07話 私は超越者
町外れの一角には、畑が広がっている。国の食料をまかなう穀倉地帯というには少々せまいが、この規模であれば事足りるのかもしれない。
そこで私は、枯れかけの作物と売却したばかりの種を植えた畑に雨を降らせていた。
その魔法は『豊穣の雨』。
単なる雨ではなく、土を潤し植物を急速に育てるその魔法は、亀裂が入りかけたその田畑にとってはまさに恵みの雨となった。
「す、すごい……。これは奇跡か?」
「ありがたや、ありがたや」
「わーい! これでいっぱい食べられるよー。おねーちゃんありがとー」
「救いの神現る」
口々に感謝の言葉を述べる農民や近くにいた住人。その異様さに言葉を失っている者もいるが、ほとんどの野次馬は好意的にこの現象を受け止めていた。
「ふぅ。こんなところかな」
疲労を全身に感じつつも、人々の反応がいいことに安堵する。それに、魔法を披露しても火あぶりにされたりはしないようだ。
「すげえよ」
「姫。恵みの姫だ。こっち向いて姫ー」
「あまあま。果汁がこぼれるよおねーちゃん」
「救いの女神さまがこちらを向いたぞ。きゃー、手を振ったー」
あっという間に囲まれて煽てられる。
ここまで持ち上げられると悪い気はしないな。もう少し伸ばしておくか。
『豊穣の雨』。
「キャー姫さまー! もっとやってー。救いの姫ー」
「よっ世界一。救世主はここにおられたかっ!」
「私って褒められて伸びるタイプなんだよねー。せっかくだから1年分ぐらいの収穫量を確保しちゃうー?」
「おおおおおお」
畑を囲む民衆は沸き立っており、熱気を帯びている。謎の一体感も生まれ、何でも出来る気がした。
どんどん『豊穣の雨』を降らせ、そのしずくが土壌をさらに豊かにしていく。当初は茶こけていた大地はすっかり緑に変わり、森のようになっていた。
「なにごとですかこれえええ!?」
「おっアイリじゃーん。おつかれーい。ちょっと頼まれちゃってね。私の魔法にかかればもうこれよ」
群生林となった何かの植物から実を一つ収穫し、豪快にかじる。みずみずしさと甘みが口の中に広がった。味も問題ないようだ。
「ヒマリさん、ずいぶん楽しそうですね……」
「じっとりした目で私を見るのは君だけだよアイリくん? そなたも尊敬したまえ」
「もぉ、調子に乗って。そんなあごをあげて歩いていたら転びますよ?」
「植物サーの姫だよ私。転びそうになったら周りの者達が飛び込んででもかかえっ!?」
しゅるしゅると伸びるツタが足に絡みついていたことに気づいたのは、宙につるし上げられるような状態になってからだった。
「ヒマリさんっ!?」
「たすけてー! ツタがしめつけてくるー」
足首に巻き付いたツタはゆっくりとふくらはぎ、太ももへと進み、締め付ける。逆さになっているのでうまく身体を動かせない。やがて左腕もツタに捕まり、じらすように肌を這うその植物は、まるで生きているかのようにどんどん成長していく。
「その剣できればいいじゃないですか……」
「そっか! ナイスだよアイリ。痛てっ」
新たなツタにお腹まで巻き付かれていよいよとなったところで聖剣を抜き、残っている部分でツタを斬りつけ事なきを得た。
落下時の衝撃で足をひねってしまったが、大丈夫。これくらい問題ない。
「腫れてるじゃないですか。はやく手当をしなくては。ちょっと家にポーションを取りに帰りますね。塗る用と飲む用の併用ですぐ直りますから」
「それってアイリ特製の?」
「もちろんそうですよー」
すでに走り去っているアイリの背は、意気揚々としていた。その顔は私を救うために走る友というより、自身のポーションを試す被検体を見つけた科学者感があるのは、気のせいだろうか。
まずい液体をまた飲まされるのは、アイリには言えないけれど正直なところ勘弁だ。
ここは一つ、新しい魔法を試してみることにする。
『治癒』。
うろ覚えの詠唱をしながら患部に手をかざす。すると、赤みが次第になくなり足首から痛みが消え、腫れもスッと引いていった。
体験したことがない変な感覚。これは慣れるまでしばらく時間がかかりそう。魔法で治ったとしても、頭の中には負傷したという記憶が残るのだから。
やはり怪我はなるべくしないよう心がけよう。
「すっげー。やっぱり本物だ。自分の傷まで治しちまったよ」
「なんでもできるんだな。まるで聖女のようだ」
「ただの商人ってぜってえ嘘じゃん……」
人垣となった見物人に中に、腕を組んでこちらを見つめる女がいた。錬金術師アーリアだ。彼女はそばで控えている手伝いらしき若い女に耳打ちして、こちらに寄越した。
「あの、ヒマリ様。折り入ってお願いしたいことがございます。報酬は可能な限り要望にお応えできるよう努力させていただきます」
格式張ったお辞儀をする若い娘に軽く気圧される。
「あなたは、あの錬金術師さんの部下とかですか? だとしたらちょっと、億劫なんですけど」
なにを頼まれるのかはわからないが、直感がやめておけと言っている。
「セルバと申します、以後お見知りおきを。それで本題の件なのですが、そこをなんとか! 手ぶらで帰ったら私、どうなるのか。ううぅ。またあの実験に付き合わされたくないんです。うぅ。どうか、私を助けると思ってぇ、お願いしますぅ」
うるうるした目ですがるようにそでをつかむ若い娘。年下っぽいのにとても苦労しているのは明らかだ。
さすがにこれは放っておけない。
「……わかったよもう。なにすればいいの? 連れて行って」
あの女の人の部下ということでなんとなく察してしまい、この子を無意識に哀れんだのか、はたまた単純に押しに弱いのか、私はうなずいてしまった。
「ありがとうございますうう、今お連れしますね。ささ、こちらです」
ぱあっと明るくなる顔に、こちらも元気をもらった。いいことをして感謝の言葉をもらえると、人を満たされる。相手が可愛い子だとなおさらだ。
そうやって優しく微笑んでもらいながらも談笑して楽しんだのは、目的の部屋に着くまでのわずかな時間であった。
「え!? これ、死ん……」
キングサイズの豪奢なベッドで横になる妙齢の女性は、とても幸せそうに目をつむって横になっていた。
問題は息をしていないこと、そして心臓が動いていないことだ。
「女王エリドール様です。ご存命ですのでお間違えのないよう。ただ……、商人を装って入国した湖畔の魔女に一服盛られまして、この通りです。あのクソ魔女ばばあが言うには、呪いを解く方法はあるらしいのですが、かれこれ十年、見つけられずにいます。不甲斐ない」
途中キレかけたなこの子。語気を荒らげる場面は少し怖かった。
それにしても。
「十年も眠ったまま? いろいろ大丈夫なのですか」
「はい。調べましたところ、身体ごと時間が止まる呪いのようで、まったく老いず食事をとる必要もないのです。結構世話の手間が省けるんですよここだけの話」
「……」
今の発言は問題があるので、流しておいた。
どうやらこの人は王族のお世話係のようだ。服装とかメイドだし。
「コホン、今のは冗談です。それでですね、アーリア様のもくろみだとこの状況さえもヒマリ様になら覆すことが出来ると、先ほどの魔法をご覧になった後におっしゃったのです……いかがですか?」
「いかがですかと言われても、まぁやってみますけど、期待はしないでくださいよ? 責任とかそういうのはもちろん大丈夫なんですよね? 失敗したら」
「その点もご心配なく。ここにアーリア様がお作りになって回復ポーションがありますので、最悪の場合にはこのポーションで問題が発生したということにします。ですのでヒマリ様は臆せず力を発揮してください」
「……」
にこりと微笑むその顔には愛嬌しかない。なにも知らなければ、かぁわぁいぃい、と言っていたかもしれない。紛れもなく美少女。
しかし、やはりこの子は腹黒だ。
王宮でメイドとして働くとこうなってしまうのかな。
「お湯と清潔な布は用意しました。必要なものがあれはなんなりと申しつけください」
ぱんと手をたたくメイドに反応して、ぞろぞろとほかのメイドが入室した。五人はそれぞれ桶を載せた台を引いている。
しかしながらそれらは必要はない。私に出来るのは魔法だけなのだ。医学の知識など微塵もない。『治癒』では足りないよね。だとすれば。
『蘇生』。
詠唱をしながら胸のあたりに手をかざす。すると、じわじわと熱を帯び身体が紅潮し始めた。
「これって、うまくいってるんですか? 血色はよくなりましたけど」
のぞき込むメイドの言うとおり、反応が良すぎる。意識が覚醒して咳き込む女王に一同は歓喜の声を上げるが、今度は咳が止まらずまた不穏な空気が室内に広がる。
「……」
やば。
「これ、うまくいってるんですか? 思ったんですが、呪いで時間を止められちゃっているってことは、蘇生とかそういうアプローチは間違っているんじゃないですか? 今思い出したんですけど、魔女にやられたときに最高級の回復ポーションを飲ませたんですが、むしろ逆効果だったみたいで状況が悪化したんですよねー」
あっけらかんとした態度で言うセルバは、まくし立てて話す割には焦っていない。
だいたい先に言ってよそういう大事なことは!
「大丈夫、これが下準備です」
「料理みたいな言い方をしますね……」
咳は止まったが、今度は「んーんー」とうなり始めた。汗もかいているようだし、最悪の場合このまま本当に昏睡状態って事も。
落ち着け私。魔法『蘇生』が最適解でないことはわかった。『蘇生』がだめならたぶん『治癒』もだめっぽい。あとはそう、この聖剣を触れさせてみるしか。
「なにをする気ですかヒマリ様!?」
引き抜き、魔力を込めて本来のブレイドを展開させた聖剣の腹の部分を、やさしくその柔肌に触れさせる。
すると、みるみるうちに状態は改善され、その豊かな胸が上下しはじめた。
「呼吸が、息を吹き返したようですね。よかったぁ」
むくりと上体を起こしたその女性は艶やかな髪をかき上げ、潤った瞳で私をまじまじと見つめた。
「あなたが救ってくれたね。心から感謝します」
懐の深さを感じさせるその顔つきは、健康的で長年眠っていたことを一切感じさせなかった。




