終わりを越えた始まり
初投稿です。お手柔らかにお願いします!
「生きろ…そして、必ず…――を止…ろ…」
痛い。とにかく痛い。まるで頭の中の記憶に関係する細胞を隅から隅まで吸われたような、そんな感覚と共に男は眼を覚ました。
「え?…」
とても長い長い感覚。それが何に対して、何故なのかは分からない。
それも当然である。何故なら男は―
「え?…」
そう、記憶を無くし、文字通り頭が空っぽになった男の二度目の疑問に満ちた声が路地裏に漏れた。
何故自分が路地裏のゴミ置き場で寝てたのか、何故自分は記憶が無いのか、全てが疑問に満ちていた。
まさか酒を飲み過ぎて記憶を失ったわけではあるまい。
自分の名前すらも忘れた男が最初にとった行動は、人を探すということだった。
もしかしたら何か知っている人がいるかもしれない。そう思った男は、路地裏を出れば大通りがあるはずと思い歩みを進めた。
路地裏を少し歩いた所で曲がり角からでてきた二人組のチンピラ風の男たちと出会った。
「あの、すみません…」
言葉に詰まった。当然である。何をどう聞けばいいのかなんて考えずに話しかけてしまったからだ。
そもそも相手が自分のことを知っている保証なんて何処にも無いのだ。たまたま出会っただけなのだ、どちらかと言えば自分を知っている可能性の方が低いだろう。
そんな風に考え、次に発すべき言葉を吟味し、遂に口を開き、一つ目の疑問を投げかけ―られなかった。
理由は単純である。男が口を開くよりも速くチンピラ風の男の一人が、口を開きかけた男の横っ面に勢いよく拳をぶちこんだからである。
意味が分からなかった。
「ラッキーラッキー。まさかこんな所で見つかるとはな~」
チンピラ風の男の一人が言う。
困惑してる男を見ると、もう一人のチンピラ風の男が少し口角を上げた嫌らしい笑みを浮かべながら近くの壁に貼ってある一枚の紙を指差しながら言った。
「あれお前だろ?いったい何しでかしたんだ?あんな大金かけられて賞金首にされるとか、よっぽどのことやったんだろうけどな~」
「…っ!」
指し示された方を見るとそこには一人の男の手配書があった。容姿は、少し顔の整った黒髪、特段何か目立つものは無かった。
ただひとつ、右眼を除けば。
そう、その右眼は濁った路地裏の景色とは無縁の異彩を放っていた。
――魔眼だ。
何故すぐに魔眼だと分かったのかは分からない。おそらく、記憶の全部を忘れてるわけでは無いのだろう。
だが、今重要なのはそこではない。重要なのは、チンピラ風の男によると、自分と手配書の男が同一人物であるという点だ。
実際に自分の顔が手配書の男と同じなのか、確かめる術は今、男には無い。
だとしてもだ、いきなり知らないやつの顔を殴るチンピラ男の神経はどうかしていると思う。とにかくだ、今やるべき最善は―
男は走った。ひたすら走った。
だが―
「撒ききれない…」
少し動揺を含んだ声が男から漏れる。
「おい、待ってくれよ~。いきなり殴って悪かったって~」
「微塵も思ってねぇだろうが!」
と、これっぽっちも反省の色がない声に大声で悪態をつきながら男は路地裏を走る。
最初こそかなり差がついたと思ったものの、気がつけばチンピラ風の男たちはちょっと石を投げれば届きそうな距離まで近付いてきていた。
何個も何度も角を曲がり、毎回毎回、次は大通りにでるのでは、と期待した。だが、期待とは裏腹に、毎回目の前に広がるのは代わり映えの無い細い路地である。
自分の名前さえ確かめる術のない俺が、名前も知らない場所の路地裏で、誰に看取られることもなく終わる。それも、お似合いなのかもしれない。
そんな皮肉めいた考えが頭過りかけたその時、思考についた錆びが取れたような感覚と共に視界が開けた。
「あ…」
驚きか感激か、はたまた別の感情か、声が漏れた原因は男には分からなかった。
路地を抜けた先、ふと視界が開けた。
だが、その眼に飛び込んできたのは救いなどではなかった。
眼の前には、家々の背を割るようにして、川幅ほどもある巨大な掘割が横たわっている。朗々と水を湛えた巨大な堀割の上に架かっていたのは、中ほどが無残に抜け落ちた、歯抜けの橋だった。
「あれ?行き止まりかな~」
「安心しろよ~。殺しはしないから。
」
彼らの足取りには、全くもって焦りが見られない。まるで、週末の公園を散歩でもしているかのような、反吐が出るほどの余裕だった。
さらに、二人の手には隠し持っていたであろう銀色に光るナイフがあった。
「…はは、余裕綽々ってわけか。反吐が出るな」
ゆっくりと距離を詰めてくる奴らの顔には、弱者をいたぶる快楽に酔いしれる、下卑た全能感が張り付いている。
背後には朗々と水を湛えた堀割。そして中ほどで破断した橋。
思考についたサビが取れ、クリアになった眼が捉えるのは、着々と募る焦燥感をあざ笑う、奴らの濁った欲望であった。
まだだ、まだ諦めたくなかった。
まだ何も分かっていなかった。
逃げ場を求めて背後を見ると、水面に映る自分と眼があった。右眼に魔眼を持つ、少し顔の整った黒髪の自分と。
知りたかった。自分の名前は何か。何故賞金首にされているのか。
知りたかった。この右眼が何なのか。何故ここにいるのか。
知りたかった。自分の過去を。今までの集積を。
もしかしたら何もないかもしれない。ろくでもない人生だったのかもしれない。
それでも知りたかった。
その猛烈な欲望が、臨界点を超えた。
右眼が爆発的な輝きを放ち、水鏡を透かして、脳に絶大な負荷がかかる。
魔眼が抉り出したのは、失ったはずの情報の断片――かつての自分が刻んできた、技術の残滓。
「あぁ…」
笑みが溢れた。面白かったわけではない。おかしかったわけでもない。
ただ、思い出したのだ。
欠落しているなら、補えばいい。失われているなら、いまここで再構築すればいい。
「――再構築」
自分の意志が、触れている構造体へとダイレクトに流し込まれる。
刹那、元々は橋があったであろう空間に、再臨の咆哮が響き渡った。
俺の異能、それは、俺の身体が触れている部分を強引に「完成形」へと巻き戻すというあまりに傲慢な能力。
「な、なんだぁっ…!? 橋が、再生され始めてやがる…っ!」
チンピラ風の男達の醜い驚愕を置き去りに、俺は地を蹴った。
一瞬の道。
正直賭けだった。俺の異能により架かった橋。
記憶を失う前の俺が何処まであれを使いこなせていたかは定かではない。
もしかしたら、再構築したものは壊れるまで一生残り続けたかもしれない。
だが、今の俺では、せいぜい五秒もてばいい方だ。
実際、俺の後を追うために、少し遅れて橋を渡り始めたチンピラ野郎共は、橋を渡りきる前に、灰のように橋が消えたせいで堀割に落ちた。ざまぁみろ。
「逃がさねぇからな!!」
「覚えとけよ!!」
チンピラ野郎共が鬼のような形相でこちらに叫んで来る。
必死なのがなんだか面白いので、「アデュー」と言って、少し煽ってみる。
その間にも俺とチンピラ野郎共との距離は開く。
そして、堀割を越えて少し走った先、追っ手の怒号が遠ざかる。勝負は決まった。
勝利の余韻で少し口角の上がった俺は、肺にたまった熱い息を吐き出しながら、再び入った路地裏を抜け出すために、足早に歩きだし眼の前の角を曲がろうとした瞬間―
――ドォォォォンッ!!
巨大な音と共に空から降ってきたのは四本の光り輝く釘のようなもの。それらが俺の周りを囲むように刺さる、そして一段と輝き、身体と魂を分離させるような神々しい極光が立ち上―
「なんだよ、こ―」
抗う暇もなく俺の意識は暗闇に落ちた。




