31 天界での再会 【最終話】
天界の宮殿は静寂と美しさの境地を極め、月の光に似た清廉な光が辺りを照らす。
静かに流れる水路や古木が幻想的な雰囲気を感じさせ、庭園には時折不思議な生き物や輝きを集めたような池が姿を現し神秘性と美しさを醸し出している。
そんな宮殿にて、今回の件にて呼び出されたお姫様は頑なに頭を上げようとはしない。
こちらを一度も見る事もなく、ただ感情のない声で詫びの言葉だけを紡ぐ。
隣からは責めるような視線を感じる。
「…顔を上げて欲しい」
「いえ、このままで」
簡潔な返事。改めて音として聞くお姫様の声は透明感のあるソプラノで耳に心地良い。
久しぶりに聞く声にもう少し浸りたかったが、今はそんな場合ではない…。
天へと戻り、お姫様は以前の生活へと戻った。
ひとつ違うのは今まであった求婚を全て断っているという事だけ。
そして、当然のように俺からの求婚も断られた…
「…お姫様」
俺からの呼びかけにお姫様の動きが止まる。
「お姫様、顔を上げて欲しい」
再度の呼びかけにお姫様がゆっくりと顔をあげる。
「…まさか…」
驚愕の顔でこちらを見るお姫様の顔は相変わらず、どんな顔をしていても可愛い…。
「…会いにいくって言ったのに、こんなとこに呼び出して悪いな…」
隣からは鋭い視線を感じる。俺の言葉使いを咎める視線だとは思うが、今は許して欲しい。
「…俺、下界の者じゃなくて、お姫様の婚約者だった月の王の愚息だったんだ」
単刀直入にお姫様に伝えてみたが、お姫様はまだよく理解出来ていないのか目と口を開けてポカンとしている。
そんな顔も可愛いと思っている自分に苦笑が浮かぶ。
「…あなた…が…?」
そう、俺は月の王の息子だった。
お姫様に浮気されそうだった可哀想な婚約者は俺だったのだ…。
お姫様に恋をして婚約の打診の結果、婚約が整った。
その事実に浮かれてお姫様の様子には全く気が付かなかったアホである。
月での結婚は必ずしも必要ではない。悠久の時を過ごすのだから、むしろ慎重に選ぶ事を推進されている。
そんな中で俺からの打診に両親達はお互いが了承済みの円満なものだと思っていた。
そこにお姫様の愛を知る為の浮気事件が発覚し、現状確認が行われた。
結果、愛があったのは片方、俺だけだった。
しかし、婚約は既に契約として整っていた為、浮気未遂事件を全くの無罪とする事も出来ない。
更に、張本人のお姫様の気持ちを誰も知らなかった事が問題視された。
お姫様の罪は自分の気持ちを報告する事なく、契約違反をしてしまった事。
そして俺の罪は相手の事を全く考えずに物事を進めた事。
そして、両親達の罪は子供達の事を何も把握できていなかった事。
…そして、罰は下された。
お姫様は今後を自分で選ぶ事となった。
万が一、下界にて結婚を選択していたら二度と天界へと戻る事は無かっただろう。
そして、俺はその一部始終を1番近くで体験し見守る事こそが罰であった。
余計な事をしたり言わないように天界での記憶は消され、見聞を広げる為に行っていた上位下界の記憶だけが残された。
俺は全く気付かなかったが、基本的にお姫様が心から嫌がる事は出来ないようになっていたそうだ。
お姫様の気持ちを聞いて行動する事でお姫様自身の気持ちを知り、お姫様の選択を見守る事となった。
…が、結果何も出来ないただの役立たずになってしまった…。
両親達は手出し無用とされ、必要とされる補佐だけが配置された。
貴人の方は天界での俺の補佐だった。
アホな俺の補佐だった為に連帯責任として下界でも補佐する羽目になったそうだ…。
面倒な事を押し付けられたと天界に戻るなりステキな笑顔で説明された。
迎えの時に“遅い”と嫌味を言ったのも彼だ。
…そして、お姫様に浮気を誘われた相手にも選択肢が与えられた。
天界にて何事も無かったようにして過ごすか、下界へと降りて、お姫様を手に入れる可能性に賭けるか…
…奴はその可能性に掛けて下界へと降り、1番お姫様を手に入れる可能性の高い帝となった。
結局、下界でもお姫様を手に入れる事は出来なかった…。
天へと帰る時に奴に渡した瓶は天界へと戻る為の物だ。
あれを飲めば天界へと帰る事はできる。その事も手紙へと記した。
このまま下界に残るのか…天界へと戻ってくるのか…どうするかは奴の選択次第だろう。
爺さんと婆さんには今までの善行を認められ俺とお姫様を預けられた。
その諸々に対する褒美として生活や地位の向上を与えられたのだが…それ以上を求めず、ただ一緒に過ごす事だけを求めてくれていたら…
…いや、これは爺さん達に対して望みすぎな願いなのだろう…
全てのものに罰と共に選択肢が与えられた。
選んだ結果は自身にて受け止めるしかない。
「…あ、それとお姫様は天界のご両親にもきちんと大切に思われていたみたいだよ」
「…え」
「…多分、大伴御行の船の近くに雷を落としたのはお姫様のご両親だと思う」
「…」
「…見守ってたらしい」
力の抜けた顔でお姫様は俯いた。
「…気付かなかったけど、コッソリと出来る限りの便宜を図っていたみたいだ」
屋敷がずっと綺麗な状態だったのも絹や食べ物が差し入れされていたのも守りが施されていたのも全てはお姫様の為だった。
健やかに過ごせるようにとの親心。
許される範囲での精一杯の支援だったらしい。
「…つまり、私は…」
とても近くに愛はあったのだ。
お姫様は知らなかった更なる事実に衝撃で茫然としている。
「…それで、こんなタイミングでこんな事を言うのはアレなんだけど…
…めっちゃ遠回りしたけど…もう一回、求婚のやり直しをさせて欲しい」
「…」
「…今度は急ぐつもりもないし、急かすつもりもない…ゆっくりで良い」
「…」
「…お姫様が納得できるまで…いつまでも待ってるから…」
「…」
「…一緒に愛を見つけよう」
「…しょうがない、ですね」
「…お姫様…」
「…仕方ないので付き合ってあげます」
お姫様の綺麗な瞳からは真珠のような涙が溢れている。
そっと近づきその涙を拭う。
お姫様に触れることが出来る。
正面に相対する事が出来る。
まだまだ一緒に過ごす先がある。
まだ、選択する事が出来る。
…それは、とても恵まれて幸せな事なのだろう。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
少しでも皆様のお暇つぶしになれたら幸いです(◞‿◟)