プリムたちの船旅
プリムたちを乗せた船は、イエロートパーズ王国へ向けて順調に進んでいた。
プリムは、船室で読書をしようと思ったがすぐに気持ち悪くなったので断念……船の揺れを感じながら文字を追うと、どうも気分が悪い。
クロネはベッドで丸くなっている。こちらも気分が悪いようだ。
「にゃうぅ~……キモチわるいにゃん」
「船酔いですね。お水、飲みますか?」
「飲んだにゃん……」
「ん~……あ、そうだ」
プリムはポンと手を叩き、クロネのベッドに座る。
クロネは片目を開け、ネコミミをぴくっと動かし尻尾でベッドをぺしっと叩く。『構うな』というサインなのだが、プリムからすれば可愛いだけの行動だ。
プリムは、右手に力を込める。
「クロネ、少しだけ失礼しますね」
「にゃ!? 触ん……にゃう? あれ……なんか治ってきたにゃん」
プリムの特異種としての能力、『神医』である。
怪我を治す能力で、深い切り傷や刺し傷にも効果がある。風邪などの症状を和らげることはできるが完治まではいかない。というのがプリムの認知だった。
だが、ガブリエルから力を分けてもらった今は違う。怪我の回復効果が上がり、病気も治せる。船酔いも試せるかクロネで試したところ、どうやら効果があったようだ。
だが、自分を治すことはできないのと、体力の消費だけは変わらなかった。
「ふぅ……よかった、効いて」
「……ま、感謝しとくにゃん」
「はい♪」
「……なーんでそんなに嬉しそうにゃんだか」
クロネはベッドから起き上がり伸びをする。
「あんた、イエロートパーズ王国のお使い終わったらどうするにゃん? あの変態野郎と一緒に冒険するのかにゃん?」
「へ、変態野郎って……」
「あいつ、うちのおっぱい揉んだし下着に手を突っ込んだにゃん!! この恨みは一生忘れないにゃん!!」
「クロネがフレアを暗殺しようとしたのが原因でもあるけど……」
「うるさいにゃん!! まぁそうだけど……そんなこと関係ないにゃん!! 女の子の身体をベタベタ触る男なんて嫌いにゃん!!」
「あはは……ま、まぁ、きっと仲良くできますよ」
「……ふん」
クロネはそっぽ向く。尻尾が揺れてなんとも可愛らしい。
「ま、どうでもいい情報だけど、治療代として教えてやるにゃん」
「え?」
「ホワイトパール王国、第一皇子マッケンジーと第四皇子マーナが国家反逆罪で投獄されたにゃん」
「…………え?」
それは、プリムの兄と姉の話だった。
いきなりのことでプリムの思考が停止する。
「あんたに会う前に集めた情報にゃん。ま、使い道ないからどうでもいい情報にゃん」
「お、お兄さま、お姉さまが……ど、どうして」
「あんたは死んだことになってるけど、第五皇子ウィンダーが裏でいろいろやってるにゃん。まずは国に影響力の強い兄と姉から、その次に下……あんたの捜索も行ってるみたいにゃん」
「そ、そんな……」
「それと、ホワイトパール王国には関わらにゃい方がいいにゃん。噂では、第五皇子ウィンダーには天使様が付いてるみたいにゃん」
「…………」
「ま、あんたも天使の庇護を受けてるようなモンにゃん。心配はいらないにゃん」
「……ウィンダー兄さま」
プリムは顔を伏せてしまった。
少し余計なことだったとクロネは思ったがどうでもいい。イエロートパーズ王国へのお使いが終わればおさらばなのだから。
「くぁぁ……うち、少し寝るにゃん。耳と尻尾触ったら怒るにゃん」
そう言って、クロネは再びベッドで丸くなった。
◇◇◇◇◇◇
「いつ到着だ」
「さぁね。海に聞いておくれ」
アイシェラは、エリザベータの船長室でワインを飲んでいた。
こんな昼間から酒を飲むつもりはないが、エリザベータが勧めたので仕方なく飲んでいる。
ブルーサファイア王国を出発して数日、船は順調に進んでいる……はず。
「海が荒れてきたら潜水艇に乗って進む。海面が大荒れでも水中は静かだからねぇ」
「……前から思っていたが、潜水艇はどうやって進んでいるんだ? この船は帆船で風を利用しているのはわかるが、海中では風はないだろう」
「簡単さ。パープルアメジスト王国の『魔道機関』を使ってる。知ってるだろ?」
「魔道機関……なるほど、技術国家のパープルアメジストか」
魔道機関。
魔力を使ったカラクリだ。人の力では動かせない大きなものを、鉄や歯車、電気配線などを使った仕組みで動かす物。パープルアメジスト王国は魔道機関技術において他国の追随させない。
「潜水艇に『スクリュー』とかいう羽を付けて、魔道機関で回してんのさ。専属の魔法使いに魔力で動かしてもらってる」
「ほぉ……」
「アイシェラ、お前も魔法は使えるんだろう?」
「まぁな。だが私は魔力が絶対的に少ない。それに初歩的な水魔法を数種類だけしか習得していない」
「十分さね。素質があるだけ大したもんだ」
ワインを一気に煽り、エリザベータは外の景色を眺め……目を細める。
「明日かね……」
「? 何がだ?」
「明日、潜水艇に乗り換えて進む。イエロートパーズ王国まではまだかかるね」
「……わかるのか?」
「ああ、海を愛してるからね」
エリザベータがニヤッと笑い、アイシェラのグラスにワインを注いだ。
◇◇◇◇◇◇
エリザベータの言った通り、翌日には雲行きが怪しくなった。
最低限の人員を潜水艇に乗せ、残りは引き返す。
新しく作った潜水艇は大きく、最新式の『魔道機関』が積んであり、狭いながらも個室まで付いていた。
そして、プリム、アイシェラ、クロネの三人は同室になった。
「アイシェラ、近づいたら殴る」
「あんた、外で寝たら?」
「くぅぅ……姫様に邪魔者扱い!! いい!!」
アイシェラは相変わらずだ。
ベッドを三つ並べ、三重に重ねた丸い窓から外が見える。外と行っても海中……海面が荒れているせいか濁って何も見えない。
クロネは丸くなり、アイシェラは装備の点検、プリムは読書を始めた。船と違い潜水艇は殆ど揺れない。
「イエロートパーズ王国か……」
「アイシェラ?」
「いえ、魔法王国の話で、騎士団時代に聞いたことを思い出しまして」
「どんな話?」
「…………」
クロネは片目だけを開けた。
「イエロートパーズ王国には魔法学園があり、騎士団の中にも魔法学園の卒業生が何人かいまして、そこから聞いた話ですが……どうも、魔法学園の理事長とやらは危険な人物らしいです」
「危険? なんで?」
「魔法学園理事長は『特級冒険者』の一人、『虹色の魔法使い』ブリコラージュというお方のようです」
「特級冒険者……」
「ええ。人類最強、天使と肩を並べるほどの強さを持つ『人間』ですね。話によると、天使ですら特級冒険者には手を出さないとか」
「すごい人なんだぁ……会えるかな?」
「……いえ、むしろ接触するべきではないかと」
「え、なんで?」
「冒険者の間では有名な言葉です」
アイシェラはプリムを見て、真面目な顔で言った。
「『特級冒険者は狂っている』……どうやら、人格者というわけではないようで、騎士団の魔法使いたちも恐れていました。もちろん、特級に相応しい実力や功績もあるようですが」
「こ、怖いのかな……」
「大丈夫。お嬢様は私が守ります」
「う、うん。ありがとう、アイシェラ」
「いえ、お礼はキスで構いません」
「寝ろ」
「あふんっ!!」
悶えるアイシェラを無視し、プリムは読書を再開。
「…………」
なぜか、クロネは両目を開けて歯を食いしばっていた。