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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
26/27

死んでも殺す

 不敵な言葉と同時に、俺は地を蹴った。

 右手のナイフに纏わせた高密度の綴力グラフィーが、猛烈な鋭さを持つ。


「あの男を殺せッ!」


 ニルヒの冷酷な号令と共に、数十人の衛兵たちが一斉に突きかかってくる。

 だが、俺の目にはその動きが、まるで止まっているかのように緩慢に見えた。


「見える…!」


 この数日間のゼクフィスとの特訓で、俺の実力はうなぎ登りであった。高密度の綴力グラフィーの纏わせ方。敵と相対した時の足運び。

 それら全てを思い出すように俺は敵を見据える。


 踏み込みの一歩。

 俺は最短距離で衛兵に近付き、一閃。

 綴力グラフィーを帯びた刃は、鋼の鎧など存在しないかのように易々と切り裂き、衛兵の胸元で赤色の液体を炸裂させた。


「がはっ……!?」


 着地と同時に身を翻し、背後から迫る長槍をナイフの腹で受け流す。そのまま滑らせるようにして槍の柄を断ち切り、無防備になった喉元へ、ナイフを叩き込んだ。


 踊るような足さばき。

 ホールに響くのは、衛兵たちが上げる歓声ではなく、空気を引き裂く音と、重厚な鎧が次々と大理石に叩きつけられる轟音だけだ。


 ある者は骨を砕かれ、ある者は意識を刈り取られ、ある者は命を刈り取られる。

 無数の殺意の中を、俺はただ一筋の閃光となって突き抜けていく。


 わずか数分に満たない戦闘。

 立ちふさがっていた有象無象たちは、今やピクリとも動かぬ骸の山へと成り果てていた。


 立ち上る死の残り香。

 俺はナイフを軽く振り、血を払う動作でニルヒを見据えた。


「次はお前の番か? ニルヒ」


 骸の山を築いた俺を前に、ニルヒの口元から笑みが消えた。

 ピクリ、と包帯に隠された眉が動く。


「まさかこれだけの衛兵たちを一人で倒しきるとは…」


 低く、苛立ちを孕んだ声。

 ニルヒはゆっくりと腰の剣の柄に手をかけた。先ほどまでの朗々とした態度は影を潜め、剥き出しの殺意がホールを浸食していく。


「あなたが何者であれ、ここで僕に敗れることに変わりはありません。…僕は、まだ終わるわけにはいかないんですよ」


 ギチ、と鞘から剣が引き抜かれる。

 白銀の刃が、ホールの陽光を反射して冷たく輝いた。


「クーガを――あの男を!僕は必ず殺す!!」


 吐き捨てられた言葉には、深い怨念のような執着が混じっていた。

 ニルヒは剣を構え、鋭い踏み込みと共に一気に距離を詰めてくる。


「僕の邪魔をするなら、誰であろうと切り裂くだけです!!」


 ニルヒの踏み込みは、これまでの衛兵たちとは比べものにならないほど速く、鋭い。

 放たれた刺突を、俺はナイフで辛うじて弾く。火花が散り、鋼が擦れる嫌な音が大ホールに響いた。


 一撃一撃が重い。

 ニルヒは剣筋を淀ませることなく、流れるような連撃で俺を翻弄する。


「どうしたんですか? 先ほどまでの勢いは!」


 鋭い横薙ぎ。俺は上体を反らしてかわすが、包帯の奥にある糸目が不気味に細められた次の瞬間、回避を読んだかのように鋭い蹴りが腹部を襲う。


「ぐッ…!」


 床を滑るように後退し、なんとか体勢を立て直す。

 だが、休む暇は与えられない。ニルヒの剣は、まるで生き物のように俺の急所を的確に突き、斬り刻もうと迫りくる。


 一度二度とニルヒの剣が頬を掠める。

 綴力グラフィーを纏わせたナイフで応戦するが、ニルヒの剣さばきはその軌跡を完璧に見切り、最小限の動きで受け流している。


 受けに回れば回るほど、逃げ場がなくなっていく。

 大理石の床に俺の血液が、そしてニルヒの剣が掠めた傷跡が次々と刻まれていく。

 徐々に背後の壁が近づく。ナイフを握る手に冷や汗が滲む。


 ニルヒの猛攻を前に、俺は確実な押し負けを感じ始めていた。

 一合、五合、十合、後ろに後退していく。

 そして――


 ――キィィィィィィィィィンッ!


 鼓膜を震わせるほど高い金属音が響き、俺の手からナイフが弾き飛ばされた。


「しまっ……!」


 回転しながら大理石の床に転がるナイフ。武器を失った俺に、ニルヒの冷酷な追撃が迫る。


「残念、あなたじゃ僕を倒せない」


 勝利を確信したニルヒの剣が、俺の首筋を狙って突き出される。

 だが、咄嗟の俺の視線はその刃ではなく、足元に落ちていた武器に向けられていた。先ほどの衛兵たちとの戦いで叩き折った、無惨な槍の柄だ。

 俺は大理石を転がり、その折れた槍を掴み取り、渾身の力でニルヒへと振り抜く。


「そんな木端で何がっ!」


 ニルヒは余裕を持って一歩下がり、届くはずのない間合いでその一撃を躱した。


 ――だが、俺の狙いはそこからだ。


「――『再構築リビルド』!!」


 俺の手の中で、折れた槍が爆発的な輝きを放つ。

 足りなかった先端が、失われていた鋼の刃が、異能の力によって一瞬で復元された。


「なっ…!?」


 躱したはずの距離が、リビルドによって一気に埋まる。

 完全に虚を突かれたニルヒの回避は間に合わない。復元された槍の鋭い刃が、ニルヒの右足を貫いた。


「くそッ!!」


 ニルヒが自分を刺した槍から逃げるように後ろへと跳ねる。


 俺はニルヒが槍を避けるために跳ねのいた瞬間に、床を滑るようにして飛ばされたナイフへと手を伸ばす。指先に触れる冷たい柄の感触。  

 それを力強く握りしめると同時に、俺は再びニルヒへと肉薄した。

 だが、右足を貫かれたはずのニルヒは、苦悶の表情を浮かべながらも、その瞳に底冷えするような静かな怒りを宿していた。


「あなたは僕が思っていた以上に厄介ですね」


 ニルヒは息を整えることなく、剣を構える。 

 その周囲の空気が、急激に密度を増していくのを肌で感じた。


「前の戦いでは、コレを出す前に不覚を取りました。ですが……今回は出し惜しみなどしません」


 ニルヒが左手を掲げると、そこから魔呪綴スペルが綴られる。


独自魔呪綴オリジナルスペル――『凍冬固とうとうこ』!!」


 瞬間、鋭利な氷の礫が数十発、散弾のように俺に向かって放たれた。


「くっ……!」


 俺はナイフを構え、正面から迫りくる死の飛礫を見据える。

 ただの衛兵たちが使う魔法とは、速度も、そして殺意の重さも桁違いだった。


「なまくらじゃ凌げませんよ!」


 氷の礫が空気を切り裂く鋭い音と共に、俺の視界を白く染め上げていく。


「やってみたら!案外できるかもよッ!」


 俺は強がりを言いながら、飛んでくる礫を片っ端から叩き潰す。

 七個ほど切った後、俺は異変に気付く。


「霧が、でてる?」


 先ほどまでははっきりと見えたニルヒの顔、それが今は霧の影響で見えにくくなっている。


「まずいな…」


 このまま霧に紛れられでもしたら、俺の動きは音で分かるのに、ニルヒの動きは分からない、という詰み展開に繋がりかねない。

 霧の原因。どうやらあの氷が爆散した周りに、霧を生成しているようである。

 その証拠に、先ほどから俺の周りにも氷が着弾し、床を抉りながら俺を囲むように霧を発生させている。


 ついにニルヒの姿が霧に溶け、完全に消失した。

 カツン、カツンと大理石を叩く音が四方から反響する。

 足音で距離はある程度測れるが、この濃霧では正確な位置までは特定できない。


「死が近付く気分はどうですか?」


 どこからともなく響くニルヒの声。

 焦燥が背中を伝うが、俺は足元の惨状を捉えていた。

 激しい戦闘でズタズタになった床。至る所が抉れ、剥がれ落ちた大理石の破片が散らばっている。


 ――これだ。


 俺は静かに膝をつき、掌を冷たい大理石に押し当てた。


「降参ですか? それとも神に祈りでも?」


 嘲笑うような声が近づいてくる。

 俺は応えず、ただ感覚を研ぎ澄ませた。

 カツン。


 背後の方、ニルヒの足音が、俺がわざと背にしていた深く抉れた床のすぐそばまで到達した。


 ここだッ!


「『再構築リビルド』!!」


 俺の手から生じる異能により、抉れていた大理石の床が一瞬で元の形へと復元される。

 抉れた床を踏み抜くつもりで体重を乗せていたニルヒにとって、それは致命的な誤算となった。


「何だッ…!?」


 急激にせり上がった床がニルヒの足を跳ね上げ、霧の中にガランッという無様な金属音が響き渡る。

 予測していた高さが狂い、完璧だったはずの足運びが完全に崩れた。

 霧の向こうで、泳ぐようにのけぞったニルヒの気配。


「――仕留める」


 体勢を崩し、霧の中で無様に泳ぐニルヒの懐へ、俺は弾丸のような速度で振り返り、飛び込んだ。

 右手のナイフに、これまでの戦いで最高密度の綴力グラフィーを纏わせた。

 溢れ出す綴力グラフィーは、かつてないほどナイフの刃を尖らせる。


「何ですか!その、密度は!」


 驚愕に見開かれたニルヒの瞳。

 だが、もう遅い。

 俺は逆手に構えたナイフを、渾身の力でニルヒの腹部へと叩きつけた。

 

 ――ギィィィィィィンッ!


 硬質な鋼鉄の鎧が悲鳴を上げる。しかし、最高密度を纏った俺のナイフは、その防具ごとニルヒの肉体を断ち切った。

 火花と共に、銀の破片がホールの天井高くへと舞い上がる。


「ッ!!」


 衝撃が背中まで突き抜け、ニルヒの身体がくの字に折れ曲がった。

 俺はさらに力を込め、そのまま一気に真横へと振り抜く。

 

 高速で吹っ飛ぶニルヒは、床の破片を吹き飛ばしながら視界を塞いでいた霧を消し去った。

 ニルヒの身体が遠くの扉にぶつかって轟音と共に止まる。


 静寂が戻ったホールに響くのは、俺の激しい呼吸と、砕けた鎧が床に転がる乾いた音だけだった。

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