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第5話「兎とドリル4」


 ドリルのように形を変えた向日葵もどきは、蛇が鎌首をもたげるような仕草をした後、天を仰ぎながら地中へと姿を消していった。向日葵もどきが完全に姿を消すと、地中から鈍い掘進音が鳴り始め、地鳴りを伴って穣へと近づいてくる。

 掘進音と地鳴りが止むと、穣の眼前、距離にして3mほど先の地面が不自然に盛り上がり、向日葵もどきがその姿を再び現した。

 それ《・・》は地中から茎を伸ばすと、ゆっくりと包葉を開き、頭花を垂らす。地面に張り付けられている穣の周りで不規則に左右に揺れる頭花が、獲物を品定めする捕食者を彷彿(ほうふつ)とさせた。


「地面を通ってこんにちは、ってか。何でもありだね、ほんと」


 穣は一人、ごちる。努めて冷静さを保とうとしているが、目の前の暴威を振りまく生き物を見ていると嫌が応にも最悪の結末が脳裏を掠める。


(噛みつかれたら、アウト。でも、逆に言えば噛みつかれなかったらどうにでもなる、か。身体に巻き付いている(つた)さえ外せればなんとかなるかな。ってか、外せないと死ぬなこれ)


 穣は考えつつも身体を(よじ)り、襲撃に備えて上半身を起こしていく。すると、穣の眼に何かの反射光が飛び込んできた。


「まぶしっ!」


 手で眼を半分覆いながら、発光した場所を見ると――。


「……良いものが落ちてるじゃん」


 向日葵もどきが移動する前の大穴のそばに、見覚えのある日本刀が無造作に転がっていた。改めて地面を注視すると、大穴のそばにはヤンキー達の持ち物が其処彼処(そこかしこ)に散乱している。加えて、近辺の地面には無数の小さい穴が開いていた。


「あんなに目立つ日本刀を見落としてたなんて、どんだけ焦ってたんだ、オレ。いや、反省は後だ。状況的に、ヤンキー達もここで襲われて……あれに食われたって訳か」


 穣は向日葵もどきに視線を戻す。いつの間にか頭花から細い茎が伸びており、その先端には紅い眼のようなものが2つ生え、穣を観察するかのように忙しなく動き回っていた。


「うわ、眼まで生えるとか、きもっ! もう植物かどうかすら怪しいな。ま、これが植物だろうが化け物だろうが、どっちでもいいけど」


 穣は向日葵もどきの赤い眼を睨めつけながら、身体の自由を奪っている蔦を束ねてまとめていく。そして、大きく息を吸い込み、吼えた。


「来いよ、化け物! オレを食えるもんなら食ってみろ!」


 その声に反応した向日葵もどきは、大きく後ろに引き、反動をつけて穣へと襲い掛かった。穣は向日葵もどきの噛み付きをぎりぎりまで引き付け、束ねた蔦を空中に放り投げながら勢いよく後ろに倒れこむ。

 直後、がちり、という歯と歯がぶつかる鈍い音と共に、つい先ほどまで穣の上半身があった場所を向日葵もどきの頭花が水平に通過していった。

 穣は寝転んだ状態で全身を強張らせ、手足に絡まっている蔦に引っ張られないよう抵抗する。


 果たして、穣の思惑は成功した。

 身体の自由を奪っていた蔦は、向日葵もどきの噛み付きに巻き込まれ、引き千切られた。蔦が切れる音が止んだことを確認すると、穣はすぐに横回転し位置をずらして立ち上がる。


「っしゃあ! 成功!」


 立ち上がった穣は一目散に駆け出した。


(あの化け物は地中も動ける。なら逃げるのは悪手だ。ここで仕留めないと)


 穣が向かった先は、向日葵もどきに対抗するための武器がある場所。抜き身の日本刀が落ちている場所。


「1日に2回も刀を振るうことになるなんてね」


 苦笑いをしながら、穣は日本刀を拾い上げる。振り返ると、向日葵もどきが地中に沈んでいく姿が見えた。


「潜ったか。ってことは、この穴から出てくるよね」


 向日葵もどきが移動する前の大穴の前で刀を担ぐ。走り回った疲労で笑う膝に力をこめ、迎え撃つ準備をする。


「出てきた瞬間、叩き斬る」


 穣は自分自身に言い聞かせるように呟き、全力で刀を振るうその時を待つ。しかし、穣は忘れていた。自分が立っている場所のことを。地面に無数にあいた、小さな穴のことを。


 向日葵もどきが地中を移動する地響きが収まった。穣は目の前の大穴を注視し、微動だにせず、辺りは静寂に包まれている。


「――っ!」


 静寂を破ったのは、穣の小さく息を飲む声だった。

 大穴から姿を現したのは頭花ではなく、紅い眼だったのだ。眼は穣を確認すると、直ぐに大穴の中に消えた。そして、間髪を入れずに小さな穴から複数の蔦が飛び出し、穣の足へと絡みつく。


「嘘だろ!?」


 向日葵もどきが知性があると思わしき動きを見せたことに驚き、また、足を拘束されたという事実に焦り、穣は狼狽(ろうばい)した。

 大穴から再び紅い眼が出てくる。拘束された穣を見ると、今度は頭花も地中から姿を現した。先ほどよりも地上部の茎を長く伸ばし、頭花を穣の真上まで移動させ、その(こうべ)を垂らす。


 穣は無言で上を見上げた。


 対応策が思いつかなかった。足には蔦が絡みつき、動くことができない。手は自由に動くが、真上に対する攻撃手段がない。刀を掲げれば、咬み付かれる際に怪我の一つは負わせられるかもしれない。しかし、あの鮫歯に咬まれたら命はないだろう。


「……万事休す、か。いや、最後の最後まで足掻こう」


 眼を瞑り首を振って絶望感を振り払うと、穣は刀の柄を強く握りしめた。担いだ刀の刃先が地面に届きそうなほどに上半身を倒す。


「命を掛け金にしてる割には、分が悪い賭けだなぁこれ」


 向日葵もどきが噛み付こうとした瞬間に合わせて刀を振るう。それが穣が取った選択であった。

 刀を振るうのがほんの少し早くても遅くても、死。そもそも、タイミングが完璧に合ったとしても五体満足で入れる保証はどこにもない。


「こんなセリフを2回も言うことになるとは思ってもみなかったけど」


 愚痴を口にした後、穣は大きく息を吸い込み、先刻のセリフを口にする。


「来いよ、化け物! オレを食えるもんなら食ってみ……うぉ!」


 しかし、そのセリフを言い切ることは出来なかった。小さな穴から新たな蔦が飛び出し、穣の両手に絡みついたからである。絡みついた蔦は下へ下へと穣の両手を引いてくる。


「く、この! 舐めんな!」


 抵抗を続ける穣に、頭花がゆっくりと近づいてくる。そして包葉を開き、鮫歯を見せる。恐怖心を煽られた穣は半狂乱に暴れまわろうとするが、手足に絡みついた蔦がそれを許さない。


「くそ! くそ! 来るな、来るなぁぁぁぁ!」


 恐怖を堪え切れなくなった穣が、眼前まで迫った頭花から眼を背けようとした瞬間だった。穣の視界の隅に丸っこい白いものが映ったかと思うと、視界から向日葵もどきが消えた。その直後に聞こえる激しい打撃音と、大木が倒れたかのような地響きが穣の耳に入る。


「……え?」


 穣が呆気に取られていると、今度は背後から金属音が耳に入ってきた。


「え? え?」


 訳も分からぬまま身体を(よじ)ると、今まであった手足の拘束がなくなっており、穣は勢いあまって尻餅をつく。


「な、なにがどうなって」


 穣が混乱したまま顔をあげると――。


「ミュ?」


 小首を傾げた兎もどきと、地面に横たわる向日葵もどきが視界に飛び込んできた。


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