03話 その剣はすべてを解き放つ
「っ!?」
現れたのは白銀の全身鎧。数メートル先で仁王立ちしているその騎士風の人物は、顔も鎧で覆われているためよくわからないが、背丈は2メートルほどあり、横幅もどっしりとしている。
右手には斧と槍が合わさった長柄武器ハルバード、左手には大盾を持っており、その重厚な武器と防具は見るだけで相手をひるませるほどの威圧感がある。兜の後ろから腰まで金色の髪がたなびいている。女騎士だ。
「よしっ! あなた、うしろの犬をおとなしくさせてっ。頼むよっ! ……?」
私の声が聞こえたのか、その場で腰を落として槍を構える女騎士。それはまるで、振る舞わす前の準備のように。
妙な胸騒ぎがするも、追いつかれないようにその女騎士の元へ走るしかない。
「あの、ヒマリさん? あの騎士、なんだか様子がおかしいような」
兜の隙間から光る二つの目が、こちらを見ている気がする。
狙いはわかっているのだろうか。敵は私たちではなく、後ろの犬っころだということに。
「召喚したのは私だからね? 勘違いしないでよね? あなたに飛びかかろうとしているんじゃなくて逃げてるんだからね?」
足を止めることなく、息を切らして叫ぶ。あと5メートルで交差するというところまできて、騎士は長柄武器を振り下ろし始めた。
「わっ、わああああ」
「おねがいおねがい斬らないでっ」
目をつむったまま騎士の横を走り抜けると、しばらくしてキャンと鳴く声が聞こえた。立ち止まって振り返るとそこには、二つ頭の犬が騎士に抱きしめられ、すっかり意識を失っていた。
次の指示を待っているのか、ガシャガシャと音を立てて歩いてくる騎士は、その犬を差し出す。
「あ、あの、もうちょっと持っててもらってもいいです? 目を覚ましたら困るんで」
言葉は通じるようで、ぬいぐるみを抱きしめる子供のようにその犬を抱く騎士。所々火がついている魔獣だが、その鎧には効果がないようだ。
「とりあえずなんとかなったね」
「あれはいいんでしょうか。林から煙が上がってますが」
「だめです」
女騎士を含めた三人は、火災直前の林を眺めていた。
「あと一本。少しでもくすぶってるところがあったらかけておいてー、ナイトちゃん」
ブィン、と音が鳴りそうな赤い目の輝きで、彼女は無言の返事をする。
私たちは林に戻り、これ以上燃え広がらないように消火活動を開始した。少しでも消そうとショルダーバッグに入ってある水入りの革袋を傾けてみたところ、いつまで経っても水が出続けることに気づいた。
これはうれしい発見だった。飲み水に困ることがない。
「ヒマリさん、うれしそうですね。あの革袋、あとで見せてもらってもよろしいですか? ちょっと興味がありまして」
「もちろん。人間は水を飲んでさえいれば何日かは生きられるってなにかで見たし、水分を摂ることは美容にもいいんだよ? さすがにテンションが上がる。魔法の道具的なやつなのかな? アイリちゃんはそういうのに詳しいの?」
「は、はい! わたし、錬金術師……みたいなことさせてもらってて。いろいろ研究とかしてるんです」
胸の前で手を組み、前のめりになるアイリ。
「そうなんだ。じゃあさ、いまからこれ一緒に読まない? わからないところがあったら教えて欲しいし」
ナイトちゃんが木にくくりつけた気絶中の魔獣が暴れ出さないか見張りつつ、改めてマリーの手記を開き、一枚ずつめくっていく。
「あ、このページなんていいんじゃないですか? 聖剣って書いてますよ」
相変わらず祈りだの施しだの、お決まりの記述が多い中、アイリが≪聖剣について≫と丸で囲ったページを引き当て、熟読することにした。
『聖剣を王から拝領してしまった。その真価は神聖魔法を用いることで発揮される≪浄化の陽光≫からなるブレイドであり、無血で魔を祓う点にある。
魔獣および魔族をそのブレイドで触れさえすれば解放することが出来るのは、人類の希望といえる。
聖女、つまり神聖魔法を使える私だけが扱えるといういことは把握していた。でも、世界で一振りしかない国宝であり、魔族すらこれの破壊をもくろんでいるというのに、まさか本当に貸し与えるとは。
これでいよいよ避けられなくなった。せめて、時間稼ぎに注力していきたい。あの大陸へ遠征するために必要だと言えば、王はなんでも手配してくれる。手始めに――』
後半の内容は少し気になるけれど、今は聖剣の真価についてだ。
「えっと……、つまりこの剣は壊れて使えないってわけじゃないの?」
腰にある剣の柄頭に手を置く。冷えたのか少し冷たい。握りをつかんで引き抜いてみるも、やはりブレイドは20センチくらいしかない。
「そうですよきっと。って、折れてますね……。でも記述に従えば、ん-、魔力を流してみるのはどうですか」
神聖魔法についてもよくわからないけれど、とりあえずやってみよう。
「やばかったらやめればいいよね」
両手で剣を持ち、目を閉じて力を入れてみる。魔力が胸から腕を伝って剣に流れるイメージを頭に浮かべる。
すると、ふわりと髪が逆立った気がして目を開けると、1メートルほどのまばゆい光が伸びていた。根元からその光は剣先まできれいにかたどられており、本来のロングソードが初めて観測できた気がした。
「きれい。これが聖剣なのですね。ヒマリさま。すごいです」
「ちょっとアイリちゃん!? 急にひざまずいてどうしたの? そんなことしなくていいよぉ」
「あまりに神々しくて。聖剣なんてわたし初めて見ましたし。この魔力反応もおそらくは神聖魔法で間違いありません。ヒマリ様は聖女であらせられたのですね」
「ちがうって! いや合ってるんだけど、それは身体、器だけって言うか、中身はただの平凡な女子高生なの。趣味はスマホで動画鑑賞するだけの平凡な、花の女子高生を活かせていない怠惰な娘です」
言っていてつらくなってきた。
それに、当の本人であるマリーも私にこの身体を押しつけて現世にバックレたのだから、尊敬の対象に足る人物ではないのかもしれない。
「ちょっとよくわからない箇所がありましたが、その謙虚さこそがまさに聖女様かと。お会いできて光栄です」
ひざまずき、顔の前で手を組んで祈っている。そのまなざしは羨望であり、安らぎに満ちた表情をしている。
違うって言っているのに聞かないなこの子。
「はずかしいからやめてよもうっ。ねえアイリっ。見て?」
小6の時に新体操でやったバトンの要領で軽く聖剣を回してみる。とても軽く、バランスがいい。実際のロングソードであれば、1メートルはあるからもう少し重いはずだけれど。
「わあ、ヒマリ様は聖女でありながら道化師でもあるんですねっ。結構過酷な人生を送られたのですか?」
「違うよっ! 2ヶ月でやめちゃったけど、習いごとをしてたの。道化師でもないし、聖女でもないから様はつけないで? 私はアイリと同じ普通の女の子だから」
「うぅ。善処します、ヒマリさ……ま」
ようやく祈りのポーズを解除し、となりに座ってくれたが、まだまだ時間がかかりそうだ。
この世界では聖女は崇拝の対象なのかもしれないから、無理強いは出来ないけれど、せっかく仲良くなった年が近そうな女の子だ。ツテが一切ないこの状況では手放せない。
ん? しかし逆に信仰させて優位性を維持しつつ環境を整えるほうが効率的……やめておこう。
「この聖剣、せっかくだからこのワンちゃんで試してみるね。触れるだけでいいって書いてあったし、刃じゃなくて腹の部分をちょこっと当ててみる」
木に固定してある犬の首にそっと剣を乗せる。と、そのブレイドの光はあくまでも光であるため、そのまま透過してしまい、剣の腹でヘルハウンドを一刀両断したみたいになってしまった。
次の瞬間、不思議なことが起きた。
「か、かわいい。かわいいですよヒマリさんっ。もふもふです」
灼熱地獄の番犬みたいな凶暴さを前面に押し出していた二つ頭の犬が、二匹の無垢な子犬になって私を見上げていた。こらえきれなかったのか、二匹をなで回すアイリ。
「怪我とかしてないね。真っ二つに分かれたというより、魔法が解けたみたいな感じ? あれ、そこに落ちてる真っ赤な石はなに?」
舌を出して気持ちよさそうになでられるまん丸お目々の子犬たちに夢中で、返事がない。
「んーここが気持ちいいの? ふふふ。こらーそこは舐めちゃダーメ。ふたりとも女の子なのにゃー? かわいいにゃー」
「それ犬だよ? テンション上がっちゃって猫っぽい話し方になってるけど、それ犬だよ」
出会って間もないけれど、意外な一面を見た気がした。これが素なのかな。可愛い。
自分でその石を拾い上げるもすぐ落としてしまう。とても熱い。
ヘルハウンドに聖剣で触れたら二匹の子犬と燃えるように熱い石になった。これはつまり、魔法かなにかで強制的に魔獣にされていたとみるのが自然だ。聖剣の≪浄化の陽光≫によって分解されたか、解除されたのか。
魔法でカエルやカカシにされた王子なんてお話はあるけれど、これも魔女のしわざなのかな。
「もーそんなに遊びたいならお腹に顔をうずめちゃうぞー? ほらほらー」
キャンキャンと鳴いて暴れる二匹の子犬を両手で抱きしめ右に左にと代わる代わる堪能する目の前の少女。ただ単純にアイリがやりたかっただけじゃないの、とは言わないでおいた。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願い致します




