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野蛮業  作者: やなぎ怜
11/11

(11)エルドレッド視点

 距離を取るようになったのはエルドレッドのほうからだった。


 エルドレッドにとってそれは苦渋の決断だった。そのときにはガブリエルへの淡い恋心を自覚して久しく、ゆえにできれば離れたくないというのがエルドレッドの本音だった。


 けれども己のせいでガブリエルが傷つくのは、エルドレッドには耐えがたかった。


 家族がほとんど離散状態になるとエルドレッドは夜の世界へ飛び込んだ。


 他の非行少年に比べ、なんだかんだと勉強もできて要領のよかったエルドレッドは、そのうちにひとつ歳上のジョンという男と知り合い――あれよあれよという間に今では立派なギャングの幹部である。


 予想外だったのは、そうなってから必死で忘れようとしていたガブリエルと、なんの因果か再会したことである。


 ガブリエルは霊能力者としてどうにか暮らして行ける程度の貧乏人に落ちぶれていた。おまけに警察に呼ばれれば協力するが、金次第ではエルドレッドたちのようなギャングにだって協力する、純粋なカタギとは言い難い存在になっていた。


 しかもしばらくしてジョンの元へ足しげく通うようになったので、部下たちはガブリエルはボスの情婦(イロ)なのだと信じるようになっていた。


 エルドレッドは半信半疑だった。ガブリエルは目の覚めるような美人じゃない。裏社会一辺(いっぺん)に身を投じるほどの度胸をそなえているわけでもない。ジョンがガブリエルのどこに惹かれたのか、エルドレッドにはわからなかった。


 しかしエルドレッドにとってもっとも腹立たしかったことは、ガブリエルがジョンの持つ力におびえながらも、しかしやはり――かつてエルドレッドに対してそうだったように――ジョンをありのまま受け入れていることだった。


 ジョンがガブリエルのことを気に入っていることは明らかだ。ガブリエルが訪れる前後は大体機嫌がいいので部下などは「ガブリエル様様」と思っているところがある。


 逆に、エルドレッドの機嫌は悪くなる。もちろん、表にはまったく出しはしないが。


 エルドレッドは、ガブリエルがジョンのことをどう思っているのか気になった。ジョンの力を恐れてイヤイヤ情婦をやっているのか。それとも――。


「ジョンとはそういうのじゃないから!」


 いつもの、素直じゃない、子供っぽい嫌がらせと嫌味を乗せてガブリエルに向ければ、彼女はとうとういら立ったようにそう吐き捨てた。


 エルドレッドはおどろいた。ガブリエルとジョンが深い仲ではなかったことにもだが、いつもより気安い言葉でこれまでの経緯をぶちまける彼女から、なんだかそのときばかりは、再会してから常にあった壁みたいなものがなくなったようで。


「――わかった!?」


 エルドレッドは半ば呆然としつつもハンドルを動かし、同時にミラー越しにうなずいて見せる。それでガブリエルは満足したらしい。疲れを顔ににじませて、後部座席の背へ身を預けた。しかしそれと同時にその口からは後悔の言葉が漏れ出る。


「ああ、言っちゃった……」

「別にだれにも言いませんよ」

「本当そうして」

「……オレとデートしてくれるならね」

「――はい?」


 ガブリエルが間抜けな顔をして運転席を見ているのをミラーで確認したエルドレッドは、口の端が持ち上がるのを感じた。


 それはガブリエルにも見えていたのだろう。彼女は口の端を引きつらせてまじまじとエルドレッドを見る。しかし、なにも言わなかった。


 そのうちにガブリエルが住んでいるマンションのエントランス前へと到着する。エルドレッドが先に降りてエスコートの姿勢を取れば、ガブリエルは無言のままその手を取って車から降りた。ハイヒールのかかとがアスファルトを叩く「コツ」という音がした。


「デートの返事ってさ……」

「すぐじゃなくて構いませんよ」

「ああ、そう……」

「でも――ガブリエル、オレが誘っている最中に他の男に色目を使ったら殺す」


 エルドレッドの頭ひとつぶん半は下にあるガブリエルの顔を覗き込み、わざとらしく脅しつけるようにして言う。


 ……しかし、ガブリエルの表情は変わらなかった。


 否、それどころか――。


「殺すって……あの兄貴分みたいに?」

「……あ? この前のやつか? 三日月湾の」

「……違うよ。一〇年前の」


 エルドレッドははじめ、ガブリエルがなにを言っているのかわからなかった。


 それが面白かったのか、ガブリエルは破顔する。久方ぶり見た、引きつっているわけでも、あいまいな愛想笑いでもない、無邪気な笑みだった。


「秘密……だね。これまでだれにも言ってないし、これからも言わないよ」


 いたずらっぽく笑うガブリエルを、エルドレッドはただ茫然と見下ろすことしかできなかった。


 ――たしか、ガブリエルが霊能力者の仕事をするようになったのは、彼女が高校時代からの話だったと聞いている。


 ……エルドレッドがギャングになる前に殺した男。あの男を()た霊能力者は役立たずでもなんでもなくて――。


「あ~あ。今日は言わなくていいことたくさん言っちゃって疲れた。じゃあ私はもう帰るから。おやすみー」


 ガブリエルがマンションのエントランスホールへと消えるのを見届けてから、エルドレッドは車に軽く背を預ける。


 そのまま内ポケットからタバコを取り出し、ジッポライターで火をつけた。


 ――してやられた。


 どうも、エルドレッドよりガブリエルのほうが一枚上手だったようだ。


 だが、振り回されているばかりでは、面白くない。


「覚悟しとけ」


 エルドレッドのひそやかな声は、その口から吐き出された紫煙と共に、夜の闇に溶けて行った。

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