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11話 沈む心

レオ・バートランドが去った後、すぐにバートランド家の使用人たちが押し寄せてきた。

近くに待機でもさせていたのだろう。家具からドレスから何から何まで必要かどうか聞かれテキパキと荷造りをし次々と運んでいく。


あらかた確認し終わると促されるままバートランド家の家紋がバッチリついた豪華な馬車に乗せられる。


ー 普段の馬車とは大違い…


1時間ほどしてバートランド家に着くと大きな門をくぐりぬけ美しいシンメトリーの庭を通過し扉の前でようやく止まった。


「お待ちしておりました、フィーネ様」


出迎えの使用人たちがずらりと並び緊張する。

その一番手前にいた侍女頭とおぼしき年配の女性が私に歩み寄る。


「わたくしは侍女を統括しておりますカレンと申します。あいにくレオ様は旦那様と奥様とお話し中でございます。フィーネ様には先にお部屋でお待ちいただくよう仰せつかっておりますので、わたくしについて来て下さい」


「は、はい」


私が結婚をせまって押しかけてるみたいに思われていたら嫌だなと思いながらここはとにかく言う通りにしようと従った。

なんせここはバートランド侯爵邸内。

完全アウウェーだ。



歩きながら邸宅内を簡単に説明され、二階に上がる。

それにしても想像以上に広い。

外から見た時も大きい建物だと思ったが、中に入るとさらに奥まで広がっていて中庭の先にさらに建物がある。部屋数もとんでもなく多くて一度では到底覚えられそうになかった。


「で、こちらがレオ様のお部屋で隣がお二人の寝室に…」


「え、寝室は一緒ですか!」


「ええ、お二人はご結婚されたも同然だと伺っておりますので」


なにをそんなに驚いているのだという顔で見られた。


「…結婚、そうですね」


一気に事が起こり過ぎて実感が全然ない。


ー というより婚約すらせずいきなり結婚って普通じゃないわ


普通は婚約して結婚式を挙げて、結婚証明書にサインして、初夜を迎えるのが一般的な流れだ。現侯爵家当主も夫人もさぞ驚いているに違いない。


ー もうめちゃくちゃだわ


寝室を通り過ぎたその隣が私の部屋のようで、中へと入っていく。


「あ、大きな本棚…」


「本を読まれるのがお好きと伺いましたので、いくつか揃えさせていただきました」


「え…」


「あとこちらがウォークインクローゼットとなっております。ご不便がないようにとご用意させていただきました」


「私の…着る物を、ですか?」


「ええ」


通常着るような普段着からパーティ用ドレスまでぎっしりと詰まっている。


「青い色が多いようですが…」


「偶然でしょう」


よく見れば様々な青色の生地に金の刺繍が施されている。


それにしても随分と準備がいい。

いくらバートランド侯爵家とはいえこれだけの量を昨日今日で用意できるのだろうか。部屋の内装にしたって本棚にしたってそうだ。


「あの、この部屋のものは一体いつ用意したんですか。いえ、その急なことだったのに随分整っていると思いまして」


「そうでしょうか。バートランド家ではこれくらいのこと朝飯前でございます」


そう言うと部屋を一通り説明し終えたカレンは「何かあればベルでお呼びください」と出て行った。

私は近くにあったソファにドサッと腰を落とすと、頭がぐらぐらした。


ー 色々あり過ぎて疲れたわ…


目には知らない部屋が映る。

まぶたが重い。

ふいに涙が頬をつたった。


ー 全部無くなっちゃうんだわ…


王宮官吏職に受かって家を飛び出したこと。

お金を貯めて小さな家を買ったこと。

最初は侍女が一人しか雇えず苦労をかけたこと。

本棚が小さくておさまりきらずに本が床に積みあがっていたこと。

壁紙やカーテンなど少しずつ自分好みにしていったこと。


自分の力で変えられることが嬉しくてしかたがなかったこと。


(せき)を切ったように涙があふれてくる。


ー きっと仕事も辞めろと言うのでしょうね。そうまでして初めてにこだわらなくたっていいじゃない!?たった一晩寝ただけでしょ!


「もう、訳が分からないわ…」


そうして考えることをやめた私は柔らかなソファに沈んでいった。



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