鉄屑の再生、傷だらけの純情
学園の喧騒から隔離された旧校舎裏の半地下。そこには、ねじ巻きクラブの部室があり、そのすぐ隣には、役目を終えた部品が積み上げられた『鉄の墓場』――廃棄部品集積所が広がっている。
湿った空気とオイルの混じった臭い、そして寿命を迎えた歯車たちが放つ微かな金属の軋み。そこは機人たちにとって、死と隣り合わせの静寂が支配する場所だった。
だが、今その静寂は、耳を覆いたくなるような暴力的な金属音によって無残に引き裂かれていた。
「……ッ、はあ……はあ……! 抜けろ……抜けろよ、こんなゴミ……ッ!!」
山積みになったジャンクパーツの隙間で、一人の機人がのたうち回っていた。二年機のボルトだ。カッパー色の装甲を誇らしげに輝かせていたその姿は見る影もない。今の彼は泥と廃油にまみれ、自らの右腕に食い込んだ異形のパーツ――かつて『天からのギフト』だと信じて疑わなかった、醜悪な多目的クローを力任せに引き剥がそうとしていた。
バキ、と内部のフレームが歪む不吉な音が響く。ボルトの顔は歪み、アンバー色の瞳には、自らの身体に対する激しい嫌悪と、信じていた『進化』が単なる支配の道具に過ぎなかったことへの絶望が混ざり合っていた。
「くそ……、くそおぉ! 僕は自由だ! こんな……こんなもん……ッ!」
狂ったようにクローを地面の鉄屑に叩きつける。衝撃で火花が散り、ボルトのメインフレームが限界を超えた負荷に悲鳴を上げる。ボルトは、自分の矜持であった『改造』が、実は教頭の手のひらの上での『モルモットのダンス』だったと気づいてしまった自分に耐えられなくなっていた。
「……いい音立ててんじゃねーか。その不協和音、嫌いじゃないよ」
暗がりから、低く、しかし通る声が響いた。
重厚な金属足音と共に現れたのは、グリーンガンメタリックの装甲を鈍く光らせた女――ねじ巻きクラブ部長、スパナだった。腰に巨大な愛用のスパナを差し、ディープレッドの瞳でゴミの山を見下ろしている。
「――『鉄屑医』か。……笑いに来たのかよ。見ての通りだ、バカな機人が、自分がゴミだってことにようやく気づいたところだよ」
ボルトは顔を上げず、自虐的に吐き捨てた。かつてスパナを『時代遅れ』と見下していた面影はない。
「捨てたいのかい、そいつを」
「当たり前だ! こいつは僕の身体じゃない! 教頭の……あいつの呪いだ! スパナ、あんたの手でこいつを、僕の腕ごと叩き壊してくれ……ッ!」
懇願するようなボルトの叫びに、スパナはフッと鼻で笑った。
「――断る。もったいねえ」
「……何だと?」
「素材に罪はないって言っただろ。教頭の設計にはヘドが出るが、このパーツに使われてる超硬合金と高出力ギアは一級品だ。それを壊すなんて、技術屋の名が廃る」
スパナは一歩踏み出し、ボルトの胸ぐらを掴んで強引に引きずり起こした。至近距離で睨みつけるディープレッドの瞳には、一切の憐れみはなく、ただ圧倒的な技術者としての『欲』があった。
「捨てて逃げるのは簡単だ。だがな、ボルト。そんなにそいつが憎いなら、いっそ完全に自分の支配下に置いてみせな。教頭の書いたクソったれな設計図、俺が上から塗り替えてやるよ。……来な。部室で『教育メンテ』の時間だ」
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ねじ巻きクラブの部室。 そこはスパナが持ち込んだ無数の工具、謎の配線、そしてロスカやテツが拾い集めてきたガラクタで埋め尽くされた、彼女の聖域だ。
作業台に拘束されたボルトの目の前で、スパナが巨大なハンマーを振りかざした。
「おい、待て……! 麻酔とかないのかよ!?」
「あ? そんな気の利いたもん、うちにはねえよ。機人の痛みは、生きてる証拠だ。自分の身体がどう削られ、どう繋がれるか……その苦しみをゼンマイに刻み込みな!」
金属と金属が激突する、凄まじい衝撃音が部室に充満する。スパナが行うのは、洗練された修理などではない。教頭が仕込んだ精密な制御チップを焼き切り、代わりのジャンクパーツを無理やり噛み合わせる、暴力的なまでの『魔改造』だった。
「が、あ、あぁああああッ!!」
ボルトの絶叫が部室の壁に反響する。火花が散り、熱せられたオイルの臭いが立ち込める。スパナは額の汗も拭わず、一心不乱にハンマーを振るい、スパナを回し、ボルトのフレームに直接、新たな『命』を打ち込んでいく。
「耐えな、ボルト! 与えられた信号じゃねえ、お前の意志でこのギヤを回せ! 咆えろ、お前のゼンマイを震わせろ!」
傍らで見ていたロスカは、その凄まじい光景に息を呑んだ。スパナの言葉は乱暴だが、そこには『ボルトという一人の機人』を、支配から解き放とうとする執念が宿っていた。
数時間後。部室の熱気が引いた頃、作業台の上には、静かに息を吐くボルトの姿があった。
彼の右腕は、もはや元の面影を失っていた。カッパー色の装甲は剥げ、無数の鋲が荒々しく打ち込まれた、黒光りする無骨な鉄の塊。だが、ボルトがゆっくりとその拳を握り込んだ瞬間、ズン、と重厚な駆動音が部室全体に響いた。
「……重い。けど、あいつの声(命令)は、もう聞こえない……」
「当たり前だ。そいつはもう教頭のおもちゃじゃない。お前というクズ鉄に相応しい、最高に汚いお前だけの『武器』だよ」
スパナは満足げに、自らのグリーンガンメタリックの腕を腰に当てた。ボルトのアンバー色の瞳に、かつての傲慢さとは違う、静かで熱い火が灯っていた。
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一方、夕闇が迫る校舎裏の踊り場。 リベットは、小型カメラのレンズを鏡代わりに、自分のカナリアイエローの肩装甲を何度も確認していた。
「はぁ……。せっかくスカイブルーの瞳に合わせて毎日丹念に磨き上げてきた自慢の装甲なのに。これじゃあ、スクープハンターの名が泣いちゃうわ……」
彼女の肩には、昨夜、教頭の手先に捕らえられた際、拘束具によって深く刻まれた歪な凹み傷があった。リベットは快活な少女だが、今はその傷を見るたびに、何もできずに囚われの身となった自分を思い出して落ち込んでいたのだ。
「……非論理的な嘆きだね、リベット」
階段を上がってきたのは、タブレットを片手にしたテツだった。彼はエメラルドグリーンの瞳を画面に向けたまま、不愛想に立ち止まる。
「なによテツ! あたしのこの悲惨な姿を馬鹿にしに来たの!? あたしがどれだけ命がけでシャッターを切ってきたと思ってるのよ!」
リベットはムッとして声を荒らげたが、テツはエメラルドグリーンの瞳を画面に向けたまま、淡々と口を開く。
「……データによれば、その傷は強固な物理拘束を受けた際に応力集中が発生した痕跡のようだ。それを君が無力だった証拠だとでも言いたいのかい?」
「そうよ! 何がスクープよ、結局捕まって、ロスカさんたちに助けてもらって……」
「ホント愚かだね。その傷は、君が『奴らにとって不都合な真実』に最も肉薄したという、実在の証明だよ。何も知らない傍観者に、そんな傷はつくはずもない。隠すのは愚策。その傷がある方が、君の撮る写真の信憑性と、現場を知る者としての説得力が増す。……つまり、一流記者の勲章ってことさ」
「……勲章?」
「……君の低すぎる注意力を補って余りある『現場への執着』の結果だよ。誇っていい。……じゃあね、カレーの販売車が来る時間だ」
テツはそれだけ言うと、そそくさと立ち去った。リベットは一瞬呆然としていたが、やがて『一流記者の勲章』という言葉を反芻し、顔をパッと輝かせた。
「そっか! そうよね! 傷一つない記者なんて、現場を知らないモグリだわ! よーし、この傷、あえて磨いて目立たせちゃおうかな!」
現金な彼女は、一瞬で自信を取り戻し、夕日に向かってカメラを構え直した。
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夜。ねじ巻きクラブの部室。 一仕事を終えたスパナが、作業椅子の背もたれに体重を預け、長い息を吐き出していた。作業台の上では、再生した右腕を胸に置いたボルトが、深い眠り(スリープ)についている。
静寂を破ったのは、部室の扉を激しく叩きつける音だった。
「……ちょっと! いつまでロスカをこんなシケた場所に置いておくつもりよ!」
現れたのは、チェリーレッドの装甲を怒りに震わせた少女、ピニオンだった。彼女はねじ巻きクラブの部員ではない。だが、昨夜の事件以来、ロスカがスパナたちに付き合わされているのが我慢ならず、ついには第一整備室から乗り込んできたのだ。
「おお、ピニオン。相変わらず、ロスカに過保護だねぇ」
「誰のせいよ! ほら、ロスカ、帰るわよ! あんたの身体の癖は、私が一番よく分かってるんだから。こんな得体の知れない部室でいい加減なメンテをされる前に、私がきっちり点検してあげる!」
「あ、はは……。ごめん、ピニオン。でも、昨日のデータのまとめをテツとやってて……」
「いいから! ほら、立って。……あ、ちょっと、袖が汚れてるじゃない。この制服、まだクリーニングしたばかりなのに」
ピニオンが、ロスカの制服の袖口についた汚れを払おうとした時、その指先が異様な感触に触れた。
「……え?」
それは、ロスカの袖口から装甲の隙間に挟まっていた、半透明の薄い膜のような破片だった。一見すると、ただのビニールゴミや古くなったパッキンの破片に見える。しかし、ピニオンがそれを引き抜こうとした瞬間、指先にバチッとした微かな静電気が走り、その破片は琥珀色を帯びた、砂のように脆い結晶へと姿を変えた。
「何よ……これ。学園のどの建材にも、パーツにも使われていない素材だわ。……それに、この組成。どういうこと、ゼンマイ駆動のエネルギーを吸ってる……?」
ピニオンの顔から血の気が引いていく。
理屈ではない。ロスカという機人を誰よりも見守ってきた彼女の直感が、その物質がこの学園の調和を乱す、忌まわしい不純物であることを告げていた。
「ロスカ……あんた、昨日どこへ行ったの? これ、どこでつけてきたのよ」
ピニオンの追求は、単なる心配を超えていた。彼女は、ロスカが自分の知らない『何か』に触れ、少しずつ自分たちの日常から遠ざかっていくような、底知れぬ恐怖に震えていた。
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