2-6 決闘
魔法使いの決闘。
ぼくたちがまだ平地人と呼ばれ、数多の亜人族と大陸の覇権をかけて争っていた時代から伝わる古き風習。
両者は一対一で、己が力のすべてを用いて魔法戦にのぞむ。
そして勝者は敗者にひとつだけ、どんな条件でも呑ませることができるのだ。
◇
あのあと。
ぼくらは無事に釈放され、今度はキデック先生に果たし状を送ることになった。
立会人になってくれたロッキー校長いわく、こちらの提示した条件で承認されるのはほぼ確実とのこと。
というわけで来たるべき決闘に向け、ハーレイ先生が不在の図書室で作戦会議を開く。
「ちょい待てクラウン。一対一ということは、もしかしてオーサは参加できぬのか?」
「微妙なところだなあ。決闘の規則上、外部からの支援はいっさい認められていないけど、魔法道具の使用は問題ないみたいだから。ええと、つまり」
「オーサを、というより使い魔を道具とみなすかどうか、ということかにゃ」
ぼくはうなずく。自慢の尻尾をびたんびたんと床に叩きつけているから、目の前の神サマが不機嫌になったことが伝わってくる。
「お前ごときに物として扱われるのは、オーサのブライドが許さぬ。ゆえにこたびの決闘、見学だけにしとこう。しかしそうとなれば、わかるにゃ?」
「……ぼくが自力で勝たなきゃいけないって話だよね。教師と生徒、ただでさえ実力差があるうえに、キデック先生って攻撃系の術式が得意な魔法使いなんだよなあ」
「一方のお前はロクに扱えぬわけか。にゃははは! ずいぶんとまあ、無謀な勝負に出たものよのう!」
「だから乗り気じゃなかったんだってば! それを君とロッキー校長がさあ!」
ぼくが不安におののく姿を見て、オーサはゴロゴロと喉を鳴らす。
それから魔法を使ってふよふよと宙に浮くと、
「安心せよ。オーサの前足にかかれば、生まれたてのひよこであろうと獅子鷲に様変わりにゃ。破壊の神から直々に戦いの手ほどきを受けること、光栄に思え」
「う、うん。できれば優しく、教えてね」
「オーサは加減を知らぬゆえ。頼むから死ぬにゃよクラウン」
「ちょっ――」
嫌な予感がしてあとずさった直後、ふいに足がどぷんと沈む。
慌てて周囲を見れば、呪いの沼が広がっていた。
『ふふふ……。逃がさぬ、逃がさぬぞ……』
怖いからやめて。
もしかしなくても今の状況、先生と決闘するよりヤバいのでは。
◇
そして数日後。
ぼくは王都郊外のだだっ広い草原にて、キデック先生と対峙していた。
「ほう、面構えだけはマシになっているな。この日のために修練を積んできたか」
「まあ見ていてくださいよ、先生。ぼくは以前のようなドブネズミじゃない。あなたに勝ってもう一度、それを証明してみせますから!」
不敵に笑い腕を組むキデック先生に、ぼくはビシッと指さして宣言する。
立ち会い人として横で眺めていたロッキー校長が、そこで口を挟んでくる。
「そのわりにクラウンくん、足がめっちゃガタガタ震えてるけどだいじょぶ?」
「気のせいです。ほら、君からもなにか言ってやりな」
ぼくはそう言って、校長の横で浮いているオーサに声をかける。
ところが今日の破壊神サマはやけに元気がなく、
「お、おう。がんばるといいにゃ」
なんで目を背けるの?
ここに来る前、たぶん大丈夫イケるイケるって言ってくれたのに。
「じゃあ誓約をかわすよん。どちらかが降参するか、戦闘不能あるいは死亡が確認されたら決着ね。だけんど相手を殺しちゃったらお願い聞かせられないし、事後処理クソめんどいからやめてちょ」
ロッキー校長が誓約書を掲げる。
書面には〈コモントーリの血誓〉という魔法が込められており、決闘に敗れた魔法使いが勝者の言葉に従わなかった場合、心臓が破裂する死の処罰がくだされる。
ぼくとキデック先生は交互に、手渡された羊皮紙に血判を押す。
これでもう、あとにひけなくなった。
「ではクラウンくん、己が力をかけて戦うとしよう。しかし私から仕掛けるつもりはないから、まずは修練の成果を見せてくれたまえ。それくらいのハンデは必要だろう」
「舐めてかかると後悔しますよ? 追試のときだってぼくの力を見くびっていましたけど、実際はどんな結果になったか覚えているでしょう」
「む……」
キデック先生の表情がわずかに歪む。
ぼくが〈生命創造〉の魔法を使って課題を合格したのは事実だし、それでも納得いかぬ禁呪だ処罰だと難癖をつけてきたのは、ほかでもない先生のほう。
ロッキー校長の予想どおり協会に訴えて退学させようと考えていたらしく、ひょっとすると先生は、落ちこぼれであるはずのぼくの潜在能力を恐れているかもしれないのだ。
両者の緊張が高まる中、ロッキー校長がコインを投げた。
フィラボロン帝国時代の旧銀貨。
それが地に落ちた瞬間――野蛮かつ格式の高い、魔法使いの決闘がはじまる。
ぼくは叫ぶ。
「我が身に満ちる創世の力、世界を変える波紋となりて万物を貫く……」
「ぬ……。なんだ、その詠唱はっ!!」
オーサが作りだした沼のような空間は、外の世界よりも時の流れがゆるやかで。
決闘にのぞむまでの数日はおよそ十倍に引き延ばされ――ぼくはその間ひたすら、地獄のような修練を耐え抜くハメになった。
大気がピリピリと震え、キデック先生がとっさに身構える。
しかしもう遅い。
「唸れ!! ――飛石弾!!」
「むおっ!!」
ぼくの魔法が発動し、キデック先生に炸裂する。
なのに先生はすぐさま立ち上がり、あきれた顔でこちらを見つめてくる。
「これはどういうつもりかね、クラウンくん」
「あれれ、もうちょっと痛がるかと思ったんですけど」
「私にはただ石を飛ばしただけのように見えたが、ほかになんらかの効果でも?」
「ないです。オーサといっしょに考えた術式で、ひざに当たると地味に……」
途中で弱気になって、最後まで説明できなかった。
先生との間に、重たい空気が漂う。
ぼくは助けを求めるように、離れたところで見学中のオーサに顔を向ける。
「正直すまんかった。お前、攻撃系の才能ゴミカスだし無理なものは無理にゃ」
だよね。
ぼくもどうにか自分を騙そうとしたけど、ヤバいかなとは思っていたさ。
しばしの沈黙のあと。
キデック先生が突然、笑いだす。
「ハハハハ!! よもやキデック・ヒルズバックともあろうものが、スラム生まれの落ちこぼれにこうもコケにされるとはな!! わかった。君の覚悟は確かに伝わったよ」
「やっぱりこれ、なかったことにしません? それか魔法が当たったらぼくの勝ちみたいに、先生のハンデを増やすとか」
いつものように笑ってごまかそうとするけど、先生はギラギラとした目でにらみつけたまま。
ぼくがヒュッと息を吐いて身をすくませたところで、
「可愛い生徒のために手本を見せてやる。君の手足が消し炭となり、この世に生まれ落ちたことを後悔するまで授業を続けるとしよう――覚悟はいいかな。ドブネズミくん」
いいえと言ったところで容赦なく魔法をぶちかましてきそうですね。
仮に降参を告げたとしても、手をとめてくれるかどうか怪しいな……。




