ赤に染まって燃えつきた。
そして軽やかに着地すると、キデック先生は今度こそ本当に、感嘆したように呟く。
「ほほう、修練の成果というわけだな。しかし避けているばかりでは――」
言葉の途中で、宙を舞いながら唱えておいた魔法が先生に命中。
顔面。
しかも目元付近。
どこに石が当たると痛いかなんて、嫌になるほどよく知っている。
「このまま逃げて逃げて逃げて、石をぶつけて先生の体力を削ります」
「……それはそれは、卑怯でみじめな戦い方だな。クラウンくん」
ぼくはぐっと息をつまらせる。
普通にやっても勝ち目がないと、必死に考えた作戦ではある。
だけど面と向かって言われると、我ながら情けないと思うのも事実だった。
「君はやはりドブネズミだよ。汚物にまみれて暮らす、卑しい動物さ。そのうえ盗人らしく、石までぶつけてくるのだから始末が悪い。もしかしたらと考えもしたが、自ら認めてしまうのだから呆れたものだ。責任を持って駆除しなくては、焼き払わなくては、ね」
こめかみから血が垂れていることを気にもせず、キデック先生が睨みつけてくる。
溢れでる殺気から、さきほどの魔法が全力ではなかったことを思い知る。
本気だ。
このひとは次こそぼくを、殺しにくる。
「だから……死ねッ!」
直後、構える間もなく火球が飛んできて、ぼくはさっそく死を覚悟するハメになった。
高位の術式はかなりの精神集中を要する。
なのに、詠唱を省略して不意を突くなんて。
魔法を使っても回避できない。あとはもう、神に祈るしかない。
だって――。
「やれやれ、世話が焼けるやつよのう」
「オーサ!!」
真っ黒な猫サマが飛びだしてきて、燃えさかる火球をあっさりとかき消した。
助けを期待していたとはいえ、さすがは破壊神。
頼もしいったらありゃしない。
オーサはぼくの頭に飛び乗ると、驚きのあまり息を呑んでいた先生に、
「さて、どうするにゃ? このまま続けるか、それともオーサに恐れをなして決闘をやめにするか。ふふふ、どちらでも構わぬぞ」
「調子に乗るな。火球を相殺するくらいにはやるようだが……しょせんは猫妖精。二対一のハンデをつけたところで、私の勝利は揺るがぬさ」
ぼくは判断を求めようと、ロッキー校長に視線を向ける。
決闘の立会人はあくびをしながら、
「まー褒められたことじゃないけど使い魔の使用は禁じられてないし、双方納得のうえなら問題ないっしょ。公平性を保つために、キデックも使い魔を呼びだしていいよん」
ぼくはふうと息を吐く。
神さまの力を借りるなんてそれこそ褒められたことじゃないけど、オーサが勝手に話を進めちゃうのだから乗るしかない。
「もとより無謀な勝負ゆえ、今回ばかりは使われてやる。感謝せい」
「じゃあよろしく頼むよ、オーサ」




