茶色の物体
「うわああああっ!」
ドッシーン!
鈴木がとっさに右肩でタックルを決め、ふたりは地面に倒れた。
その拍子で平岡が持っていた茶色のおにぎりらしき物体は手からすり抜け芝生の上に転がった。
「おいっ! 何すんだよっ!」
鈴木は何も言わずにすぐに起き上がると茶色の物体を拾いに行った。
茶色の物体は芝生の上を転がったせいで草や土や石ころなどがべっとりとたくさんくっついていた。
「何なんだよいきなり」と平岡も起き上がった。
「ごめん……。急に私も食べたくなっちゃった……」
「だったら言えよ~。急にタックルしたら危ないだろ~」
「ごめんってば……」
「あ~びっくりした」
鈴木は平岡のそばに戻ってちょこんと座った。そして「平岡はこの海苔が付いてるやつを食べてよ」とケースの中の黒い塊を指さした。
「おう」
平岡は収納ケースの中の海苔が破けてごはんと梅干が溢れでているやつを両手いっぱいにすくって口に頬張った。
口の中からガリガリと音が聞こえる。
「オイシーーーーーーーーーーー!!!」
頬を膨らませ満面の笑みでモグモグする平岡を見て鈴木は複雑な気持ちで微笑んだ。
(平岡はこんなにひどい出来のおにぎりでもおいしいって喜んで食べてくれてる……)
(そんな平岡のやさしい心を、私は自分勝手に操ろうとしていたんだ……)
(ほんとひどい女だ……)
「オイシーーーーーーーーーーーーー!!!」
「うふふ、それさっきも言った」
「へへっ」
「そんなにおいしいんだ?」
「オイシ――」
「もうそれはいいから」
「ィ……。とってもおいしい(ガリガリガリ)」
「明日もつくってこようか?」
「ほんとうか!?」
ヴヴヴヴヴヴヴゥ~♪(チャイムの音)
「うん。お家にごはんいっぱい余っているから」
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛~♪
「ヤッター!!」
「明日は具に納豆をいれてみようかな」
「いいね!!」
「キムチもいれてみようかな」
「いいね!!」
「きゅうりを巻いてカッパ巻きみたいにしてもおいしいかもね」
「鈴木」
「ん?」
「おまえ鼻、腫れてるぞ」
「これは、なんでもない!」
鈴木は恥ずかしそうにしてプイッと反対の方向に顔を向けた。
「ニキビか?」
「別に何でもいいでしょ!」
鈴木は下を向いて顔を隠した。
その様子がかわいかったのでもうちょっと揶揄ってみたくなった平岡は腰を屈めて下から鈴木の顔を覗き込んだ。
「うわ、真っ赤っかだ。ピエロみたい。ぎゃははは」
「見んな! バカっ」
鈴木は平岡の顔を手で押しのけるとプイっと身体も反対の方に向けた。
「ぎゃはははは。真っ赤なおっ♪――」
「歌うなバカっ!」
平岡は残りの海苔おにぎりをパクっと口に放り込むと手にいっぱいついていたごはん粒もパクパクとキレイに食べた。
「あ~うまかった~」
「……」
「梅干しと海苔とごはんの相性って最高だよな」
「……」
鈴木は反対側を向いたまま黙り込んでいた。
「何だよ。そんなに気にする事じゃねえだろ?」
「気にするし」
むこうを向いたまま鈴木が喋った。
「なんでだよ。かわいいじゃん」
「え?」
「すげー似合ってるよ」
「はあ? どこが?」
やっとで鈴木が平岡の方を向いた。
「さまになってる」
「本当?」
「うん」
鈴木の表情が少し和らいだ。
「ねえ、これ見て」
鈴木は平岡に髪の毛を振って見せた。
「なんだ?」
「ハーフツインにしてみたの」
「はーふついん?」
「うん。かわいいでしょ?」
「すげーかわいい!」
「ニキビなんかよりこっちに先に気づいてよ。バカ」
「とっても似合ってる」
「ほんと!?」
「うん」
鈴木はほめられてめちゃくちゃうれしかった。
「ありがとう……」
「それ食べないのか?」
「え?」
平岡の視線は鈴木が両手で持っていた茶色の物体に向いていた。
「あ、これ? さっき地面に落としちゃったし。もう食べないよ――」
「じゃあもーらいっ!」
「えっ!?」
平岡は鈴木から茶色の物体をすばやく奪い取るとすばやく口に運ぼうとした。
「だめっ!!」
鈴木が慌てて奪い返そうとするも平岡はさっとよけた。
「返して!!」
と鈴木はふたたび奪い返そうとするも。
平岡は「ぎゃはは~」といたずらに笑いながら背中をむけてするりとかわし、ぱくっとひとくち齧ってしまった。
「食べちゃダメだってば!! バカっ!!」
鈴木はますます焦った。
横から奪い返そうとしたり背後から覆いかぶさって腕を伸ばして取り返そうとしたりして必死になった。
それが平岡には面白かったようで。彼は「きゃははは」と楽しそうに笑ってシュッシュとかわし、背中を丸め頭をしゃがめてまたひとくち、パクっと食べた。
「平岡!! 汚いでしょ! はやく吐いてっ!! 飲み込まないで!!」
鈴木は平岡に飲み込ませないように両手で彼の肩を掴んでぐわんぐわんと思いっきり揺らした。
すると平岡はもっと楽しくなったようで「キャ~!! ははははは~! キャアアア~!! ハハハハ~!」と爆笑しながらながらまたパクっとかじった。
それを見て鈴木は思った。
(この人……アホだ)




